和解により訴訟が終了したことを宣言する第1審判決に対し
被告のみが控訴した場合と不利益変更禁止の原則(最一小判平27・11・30)
岩田合同法律事務所
弁護士 田 中 貴 士
1. はじめに
最高裁は、11月30日、訴訟上の和解が成立したことによって訴訟が終了したことを宣言する第1審判決に対し被告のみが控訴した場合、控訴審が、訴訟上の和解が無効であり、かつ、第1審原告の請求の一部に理由があると認めたとしても、第1審判決を取り消したうえで第1審原告の請求の一部を認容する判決をすることは不利益変更禁止の原則に反する旨を判示した。
2. 事案の概要
X(原告・被告訴人・被上告人)は、Y(被告・控訴人・上告人)に対し、賃貸物件について所有権に基づく明渡し及び賃料相当損害金の支払いを求めて訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起した。
第1審において、XY間には訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)が成立したが、Yは本件和解の無効を主張し、第1審手続の続行を求めて期日指定の申立てをした。
第1審は、本件訴訟は本件和解が成立したことにより終了した旨の終局判決をし、当該判決に対しては、Yのみが控訴し、Xは控訴も付帯控訴もしなかった。
控訴審は、本件和解は無効であり、Xの請求には一部理由があるとして、第1審判決を取り消し、Yに対して、Xから40万円の支払いを受けるのと引換えに賃貸物件を明け渡すべきこと及び賃料相当損害金を支払うべきことを命じる旨の判決をした。Yが上告。
3. 判決要旨
「訴訟上の和解が成立したことによって訴訟が終了したことを宣言する終局判決(以下「和解による訴訟終了判決」という。)は、訴訟が終了したことだけを既判力をもって確定する訴訟判決であるから、これと比較すると、原告の請求の一部を認容する本案判決は、当該和解の内容にかかわらず、形式的には被告にとってより不利益であると解される。したがって、和解による訴訟終了判決である第1審判決に対し、被告のみが控訴し原告が控訴も附帯控訴もしなかった場合において、控訴審が第1審判決を取り消した上原告の請求の一部を認容する本案判決をすることは、不利益変更禁止の原則に違反して許されないものというべきである。
そして、和解による訴訟終了判決に対する控訴の一部のみを棄却することは、和解が対象とした請求の全部について本来生ずべき訴訟終了の効果をその一部についてだけ生じさせることになり、相当でないから、上記の場合において、控訴審が訴訟上の和解が無効であり、かつ、第1審に差し戻すことなく請求の一部に理由があるとして自判をしようとするときには、控訴の全部を棄却するほかないというべきである。」
4. 解説
(1) 訴訟上の和解の瑕疵について
訴訟上の和解が成立すると、和解調書の記載は確定判決と同一の効力を有するが(民事訴訟法267条)、判例は、訴訟上の和解の基礎である意思表示に要素の錯誤があるときなどに訴訟上の和解が無効となることを認めている(最判昭33.6.14民集12-9-1492など)[1]。訴訟上の和解の無効を主張する者は、和解をした裁判所に期日指定の申立てをして訴訟の続行を求めることができ(大判昭6.4.22民集10-7-380)[2]、この場合、裁判所は、まず和解の有効性について審査し、和解を有効と判断するときは、訴訟上の和解が成立したことによって訴訟が終了したことを宣言する終局判決をする。一方、和解を無効と判断するときは、訴訟を続行し、もとの請求について審理、判決する。
(2) 不利益変更禁止の原則について
控訴審の審判は、不服申立ての範囲に限られるから(民事訴訟法296条1項、304条)、控訴人だけが不服申立てをしている限り、控訴審判決で、控訴人にとって第1審判決よりも不利益な判決に変更されることはない。もっとも、被控訴人から附帯控訴(民事訴訟法293条)がなされると、審判の範囲が拡張され、控訴人に不利益な判決の変更が可能になる。附帯控訴の対象は、必ずしも第1審判決で判断された事項に限られず、例えば、被控訴人は、第1審で全部勝訴の判決を得ていたときに、附帯控訴により請求の拡張をすることができる(最判昭32.12.13民集11-13-2143)。
(3) 本判決について
本判決は、訴訟上の和解を有効と判断した第1審判決は、訴訟が終了したことだけを確定する判決であるから、これと比較すれば、Xの請求を一部認容する控訴審判決は、Yにとって第1審判決より不利益な判決であるとして、控訴審判決が不利益変更禁止の原則に違反すると判断したものである。また、このとき、控訴審判決が一部認容判決であれば、その内容が第1審における和解内容よりもYにとって有利なこともあり得るところであるが、本判決は、不利益変更禁止の原則に違反するか否かは、「当該和解内容にかかわらず、形式的に」決すべきという判断を示している。
仮に、Xが附帯控訴をしていれば、Xの請求を認容する控訴審判決も許されることになるが、附帯控訴にも手数料納付が必要であるから、附帯控訴をすべきであったとばかり言うこともできない。訴訟上の和解が無効とされた稀な事案ではあるが、控訴審で同様の立場となった場合には、対応を検討するうえで参考となる判例であると思われるため、紹介する次第である。
[1] 本件で訴訟上の和解の無効原因が何であったかは本判決から明らかでないが、一般に、訴訟上の和解の無効原因としては、錯誤の他にも、訴訟能力・訴訟代理権の欠缺のとき、和解条項が通謀虚偽表示によるとき、詐欺・脅迫による意思表示であるときなどが考えられる。
[2] 訴訟上の和解の無効を主張する者は、別訴を提起して和解の無効確認を求めることもでき(大判14.4.24民集4-5-195)、また、執行に際して請求異議の訴え(民事執行法35条1項後段)により和解調書上の債権の不存在を主張することもできる(大判14.8.12民集18-14-903)。