日本企業のための国際仲裁対策(第9回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第9回 国際仲裁手続の序盤における留意点(3)-多数請求・多数当事者その2
4. 仲裁申立て後に多数請求・多数当事者とする場合
(1) 反対請求
仲裁申立て後に請求が追加される場合としては、まず、被申立人の申立人に対する反対請求がある。反対請求の詳細については、追って、被申立人の最初の対応の文脈において説明するが、一点だけ指摘すると、反対請求の期限は比較的早期に到来することが多く、例えば、SIACでは申立書を受領してから14日以内(4.1項c)、JCAAでは申立書を受領してから4週間以内(19条1項)、ICC及びHKIACでは申立書を受領してから30日以内(ICC規則5.1項、5.5項、HKIAC規則5.4項)というのが基本である。日本の民事訴訟では、反訴の期限は、口頭弁論終結時までとなっており(民事訴訟法146条1項)、緩やかな定めとなっていることと異なっている。
(2) 併合申立て
仲裁申立後に請求・当事者が追加されるその他の場合としては、二つの類型がある。一つが、別途仲裁申立てをして、従前からある仲裁手続との併合(consolidation)を求める場合であり、他の一つが、従前からある仲裁手続への参加(joinder)を求める場合である[1]。
別途仲裁申立てをして、従前からある仲裁手続との併合を求める場合、併合の要件は、例えばSIAC規則の場合、仲裁廷(Tribunal)が構成される前か後かによって異なる。仲裁廷が構成される前は、前回(第8回)の3において述べた、多数請求・多数当事者の仲裁手続を1通の仲裁申立書にて進めるための要件と同一である(8.1項)。
これに対し、少なくとも一つの仲裁手続において仲裁廷が構成された後は、要件が、以下のいずれか一つを満たすこととなる(8.7項)。
- ① 全ての当事者が併合(一つの仲裁手続として進めること)に合意していること。
- ② 全ての請求が同一の仲裁合意に基づいており、かつ、(a)双方の仲裁手続において仲裁廷が共通であること、又は、(b)一方の仲裁手続において仲裁廷が構成されていないこと。
- ③ 該当する仲裁合意が整合しており、かつ、(a)双方の仲裁手続において仲裁廷が共通であること又は(b)一方の仲裁手続において仲裁廷が構成されていないこと、かつ、(i)該当する紛争が同一の法律関係から生じたものであること、(ii)該当する紛争が主契約とその付属契約の関係にある複数の契約から生じたものであること又は(iii)該当する紛争が同一若しくは一連の取引から生じたものであること。
仲裁廷が構成される前との違いは、上記②及び③において、追加の要件として、(a)双方の仲裁手続において仲裁廷が共通であること又は(b)一方の仲裁手続において仲裁廷が構成されていないこと、が求められている。これは、二つの異なる仲裁廷が併存する場合に、両者の関係を調整することに困難が伴うためと考えられる。
もっとも、ICC及びHKIACの場合は、このような追加の要件を課さずに、仲裁廷の構成前後で併合の要件を同じくしている。その上で、併合の場合には、手続の開始時期が早い方の仲裁廷が残り、遅い方の仲裁廷の任務は終了することを原則としている(ICC規則10項、HKIAC規則28.4項)。すなわち、機械的な基準で、一方の仲裁廷を選択することとしている。
これに対し、JCAAは、併合の申立てを、仲裁廷が構成される前に限定している(53条)。
もっとも、前回(第8回)の2で述べたとおり、仲裁機関の規則上は併合が認められないような場合でも、全当事者が合意すれば、併合して一つの手続として進めることが可能である。JCAAの規則は、一見併合の余地を限定しているように見えるかもしれないが、実務上は、この全当事者の合意によって対応され、支障が生じてはいない。権利関係につき争っている当事者間においても、合理的な手続の進め方については、思いのほか合意ができるものである。
併合申立てについて判断をするのは、ICC及びHKIACの場合は仲裁機関であり、JCAAの場合は仲裁廷である。SIACの場合は、仲裁廷が構成される前は仲裁機関であるが、仲裁廷が構成された後は仲裁廷である。
(3) 参加申立て
参加(joinder)とは、既存の仲裁手続において、新たな当事者を加えることである。申立人として加えることも、また、被申立人として加えることもいずれも可能である。また、その申立てを、新たに加わる当事者が行うこともあれば、既存の仲裁手続の当事者が行うこともある[2]。
2016年8月1日付で改定されたSIAC規則によれば、参加が認められるための要件は、以下のいずれか一つを満たすことである(7.1項、7.8項)。
- ① 新たな当事者として加わる者が、一見したところ(prima facie[3])、既存の仲裁手続の根拠となる仲裁合意に拘束されること。
- ② 全ての当事者(新たに当事者として加わる者を含む)が参加に同意していること。
参加申立てについて判断をするのは、ICCの場合は仲裁機関であり、JCAAの場合は仲裁廷である。SIAC及びHKIACの場合は、仲裁廷が構成される前は仲裁機関であるが、仲裁廷が構成された後は仲裁廷である。
5. 多数当事者の場合の仲裁人の選任手続
前回(第8回)の2で述べたとおり、国際仲裁においては、判断権者である仲裁人の選任手続に各当事者が関与でき、この関与が、各当事者にとって重要な手続的な権利として意識されている。多数当事者の国際仲裁においては、この権利に関する全当事者の平等に留意する必要がある。
その一つの表れとして、ICC規則及びJCAA規則の下では、仲裁廷が成立した後の当事者の追加は、追加される当事者が同意しない限り認められない(ICC規則7.1項、JCAA規則52条1項)。追加される当事者が、仲裁人の選任手続に関与できないため、その不利益を甘受することの同意を、要件として求めている。
一方、SIAC規則及びHKIAC規則の下では、仲裁廷が成立する前の段階であれば、それまでに任命された仲裁人につき、仲裁機関がその任命を取り消すことができる(SIAC規則7.6項、HKIAC規則27.11項)。これにより、追加される当事者のみが仲裁人の選任手続に関与できない事態を、回避することができる。
また、仲裁人が3名の場合の仲裁人の選任手続についても、多数当事者の場合には特別な配慮がある。仲裁人が3名の場合、申立人及び被申立人がぞれぞれ1名ずつ仲裁人を選ぶところ、申立人又は被申立人が複数である場合は、その複数が協議をして、1名の仲裁人を選ぶことになる。
但し、この協議が整わない事態が考えられる。その際は、3名の仲裁人を全て、仲裁機関が選任することになる(ICC規則12.8項、SIAC規則12.2項、HKIAC規則8.2項c、JCAA規則29条7項)。例えば、申立人が複数で、被申立人が単数の場合に、申立人の協議が整わずに仲裁人を選べなかったときは、被申立人も仲裁人を選ぶことができなくなる。被申立人のみが仲裁人を選任したという状況が生じないようにするという、仲裁人の選任に関する全当事者間の平等を意識した定めとなっている。
6. 併合又は参加が認められない場合
複数の仲裁手続の併合が認められない場合には、それぞれ別個の仲裁手続として、進行することになる。
参加申立てが認められない場合の扱いについては、仲裁機関の規則上は必ずしも明確ではないが、JCAA規則は、参加申立てを、別個独立した新たな仲裁申立てとして扱い、仲裁手続を進めることを定めている(52条5項)。
7. 併合と個別のいずれが望ましいか
前回(第8回)の1で述べたとおり、複数の関連する紛争がある場合には、通常、これらを一挙に解決することに合理性がある。例えば、同じ事項について重複して審理することを避けることができ、また、複数の仲裁手続間で判断が矛盾し、混乱が生じる事態も避けることができる。
もっとも、複数の仲裁手続をまとめることによって、かえって手続が混乱することもあり得る。特に、個別の仲裁手続であれば係争金額がさほど大きくなく、早期解決が期待できる当事者がいる場合には、他の仲裁手続と併合されることは、その当事者にとってみれば、解決までの時間とコストが増加することを意味する。
また、複数当事者間で仲裁手続をまとめる場合には、前記5のとおり、仲裁機関が仲裁人を選任する場合が増えるため、当事者が仲裁人を選任できない可能性が高まるという側面もある。
さらに、仲裁手続の秘密性との関係で、併合の結果より多くの当事者が仲裁手続に関与する場合には、秘密が維持しにくくなる可能性もある。
複数の仲裁手続をまとめるべきか否かについて、ICCが発行している小冊子「Effective Management of Arbitration – A Guide for In-House Counsel and Other Party Representatives(仲裁の効果的な運営-社内弁護士及び他の当事者関係者のためのガイド)」[4]が論じている部分がある(25~26頁)。これによれば、まず検討するべきことは、複数の仲裁手続をまとめることが時間とコストの節約に資するか否かである。そして、時間とコストの節約に資するのであれば、そのメリットの程度が、複数の仲裁手続をまとめることのデメリット(例えば、仲裁人の選任を行えなくなる可能性)と比較して、十分に大きいものであるか否かを検討することになる。
また、上記小冊子は、複数の仲裁手続をまとめることにより、敵に有利な材料を与える可能性についても言及してる。例えば被申立人が複数の場合に、被申立人間で相互に責任の押し付け合いをすると、それが申立人に攻撃材料を与えることになり得る。複数の仲裁手続を併合するべきか否かを判断するに際しては、この点についても配慮する必要がある。
以 上
[1] JCAA規則では、その他に申立ての変更の規定が設けられているが(21条)、その要件は、併合の要件と同様であり、別途仲裁申立てをして、従前からある仲裁手続との併合を求める場合と大きくは異ならない。
[2] 但し、ICC規則7項は、既存の仲裁手続の当事者が行う参加申立てのみを規定している。
[3] 「prima facie」というのは、国際仲裁手続においてしばしば目にする用語であるが、これは証明の基準である。最終的な事実認定ではなく、入り口段階で暫定的な事実認定を行う際に用いられる基準で、一応の裏付けとなる証拠があれば、反証の余地があるとしても満たしうる基準である。