◇SH1947◇実学・企業法務(第152回)法務目線の業界探訪〔Ⅲ〕自動車 齋藤憲道(2018/07/05)

未分類

実学・企業法務(第152回)

法務目線の業界探訪〔Ⅲ〕自動車

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

〔Ⅲ〕自動車

7. 自動車の事故・事件  三菱自動車工業(以下、「M」という)の2つの事例

〔例2〕 燃費虚偽表示

1. 外部調査委員会の報告[1]

① 不正の内容

 現在、排ガス・燃費試験におけるシャシダイナモメータへの負荷設定方法には「惰行法」が採用されている。

 国土交通省が行う「型式指定審査」の際の排ガス・燃費試験におけるシャシダイナモメータへの負荷設定方法に「惰行法」が採用されたのは、ディーゼル車は1985年、ガソリン車は1990年だったが、 Mは、遅くとも1991年頃から「型式指定審査」のために「惰行法」で走行抵抗を測定することなく、開発段階における動力性能実験に付随する「高速惰行法」で測定した走行抵抗のデータを流用し、「惰行法」で測定した体裁を有する負荷設定記録を作成して運輸省に提出して「型式指定審査」を受けた。

 その後、Mは、本件が発覚するまで約25年、ほぼ全ての車種について、同様の方法で負荷設定記録を作成し、「型式指定審査」を受けていた。

 Mは、次のA~Dの不正を行った。

  1. A) 法令で定められた「惰行法」と異なる走行抵抗測定方法を使用
  2. B) 法定の成績書(負荷設定記録)に惰行時間、試験日、天候、気圧、温度等を事実と異なる記載
  3. C) 走行抵抗を恣意的に改ざん
  4. D) 過去の試験結果等を基に、机上計算

② 不正行為を是正する機会を逃した

 (1) 2005年に開催された新人提言書発表会

 走行抵抗測定方法の問題が取り上げられ、国内仕向け自動車の「型式指定審査」の際に使用する走行抵抗は「惰行法」で測定するのが法規の定めである。従って、「惰行法」を用いるべき、と当時の新入社員が提言した。しかし、Mの運用は改められなかった。

 (2) 2011年に実施されたコンプライアンスアンケート

 国内全従業員を対象に実施されたアンケートの結果、開発本部内に存在するコンプライアンス問題として「評価試験の経過、結果についての虚偽報告」「品質記録の改ざん。報告書の内容が虚偽」「認証資料の虚偽記載」等が指摘された。

 コンプライアンス部は、①2011年11月に、この指摘を含むアンケート結果をまとめ、当時の経営陣・各役員・各コンプライアンスオフィサー・各部門長・本部長に報告し、②2011年12月頃、各本部に対して、指摘された問題の事実確認を行うよう指示した。

 この指示を受けて、開発本部では各部署が調査したが、問題が認められず、その旨が報告された。

 開発本部とコンプライアンス部は、報告を取りまとめたのみで、独自調査等は行わなかった。

(3) 監査体制

 Mには、監査等を行う部署として、業務監査部、品質監査部、品質管理部、各製作所における品質管理部がある。しかし、これらの部署による監査は、現場から提供される生データの正確性を前提とした書類上の検証にとどまる。

(4) 技術検証部

 技術検証部による目標達成度合いの評価及び法規適合性検証は、開発本部内の各部署から提供されるデータに基づく審査にとどまる。

③ 不正の原因と背景

 (1) 性能実験部及び認証試験グループが燃費目標達成に向けた事実上の責任を負っていた。

 (2) 開発における工数が慢性的に不足していた。

 (3) 性能実験部ができないことを「できない」ということが容易ではない風土ができていた。

 (4) 性能実験部は、適法に対する周囲の無理解を利用して、適合ブラックボックス化し、それをバリアとして自らを閉鎖的な環境においた。

 (5) Mでは、ある開発目標を達成できない場合、開発本部の各部署は、幹部に対するレポートを何度も要求される等したため、「できない」ということ自体を諦めていた。

 (6) 幹部・経営陣が、燃費達成見込みの暫定性を達成済みと誤解した。

 (7) 不正行為が法規に違反していることへの意識が極めて希薄だった。

 (8) 自らの不正行為を正当化しようとする技術者の独善的な考え方があった。

 (9) 法規解釈を任務とする部署が存在せず、個々の担当部署で解釈していた。

 (10) 長年にわたり発覚せず、改められなかった。

 (11) 技術的議論が不十分なまま、競合車に対抗する形で、燃費目標が設定された。

 (12) 会社全体で自動車を作り、売るという意識が欠如している。

④ 再発防止策

 Mは1970年に三菱重工の自動車部門が独立する形で設立された会社である。

 2004年問題等の発覚によって資金繰りに窮し、企業存亡の危機に立たされ、財務体質の改善・利益の確保が最優先の目的になったが、再生計画は2014年3月に完了できた。

 どのような車を目指すか、理想とする車を通じてどのような社会を実現するかという、自動車メーカーとしての理念を持ちたい。

〔Mが自ら再発防止策を考えるにあたって骨格となるべき指針〕

 (1) 開発プロセスの見直し

 (2) 屋上屋を重ねる制度、組織、取組の見直し

 (3) 組織の閉鎖性やブラックボックス化を解消するための人事制度

 (4) 法規の趣旨を理解すること

 (5) 不正の発見と是正に向けた幅広い取組



[1] 「燃費不正問題に関する調査報告書(2016年(平成28年)8月1日特別調査委員会)」より

 

タイトルとURLをコピーしました