船舶アレストと戦時徴用訴訟(1)
―商船三井船舶差押え事件に鑑みて―
大阪大学大学院経済学研究科非常勤講師
西 口 博 之
目 次
I. はじめに
II. 渉外的な船舶アレスト
(1) 船舶アレストとその法源
(2) 我が国企業の渉外的な船舶アレスト紛争
III. 戦時徴用による紛争
(1) 韓国における強制連行事件
(2) 中国における強制連行事件と徴用船紛争
IV. 中国との戦時徴用船紛争
(1) 紛争の争点(問題点)
(2) 国際ルールに基づく解決
V. 我が国企業の戦時徴用問題に対する今後の対応策
VI. おわりに
I. はじめに
国際ビジネスには常に紛争が付き纏い、その解決策として紛争相手先の財産を差押えることもその一つの方策である。以前は、その財産が海外にあることで差押えが困難で、唯一つ船舶を寄港先で差押えることが可能であった。然し、国際ビジネスの形態・内容が多様化し、紛争相手先の財産が海外各地に点在する場合には、その差押え手段も多様化する。
最近話題になった商船三井船舶の差押え事件は、その意味では、旧来的な差押え事件であるが、その背景が戦時徴用訴訟に絡む等特殊な事情の下に行われたことで注目を浴びている。
本稿では、この商船三井船舶差押え事件に関連して、戦時徴用訴訟に絡む紛争と、日本企業がその紛争に巻き込まれるリスク等につき述べるものである。
II. 渉外的な船舶アレスト
(1) 船舶アレストとその法源
船舶及びその付属物は海運会社の債権者が債権を回収するための担保の目的物としては有効且つ強力なものである。その船舶又は積み荷についての差押えがアレスト(arrest)と呼ばれ、大陸法では船舶先取特権、英米法では海事リーエン(maritime lien)として制度化されている[i]。
我が国においては、船舶先特権として商法842条以下、船舶の所有者等の責任の制限に関する法律95条1項、油濁損害賠償補償法40条1項、国際海上物品運送法19条等に規定がある[ii]。
更に、先取特権としての一般的性質や効力については、民法(303条以下)の適用も受ける。
また、船舶先取特権については、各国で固有の部分が多いため、その船舶先取特権の成立範囲や抵当権との優先関係について国際的に統一する試みがなされてきた[iii]。
その最初の国際条約は、1926年の海事法外交会議で採択された「海上先取特権及び抵当権に関する規則の統一に関する国際条約」であり、次いで1967年の海事法外交会議において「海上先取特権及び抵当権に関する規則の統一に関する国際条約」が採択されている。その後、1993年には「1993年の海上先取特権及び抵当権に関する国際条約」が成立した。
これらの条約では、海上先取特権・抵当権の成立範囲、優先順位のほかに、これらの権利に基づく強制売却(競売)の手続き、効力等についての規定も置かれている。
更に、海事債権を保全するために行われる船舶アレストについても、法の統一を図って、1952年の海事法外交会議において「海上航行船舶のアレストに関する国際条約」が採択された。
その後、IMO(国際海事機関),UNCTAD(国連貿易開発機構)の主導より新しい条約の作成が働きかけられ、「1999年の船舶のアレストに関する国際条約」が採択されている[iv]。
(2) 我が国企業の渉外的な船舶アレスト紛争
我が国における渉外的な船舶アレストの紛争例としては、(イ)船舶金融(shipping finance)等からの投資家のリスクとか、傭船料・入出港時の滞船料(demurrage)傭船者が船主に支払う費用等としての債権・留置権などの担保の確保手段等のケースのほか、(ロ)国際倒産による債権確保などのケースがある。
[i]高橋美加「船舶先取特権・アレスト」落合誠一・江頭憲治郎編日本海法会創立百周年祝賀『海法大系』(商事法務、2003)110頁以下。小島孝「米国法におけるmaritime liens(船舶先取特権)について」海法会誌復刊4号(1956)65頁以下。高橋宏司「仮差押命令の国際裁判管轄権―日英比較―」JCAジャーナル46巻2号(1999)12頁以下。
[ii] 加藤勝郎・金沢理『保険法・海商法要説』(青林書院、1996)211頁以下。中村・箱井『海商法(第2版)』(成文堂、2013)385頁以下。
[iii] 志津田一彦「船舶アレスト条約変遷論序説―1952年条約、1985年条約、1999年条約の比較検討―(1)」『船舶先取特権の研究』(成文堂、2010)145頁以下。
[iv]藤田友敬・小塚壮一郎「私法統一の現状と課題(3)海事・航空」NBL1001号(2013)59頁以下。