◇SH3232◇最一小判 令和元年7月22日 命令服従義務不存在確認請求事件(山口厚裁判長)

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 差止めの訴えの訴訟要件である「行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があること」を満たさない場合における、将来の不利益処分の予防を目的として当該処分の前提となる公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟の適否

 将来の不利益処分の予防を目的として当該処分の前提となる公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟は、差止めの訴えの訴訟要件である「行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があること」を満たさない場合には、不適法である。

 行政事件訴訟法3条1項・7項

 最高裁平成30年(行ヒ)第195号 最高裁令和元年7月22日第一小法廷判決 命令服従義務不存在確認請求事件 破棄差戻(民集73巻3号245頁)

 原 審:平成29年(行コ)第157号 東京高裁平成30年1月31日判決
 原々審:平成28年(行ウ)第143号 東京地裁平成29年3月23日判決

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 本件は、陸上自衛官であるX(控訴人・被申立人)が、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(以下「存立危機事態」という。)に際して内閣総理大臣が自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる旨を規定する自衛隊法76条1項2号の規定は憲法に違反すると主張して、Y(国、被控訴人・申立人)を相手に、Xが同号の規定による防衛出動命令(以下「本件防衛出動命令」という。)に服従する義務がないことの確認を求めた事案である。

 1審は、現に存立危機事態が発生し又は近い将来存立危機事態が発生する明白なおそれがあると認めるに足りないこと、Xは、入隊後これまでの間に直接戦闘を行うことを主たる任務とする部隊に所属したことがないことなどに照らせば、Xには本件防衛出動命令が発令され、その任務に就く蓋然性が存在するものとは認められないところであり、現に、Xの有する権利又は法律的地位に危険や不安が存在するとは認められないから、本件訴えは確認の利益を欠き不適法であるとして、本件訴えを却下した。なお、1審は、本件訴えが無名抗告訴訟(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条2項以下に規定されている抗告訴訟以外の抗告訴訟)であるか実質的当事者訴訟(同法4条後段が定める「公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟」)であるかについては判示していない。

 Xは、控訴し、原審において、「本件訴えは、Xが本件防衛出動命令に従わなかった場合に受けることとなる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟である」旨の釈明をした。原審は、本件訴えは、防衛出動をすることとなった部隊等に所属する個々の自衛官に対して発せられる当該防衛出動に係る具体的な職務上の命令(以下「本件職務命令」という。)への不服従を理由とする懲戒処分を受けることの予防を目的とする無名抗告訴訟であるとした上で、本件訴えは、実質的には、本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを本件職務命令ひいては防衛出動命令に服従する義務がないことの確認を求める訴えの形式に引き直したものであるから、本件訴えが適法な無名抗告訴訟と認められるためには、差止めの訴えの訴訟要件である重大な損害の要件及び補充性の要件を満たすことが必要であるところ、本件訴えは、いずれの要件も満たすから適法な無名抗告訴訟であるとして、1審判決を取り消し、本件を1審に差し戻す判決を言い渡した。

 これに対し、Yが上告受理申立てをしたところ、最高裁第一小法廷は、本件を受理して判決要旨のとおり判断し、原判決を破棄して事件を原審に差し戻した。

 

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 本件訴えの請求の趣旨は、「原告が自衛隊法76条1項2号による防衛出動の命令に服従する義務がないことを確認する」というものであるが、本件防衛出動命令は、組織としての自衛隊に対する命令であって、個々の自衛官に対して発せられるものではないから、本判決は、請求の趣旨を、個々の自衛官に対して発せられる本件職務命令にXが服従する義務がないことの確認を求めるものと善解している。

 

 Xに対して本件職務命令違反を理由とする懲戒処分をするには、Xが本件職務命令に従う義務があることが前提となる。判決によりXが本件職務命令に従う義務がないことが確認されれば、当該判決の効力により、懲戒処分に係る処分行政庁(防衛大臣又はその委任を受けた者)は本件職務命令違反を理由とする懲戒処分をすることができなくなる。このように、処分の前提となる公法上の法律関係の不存在の確認を求める訴えは、当該処分を差し止める機能を有するものであるが、上記訴えは、処分の差止めの訴えと同様に、行訴法3条1項にいう「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」(抗告訴訟)に当たり、無名抗告訴訟と位置付けられるのか、それとも、同法4条後段が定める「公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟」、すなわち、実質的当事者訴訟に当たるのかが問題となる。

 この点については、最一小判平成24・2・9民集66巻2号183頁(以下「国旗国歌訴訟最判」という。)が、公立高等学校等の教職員らが、東京都に対し、校長の職務命令に基づいて卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱し又はピアノ伴奏をする義務がないことの確認を求めた訴えにつき、「行政処分に関する不服を内容とする訴訟として構成する場合には、将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられるべきものであるが……その違反が懲戒処分の処分事由との評価を受けることに伴い、勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益……の予防を目的とする訴訟として構成する場合には、公法上の当事者訴訟の一類型である公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)として位置付けることができる」としている。国旗国歌訴訟最判は、処分の前提となる法律関係の不存在の確認を求める訴えにつき、当該訴えが処分による不利益の予防を目的とするものであるか、処分以外の不利益の予防を目的とするものであるかによって、無名抗告訴訟であるか実質的当事者訴訟であるかを区別したものということができる。

 そして、本判決は、「本件訴えは、本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分の予防を目的として、本件職務命令に基づく公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟であると解される」と判断している。無名抗告訴訟と実質的当事者訴訟との区別に関する上記国旗国歌訴訟最判の考え方を前提に、Xが、原審において、本件訴えは懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟である旨釈明していることを踏まえて、上記のように判断したものと推察される。

 

 一般に、行訴法3条の規定は、無名抗告訴訟が適法な抗告訴訟として許容される可能性を否定するものではないと解されている(小林久起『司法制度改革概説3 行政事件訴訟法』(商事法務、2004)198頁等)が、いかなる場合に適法な無名抗告訴訟を提起することができるのかが問題となる。

 将来の不利益処分の予防を目的として当該処分の前提となる公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟(以下「予防的無名抗告訴訟」という。)の訴訟要件について判示したと解される最高裁判例として、最一小判昭和47・11・30民集26巻9号1746頁(以下「長野勤評事件最判」という。)、最三小判平成元・7・4集民157号361頁(以下「横川川事件最判」という。)及び国旗国歌訴訟最判がある。

 長野勤評事件最判は、処分を受けてからこれに関する訴訟のなかで事後的に義務の存否を争つたのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合でない限り、処分の前提となる義務の存否の確定を求める法律上の利益を認めることはできない旨判示しており、横川川事件最判も長野勤評事件最判の考え方を前提とするものと解される。

 他方、国旗国歌訴訟最判は、職務命令の違反を理由とする不利益処分の予防を目的とする無名抗告訴訟としての当該職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める訴えにつき、差止めの訴えと同様に補充性の要件を満たすことが必要であり、特に法定抗告訴訟である差止めの訴えとの関係で事前救済の争訟方法としての補充性の要件を満たすか否かが問題となるとした上で、当該事案においては、法定抗告訴訟として職務命令違反を理由としてされる懲戒処分の差止めの訴えを適法に提起することができるから、上記確認の訴えについては補充性の要件を欠き、不適法であるとした。もっとも、国旗国歌訴訟最判は、補充性の要件以外にどのような要件を満たすことが必要であるかや、長野勤評事件最判及び横川川事件最判との関係については判示していなかった。

 この点につき、本判決は、予防的無名抗告訴訟は、①当該処分に係る差止めの訴えと目的が同じであること、②その効力についても、請求が認容されたときには行政庁が当該処分をすることが許されなくなるという点で差止めの訴えと異ならないこと、③確認の訴えの形式で差止めの訴えに係る本案要件の該当性を審理の対象とするものということができることからすれば、行訴法の下において、差止めの訴えよりも緩やかな訴訟要件により、これが許容されているものとは解されないとした上で、予防的無名抗告訴訟は、差止めの訴えの訴訟要件の一つである蓋然性の要件(行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があること)を満たさない場合には不適法となることを明らかにした。 

 なお、長野勤評事件最判及び横川川事件最判は、差止めの訴えを法定した「行政事件訴訟法の一部を改正する法律(平成16年法律第84号)」による行訴法の改正(以下「平成16年改正」という。)よりも前のものである。予防的無名抗告訴訟の訴訟要件については、平成16年改正後においては、同じく処分の予防を目的とする抗告訴訟である差止めの訴えの訴訟要件との関係において検討すべきであり、長野勤評事件最判及び横川川事件最判の定式を用いて予防的無名抗告訴訟の適法性を判断するのは相当でないと解される。本判決が上記各最判の定式について言及していないのも同様の趣旨によるものと思われる。

 

 原判決は、処分の予防を目的として処分の前提となる公法上の法律関係の存否の確認を求める訴えと差止めの訴えとで、求められる訴訟要件を別異に解すべき理由はないとしつつ、蓋然性の要件を満たすものか否かの点を検討することなく、本件訴えは重大な損害の要件及び補充性の要件を満たすから適法であるとしていた。

 しかし、差止めの訴えが適法と認められるためには蓋然性の要件を満たす必要があることは、国旗国歌訴訟最判が「法定抗告訴訟たる差止めの訴えの訴訟要件については、まず、一定の処分がされようとしていること(行訴法3条7項)、すなわち、行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があることが、救済の必要性を基礎付ける前提として必要となる」と判示しているところであり、学説上も異論はない。蓋然性の要件を満たすか否かを検討することなく本件訴えを適法とした原審の判断は、蓋然性の要件を定めた行訴法3条7項の解釈適用を誤っているというほかなく、本判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな違法があるとして、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻している。

 なお、本判決は、本件訴えが重大な損害の要件及び補充性の要件を満たすとした原審の判断を是認することができるかどうかについては判示していない上、原判決には上記違法がある旨を指摘した上で、「その余の判断の当否を検討するまでもなく」原判決は破棄を免れないと判示していることからすれば、本判決が、本件訴えが重大な損害の要件及び補充性の要件を満たすとした原審の判断の当否について判断をしていないと解されることに留意する必要がある。

 

 予防的無名抗告訴訟については、国旗国歌訴訟最判が、補充性の要件を満たさない場合には不適法である旨の判断を示していたが、本判決は、蓋然性の要件を満たさない場合にも不適法であることを明らかにしたものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと思われる。

 なお、本判決の評釈として、原田一明「判批」法教470号(2019)133頁、神橋一彦「判批」法教470号(2019)134頁、湊二郎「判批」TKCローライブラリー/新・判例解説Watch行政法No.205(2019)がある。

以上

 

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