法のかたち-所有と不法行為
第十一話 自然と所有の法-伝統社会、環境・生態系
法学博士 (東北大学)
平 井 進
2 入会権の「近代化」
入会を行う林野は、日本列島で農作が始まって以来、自給自足の農山村における一つの生活基盤であった。農作を営むにあたり、人々は必要な家畜飼料、肥料、薪炭などの多くを近くの林野から入会という社会形態で得ていた。
入会は村落共同体によって共同管理され、入会林野はその地域の住民によって、その生活の維持のために管理され、再生可能な範囲で木草等の資源を得るだけでなく、治山・治水・保水、環境・生態系等を維持することによって、それらを再生産・持続可能な状態にする。
従来の農村生活は、市場経済が入ってくること、および新たなエネルギー(電気・ガス等)の登場によって変化し、それに伴って入会慣行も変化することになる。特に山林の木材は、市場経済においては商品価値があること、国の政策としては艦船・鉄道線路等の需要により、特定の種目の樹木が植林されるようになる。
ここにおいて、従来の入会慣行は、これらの経済的・政策的な目的を遂行していくにあたり、邪魔なものとなる。政府はこれを、入会林野の利用が「粗放」であり、開発が「遅れている」とすることにより、法的には、前近代的な慣行の権利であるとして入会権を消滅させ、近代的な権利に改変しようとする。一方、戦前、住民に造林能力が欠如しているとして、その入会林野を半強制的に公有林野にしようとしていたが、その政策事業が失敗であったことも認めている。[1]
入会林野は、上記のように、住民が農耕やその傍らで養蚕等を行う上で必要なものを得るという意味で、彼らの生活に必要なものを産出しており、その利用が「粗放」であり、「遅れている」とすることは、住民の生活とは無関係な、上記の経済的・政治的な立場による。治山・治水・保水、環境・生態系の維持ということからすると、森林に対して人が人為を施さないことが最適である場合が少なくない。
そこで問題は、いかなる評価軸をとることが適切であり、それを決定すべきは誰かということである。近年、欧米でいわゆる「コモンズ」の関係当事者による自主的な管理が評価されるようになりつつあることは[2]、このことと関連する。