◇SH0108◇最一小判 平成26年7月17日 親子関係不存在確認請求事件(白木勇裁判長)

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 ①事件、②事件はいずれも、婚姻中に妻が子を懐胎し出産したが、DNA検査の結果によれば夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないなどの事実関係の下で、子が夫に対して親子関係不存在確認の訴えを提起した事案である。両事件の争点は、当該訴えの適法性、すなわち民法772条による嫡出の推定が及ばないものとして、嫡出否認の訴えによらず、親子関係不存在確認の訴えを提起することができるか否かである。

 各事件の事実関係の概要は、次のとおりである。

【①事件】

 Yは、平成11年、Xの母Aと婚姻した。Aは平成20年頃からBと交際するようになったが、Yとの同居を継続し、夫婦の実態が失われることはなかった。Aは平成21年にXを出産し、その頃YはAからXが別の男性の子であることを知らされたが、XをY・A間の子とする出生届を提出して監護養育した。YとAは、平成22年にXの親権者をAと定めて協議離婚し、現在、XとAはBと共に生活している。Aは、平成23年6月、Xの法定代理人としてYに対して親子関係不存在確認の訴えを提起した。なお、X側で私的に行ったDNA検査の結果によれば、BがXの生物学上の父親である確率は、99.999998%であるとされていた。

【②事件】

 Yは、平成16年、Xの母Aと婚姻した。Yは平成19年から単身赴任をしていたが、月に2、3度自宅に戻っていた。AはYが単身赴任を開始してしばらくしてからBと親密に交際するようになったが、Yと共に旅行をするなど、夫婦の実態が失われることはなかった。Aは平成21年にXを出産し、YはXのために保育園の行事に参加するなどして、Xを監護養育した(なお、Xは、Y・A間の子として出生届がされている。)。Aは、平成23年、Xを連れて自宅を出て別居を開始し、Bと同居するようになった。XはBを「お父さん」と呼んで順調に成長している。Aは、平成23年12月、Xの法定代理人としてYに対して親子関係不存在確認の訴えを提起した(なお、YとAの離婚が成立しておらず、XはYとAの共同親権に服する状態であったことから、1審裁判所は、Yの代わりに弁護士1名をXの特別代理人に選任した。)。X側で私的に行ったDNA検査の結果によれば、BがXの生物学上の父親である確率は、99.99%であるとされていた。

 ①事件・②事件の1審・原審はいずれも、夫と子との間の生物学上の親子関係の不存在が科学的証拠により客観的かつ明白に証明されていることに加え、①事件においては、子の母と夫とが既に離婚して別居し、子が親権者である母の下で監護養育されていること、②事件においては、子が母と共に生物学上の父と同居し、順調に成長していることから、嫡出の推定が排除されると解するのが相当であるとして、子の夫に対する親子関係不存在確認の訴えの適法性を肯定し、子の請求を認容すべきものとした。これに対して、両事件とも夫側から上告受理の申立てがあった。

 最高裁は、①事件・②事件とも上告審として受理した上、それぞれ判決要旨記載のとおり判示して、原判決を破棄し、1審判決を取り消し、両事件における子の訴えをいずれも却下した(以下「本件各判決」という。)。

 民法772条1項は、妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定し、同条2項は、婚姻成立の日から200日経過後又は婚姻解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は婚姻中に懐胎したものと推定する旨を定めている。そして、同条により嫡出の推定を受ける子について父子関係の存否を争うには夫が子の出生を知った時から1年以内に嫡出否認の訴えを提起することとされており(民法774条、775条、777条)、これと異なる方法により父子関係の存否を争う訴えは基本的に不適法となる(最一小判昭和55・3・27集民129号353頁)。このような嫡出推定制度が設けられている趣旨としては、①家庭の平和を目的とし、夫婦間の秘事を公開する不都合を避けること、②法律上の父子関係を早期に安定させることなどが挙げられている。

 もっとも、今日では、形式的には民法772条の推定要件を満たしていても実質的にその推定が及ばないとして嫡出否認の訴えによることなく、親子関係不存在確認の訴え等により父子関係の存否を争うことができる場合があることが学説上一般に認められている。いかなる場合に嫡出の推定が及ばないとされるかについては見解が分かれており、主な学説としては、①前述した嫡出推定制度の趣旨に鑑み、妻が夫の子を懐胎し得ないことが外観上明白な場合に限って嫡出の推定が及ばないとする外観説(我妻榮『親族法』(有斐閣、1961)221頁等)に対して、②生物学上の父子関係がないことが判明した場合には嫡出の推定が及ばないとする血縁説(中川善之助『新訂親族法』(青林書院新社、1967)364頁等)があり、中間的な説として③家庭破綻説(松倉耕作「嫡出性の推定と避妊」法時45巻14号130頁等)、④新家庭形成説(梶村太市「嫡出否認の訴えと親子関係存在確認の訴え」判タ934号35頁)がある。また、これらのほか、⑤子と母とその夫との三者の合意があれば嫡出の推定が及ばないとする合意説(福永有利「嫡出推定と父子関係不存在確認」別冊判タ8号254頁)等がある。

 判例も、形式的には民法772条の推定要件を満たしていても、離婚の届出に先立ち約2年ないし2年半前から事実上の離婚をして別居し、夫婦の実態が失われていた場合(最一小判昭和44・5・29民集23巻6号1064頁、最一小判昭和44・9・4集民96号485頁)や妻が懐胎した時期に夫が出征中であった場合(最二小判平成10・8・31集民189号497頁)に嫡出の推定が及ばないことを認め、最三小判平成12・3・14集民197号375頁は、上記の各判例を集約する形で、民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子であっても、妻がその子を懐胎すべき時期に既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には、その子は実質的には同条の推定を受けない旨判示している。判例は外観説を支持するものと一般に理解され、これまでのところこの理解を外れるような判断は示されていないが、嫡出の推定が及ばない場合の外延が明確にされているとまではいえない状況であった。

 以上のような判例・学説の状況の中で、①事件・②事件の1審及び原審は、嫡出の推定が及ばないとされるか否かの判断に当たって生物学上の父子関係がDNA検査という科学的証拠により明白に認められないという事情を重視した。これに対して本件各判決は、上記のような事情があってもなお外観説に沿うと評価される平成12年最判の判断枠組みによることを示し、現行法の解釈として血縁説を採り得ないことを明確に示したものとして実務上、理論上重要な意義を有するものと考えられる。また、①事件、②事件とも、子は母と共に生物学上の父と同居している事案であり、このような事情があるにもかかわらず、嫡出の推定が及ばないとしなかったことから、本件各判決は新家庭形成説的な考え方も採らないものと解される。①事件、②事件とも櫻井裁判官及び山浦裁判官の各補足意見、金築裁判官及び白木裁判官の各反対意見が付されているので参照されたい。

 なお、最高裁第一小法廷は、本件各判決と同日、戸籍上の父が子に対して嫡出否認の訴えの出訴期間の経過後に提起した親子関係不存在確認の訴えを却下すべきものとした原判決に対して父側から提起された上告(平成26年(オ)第226号。民法777条の違憲等をいうもの。)についてこれを棄却する旨の判決をしている(父側は上告受理申立てもしていたが、上記判決に先立ち不受理決定がされている。)。

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