◇SH1255◇弁護士の就職と転職Q&A Q5「就活は『寄らば大樹の陰』が無難なのか?」 西田 章(2017/06/26)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q5「就活は『寄らば大樹の陰』が無難なのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 中小の法律事務所の採用担当パートナーからは「最近の受験生は『寄らば大樹の陰』の発想で困る」という愚痴を聞かされます。これは、採用活動で大手の法律事務所との競り合いに敗れた際に現れる言葉です。中小の事務所のパートナーには、「弁護士とは本来、一個人の経験とスキルで評価されるべきもの」という信念がありますが、併せて「大手の事務所は組織的に採用活動をできて羨ましい」という思いも伺われます。今回は、「安定志向で大手を選ぶことが正しい」と一般的に言えるのかどうかの問題を取り上げてみます。

 

1 問題の所在

 業務内容を比較すれば、大手の事務所には、大手の魅力があり、中小の事務所には中小の魅力があるため、どちらか一方が優れているということはありません。大手には、一部上場企業や外国クライアントを代理した巨大ディールや大規模な危機管理案件が集まる傾向があります。最先端の法律問題について優秀な同僚とチームを組んで議論する機会も多いです。他方、中小の事務所には、大企業だけでなく、中小企業や個人の依頼者も扱いやすいですし、小さな紛争案件を自分で主体的に解決する経験(訴訟における証人尋問も含めて)を積みやすく、早期に独り立ちしやすい(独立もしやすい)というメリットもあります。

 しかし、「就活」として、両方の選択肢を持った受験生が、自分で判断するのでなく、家族や友人への相談を重ねると、大手事務所を選びやすくなる傾向が強くなります。知名度が高く、学生時代の優秀な先輩が数多く就職しており、情報量が多い大手の法律事務所には安心感があります。民事訴訟的に言えば、「主張・立証責任は中小事務所に課されており、どちらに行きたいかを決められない真偽不明の状態であれば、大手を選んでおいたほうが無難」という意思決定がなされる光景が数多く見られます。このように、「寄らば大樹の陰」的な発想はキャリア選択として合理的と言えるのでしょうか。

 

2 対応指針

 大手の法律事務所で働く機会を得ることは、企業法務に携わる弁護士として極めて有益なものですが、それは「安定しているから」ではありません。法律事務所の経営が安定していることは、中で働くアソシエイトの雇用の安定を意味するわけではありません。むしろ、要求水準に満たないとみなされると(中小の事務所以上に)失職のリスクが高いと覚悟しておくべきだと思います。優秀な同期と切磋琢磨することを通じて国内の最高水準まで専門性を高めたい、という積極的な理由から選択すべきだと思います。

 

3 解説

(1) リーガルマーケットにおける競争(法律事務所間の競争)

 弁護士業界においては、司法制度改革前における「弁護士になったら(金持ちになれるかどうかは別として)食うには困らない」という時代は終わりました。企業法務を扱う法律事務所の世界でも、社内弁護士の数が急速に増えたことも受けて、「単に法律の条文や判例を調べて回答するだけでは顧問弁護士としての付加価値を出せない」という時代が到来しました。常に、ディール又は紛争案件に関与してノウハウを蓄積し続けなければ、「外部専門家」たる商売は成り立たなくなっています。

 この点、大手の法律事務所には、社内の人材では扱えないような最先端の案件や大型の事件が集まってきています。社内弁護士がいくら増えたとしても、大手の法律事務所の存在価値が失われることはない、と考えられています。

(2) 所内競争

 かつては、大手の法律事務所でも「入所した新人弁護士には全員パートナーになってもらいたい」と公言されていました。新人採用数が一桁に止まっていた頃には、その言葉にはまだ現実味が伴っていました。しかし、2003年頃に始まった不動産バブル時期に、新人採用数は20名、30名規模へと増加して大規模化が加速しました。これにより、「パートナーとして相応しい者だけが選ばれる」「選ばれなかったアソシエイトは事務所を去らなければならない」という、いわゆる「アップ・オア・アウト」が定着しました(最近では「カウンセル」という中二階的なポストも創設されていますが、この当否は別問に譲りたいと思います)。

 この人事政策が誤っていたわけではありません。大規模化のおかげで、世界規模で展開する欧米のトップ・ローファームでさえも、日本法プラクティスにおいては、国内の大手事務所に敵わない、という圧倒的な規模の差が生まれました。ただ、「大手の法律事務所に入所する」ということは、長期にその事務所で働けるジョブ・セキュリティを意味するのではなく、「パートナー昇進を目指す所内競争に参加する」ことを意味することは意識しておかなければなりません。

(3) 専門性と営業力

 企業法務を扱う巨大な法律事務所においては、「尊敬される弁護士には2類型がある」と言われます。ひとつは、プレイヤーとしての資質に優れた「エクセレント・ロイヤー」であり、もうひとつは、営業マンとしての資質に優れた「レイン・メーカー」です。「専門性」を売りにして生き残るならば、当該法分野では、国内でトップ10に入れるスペシャリストとしての卓越したスキルを獲得することを目指すべきです。また、事務所に「売上げ」で貢献していると評価されるためには、ジュニア・パートナーでも年間1億円、シニア・パートナーになれば年間2億円規模の売上げを立てられることを目指すべきです。

 逆に言えば、そこまでの専門性や売上げ規模を目指すつもりがないのであれば、いずれは、損益分岐点を低くして、職人的な仕事を追求できる中小の事務所に職場を移すことを考えなければならない時期が到来します(その方が、特定の依頼者との親密な関係を維持しやすいとも言えますので、どちらか一方が優れて他方が劣っている、という上下関係の問題ではありません)。

以上

 

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