◇SH3206◇弁護士の就職と転職Q&A Q121「法律事務所からインハウスへの転職は給与以外に何を考えるべきか?」 西田 章(2020/06/22)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q121「法律事務所からインハウスへの転職は給与以外に何を考えるべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 コロナ禍からの経済活動の再開の場面を迎えて、法律事務所においては「自粛期間中の売上げ低迷を取り戻すために、アクセルを吹かさなければならない経営陣」と「ステイホーム期間中の穏やかな生活を維持したいアソシエイト」との間の温度差は広がっているように見受けられます。その中では、アソシエイトから「ワークライフバランスを確保したインハウス職」を求める声も聞かれます。このような転職の成否には、どこまでの給与の減額を甘受できるかという現実的課題が影響してきます。

 

1 問題の所在

 企業法務系事務所のアソシエイトは、「法律事務所では高い給料を貰えるが、忙しいし、所内競争も厳しい」「インハウスでは給料は低くとも、ワークライフバランスを保てるし、ジョブセキュリティも得られる」という印象を抱きがちです。確かに、「法律事務所における弁護士=フロント部門」であり、「忙しく働くほどに売上げに貢献することになるので、高収入を得られる」のに対して、「企業における法務部門=管理部門」であり、「企業の給与テーブル内において職位に応じた賃金が設定される」という違いが存在します。そして、ワークライフバランスを確保するために法律事務所から企業への転職活動を行うアソシエイトは、給与水準にこだわらないとは言っても、「数年間の激務をこなして経験を積んで市場価値を上げたつもりでいるにもかかわらず、企業からは(法律事務所での)初任給を下回る水準のオファーしか提示されない」という事態に直面すると、自己の市場価値を落とし過ぎることへの抵抗を覚えることになります。

 転職エージェントが関与すると、まず、「企業の中でも、比較的に給与水準が高い先」を紹介することが検討されます。一般論として、「外資系企業は、日系企業よりも給与水準が高い」「金融系は、事業会社よりも給与水準が高い」「規制業種は、非規制業種よりも給与水準が高い」と信じられており、また、裏技として「契約社員として、正社員の給与テーブルから外すことで、プラスアルファを上乗せした年俸を設定する」という手法を選択肢に入れる先もあります。ただ、給与水準が高い先ほど、そこで求められる専門性も高く、社内での出世競争も激しくなるために、「中長期的に見て、ジョブセキュリティが得られないならば、外部弁護士でいるのと変わらないのではないか」という疑問も生じることになります。そこで、「どうせ、今転職しても、将来に再度の転職があるならば、給与テーブルの上位階層に横滑りできる年次になるまで、もうしばらく法律事務所で高収入を維持する努力を続けるべきか」という迷いも生じます。その姿勢に対して、転職を成立させて報酬を獲得したいエージェントからは、「インハウスも、法律事務所から採用してもらえるのは若い層だけであり、年次が上がると、インハウス経験を問われるようになる」との説得活動が行われがちです。

 

2 対応指針

 企業の採用について「年次が上がると、インハウス経験を問われる」というのは少しミスリードで、「年次が上がると、マネジメント経験や業界経験を問われるようになる」というほうが適切です。契約社員又はエクスパート職は、短期的に見れば、正社員に比べて給与水準を高められる利点はありますが、中長期的なキャリアとしては、マネジメント経験をどう補っていくか、同一業界内に成長性がある後進企業(=将来の転職先候補)が見付かるか、といった課題も内包しています。

 企業の管理職ポストにも責任とストレスが付随してくることを嫌って、「いつまでもいちプレイヤーとして活動したい」と願うアソシエイトにとってみれば、インハウスよりも、法律事務所のほうが希望に適う先を見付けられる可能性もあります。

 

3 解説

(1) マネジメント経験

 法科大学院生や修習生の中には、「一流の法律事務所のパートナーになったら、いつでも上場企業の法務部長に天下りできる」という幻想を抱いている人もいます。しかし、現実には、「法律事務所のパートナー」と「上場企業の法務部長」は、上下の関係にありません。両者は、業務の守備範囲が異なり、求められるスキルも違います。

 一流事務所ほど、パートナーは特定の法分野での高い専門性を売りにした営業力で生計を立てていますが、上場企業の法務部長は、企業の経営陣から、当該企業が関連するリーガルリスク全般に対処してくれることを期待されています。

 また、部下の管理やチームマネジメントという点においても、一流の事務所ほど「いかに優秀で勤勉なアソシエイトを確保するか」という点に力点が置かれており、「チームメンバーが優秀・勤勉でなくとも、与えられたリソースを有効活用していかにして生産性を高めるか?」という工夫を怠りがちです。

 そのため、企業からは、法律事務所出身者に対して「いちプレイヤーとしては優秀でも、マネジメントポジションを任せるためには、管理職手前で会社に入って経験を積んでもらう必要がある」という評価を下しがちです。また、外資系企業出身者に対しては「英語でのコミュニケーション能力は高くとも、日本での上場規制についての実践経験も積んでもらう必要がある」という課題も認識しがちです。

(2) 業界経験

 インハウスポストの求人でも、平社員的なポストでは、基礎的な法律知識(と伸びしろ)が重視されていますが、30歳代後半から40歳代にかけて、管理職手前のポストの候補者に対しては、「当該業界の経験」を求めるようになってきます。

 業種としては、ヘルスケアや金融関連は、(人の生命身体や財産を直接に扱うために)監督官庁の権限も強く、高い参入障壁の内側で、安定的な収益確保が優先されており、リスクを回避できる保守的人材が主流を担っているという印象が広まっており、IT関連のほうが、イノベーションを重視して、監督官庁に頼らずに(規制に守られているという意識もないため、時には行政と対峙してでも)、事業の収益性を高めたり、新規ビジネスモデルを理論武装できる人材が経営陣から高い評価を得る傾向があります。

 業界経験を積んでいくことは、当該業界においては市場価値を高める要素ではあるものの、選択肢の幅という観点からは、「色が付く」ために転職先が当該業界内に絞られてくる傾向も生まれます。そのため、転職を用いたキャリア・アップのシナリオとしては、業界内で先行する企業から、より新しい企業への転職が典型例と言えます(スタートアップの立場からは、「これから当社が成長するに従って遭遇するであろう、将来のリーガルリスクへの対処法を知っている」という期待感から、先行企業からの人材の受入れに熱心です)。

(3) エクスパート職のジョブセキュリティ

 法律事務所において「いつまでもアソシエイトでいられない」という問題と同様に、企業においても「いつまでも平社員でいられない」という問題が存在します。そのため、「いつまでも、いちプレイヤーとして、自分の手を動かして働き続けたい」と願う若手は、「法律事務所に行けば、いずれは営業のプレッシャーを避けられないが、インハウスになっても、マネジメントのストレスから逃れられないだろう」という苦悩に遭遇しがちです。

 「いつまでもプレイヤーで居続ける」という希望を叶えられるかどうかは、「法律事務所か? インハウスか?」という二者択一の問いではなく、「自分の仕事を代替できる優秀な後輩が入ってくる組織かどうか?」に依存する面が大きそうです。法律事務所であっても、既存メンバーを優先する先であれば、「良い仕事をしてくれるシニアアソシエイトにはいつまでも働いてもらいたい」「そのためにカウンセルでも、エクスパートパートナーでも地位を用意する」という対応がありえます。逆に、企業であっても、契約社員的な形での中途採用に熱心な先であれば、「エクスパート職には常に体力がある30歳代を、集合動産/流動動産的に入れ替えて使いたい」という下心が疑われるために、年次が上がるほどに、自己のポストを(よりコストの低い)後輩に奪われていくリスクがあることを認識しておかなければなりません。

以上

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