冒頭規定の意義
―典型契約論―
冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(16)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
Ⅲ 冒頭規定と諸法
(3) 交換
ア 「冒頭規定の要件に則る」方向
冒頭規定(586条)の要件に則った内容を持つ契約が、所得税法58条の「交換」であることを、当事者の合意で変更・排除することは難しい。(租税特別措置法36条5等の「交換」も同様である。)
イ 「冒頭規定の要件に則る選択を否定する」方向
「交換」か「売買」かについては、上述の裁判例(東京地判平成10・5・13及び東京高判平成11・6・21)を参照。
(4) 消費貸借
ア 「冒頭規定の要件に則る」方向
既にみたように、冒頭規定をそのまま取り込んだ出資法、貸金業法、利息制限法が金利規制を行っている。金銭消費貸借契約については、冒頭規定を通じて、これら諸法のリスクが契約書の中に持ち込まれ、結果として「合意による変更・排除が難しい規律」を作り出している(「ポイント(9)」)。またこれらの法は、「元本」「利息」等の概念の内容を固定する働きを持っており、当事者が合意によりこれらの意味内容を変更することは難しい。この結果、これら諸概念の内容も、「合意による変更・排除が難しい規律」となっている(1Ⅰ1. (3)を参照)。(なお、「冒頭規定の要件に則らない合意」がありうることについては、「いわゆる『諾成的消費貸借』」の検討(→1Ⅰ2. )を参照。)
イ 「冒頭規定の要件に則る選択を否定する」方向
当事者による「消費貸借」との主張にもかかわらず、「贈与」とされた裁判例があることに留意が必要だろう。例えば、大阪地判平成15・2・6においては、取引の実体が贈与であり、贈与税を免れる目的で形式的に「借用書」が作成された場合に、金銭消費貸借という形式が否定され、贈与と認定された。
(5) 使用貸借
使用貸借の冒頭規定の要件をそのまま取り込んだ重要な法律は見当らない。我が国の取引社会においても、使用貸借は必ずしも大きな意義を持っていないと思われるので、省略する。
(6) 賃貸借
ア 「冒頭規定の要件に則る」方向
借地については、税法上、さまざまなルールがある。特に上地権と底地権の価値評価をめぐって、恣意的な権利金の設定を防ぐため、さまざまな税法上の規律が存在する。これら税法上の規律は、賃貸借の冒頭規定(601条)の要件を前提として組み立てられており、借地契約につき、同条の要件を安定させる方向に働くといえるだろう[1]。
イ 「冒頭規定の要件に則る選択を否定する」方向
当事者が「賃貸借」としていても、その形式が否定される場合があるだろうか。賃貸借の形式を使って行われてきた取引として、「ファイナンス・リース」が広く知られている。近時、当事者が賃貸借という形式を選択して契約しても、会計上、賃貸借との扱いが否定されて、売買として扱われる方向となっていることに留意が必要である[2]。
[1] 税法上、借地権が設定された場合、その上地の部分が譲渡されたと考えるのが原則であり、権利金の授受が無い場合でも、「相当の地代」に基づいて算出される借地権の割合に応じて権利金の課税認定がなされる。こうした借地権の課税関係は、「税法の一分野を形成するほど複雑」であるといわれており(三木・後掲第21回注[3] 『実務家のための税務相談(民法編)』(有斐閣、2006)180頁を参照)、そうした課税の算定における「借地権」は、「賃借権」の冒頭規定に則ることが前提となっているといえるだろう。
[2] 企業会計基準委員会「リース取引に関する会計基準」企業会計基準第13号(2007)及び「リース取引に関する会計基準の適用指針」企業会計基準運用指針第16号(2011)を参照。これは、会計基準が制裁(この場合は、(オフバランスを許さず)バランスシートに計上させるという不利益)を有する場合、私法上の取引に影響を与えることを示唆しているといえよう。こうした影響自体が妥当でないとする考え方については、中里実「資金調達に伴う課税」ジュリ1445号(2012)56頁の「あまりに当然のことであるが、会計的論理により、法律の解釈が行われたり課税上の問題が解決されるわけではない。会計処理は、取引により生じた経済的結果の事後的記述でしかない」との記述を参照。本稿においては、賃貸借契約という形式を選択することによりバランスシートからはずそうとしても、会計上、売買契約で自社物件としたと同様にバランスシートに計上されるという制裁が課されるリスクが作り出されること(その結果、私法上の契約としても「賃貸借」でなく「売買」とすることが多くなるであろうこと)を指摘するに留める。