債権法改正後の民法の未来 3
事 情 変 更 (2)
大阪法律事務所
弁護士 平 井 信 二
Ⅴ 今後の参考になる議論
結局、コンセンサスが得られなかったことから明文化は見送られたが、法制審議会での議論により、議論が整理された部分、引き続き検討を要する部分(評価が一致しなかった点を含む)の別に留意しながら、以下記載することとしたい。
1 適用範囲
事情変更の法理を明文化するに当たっては、いかなる事例において同法理の適用が検討されるのか、他の法制度との関係等、適用範囲の整理が必要となる。
法制審議会の議論では、当初、事情変更の法理の適用を拡大していくことも視野に入れた委員の個人的見解が示されることもあったが[7]、濫用の懸念が強く示されていたこともあってか、現在の判例よりも適用を拡大すべきという考え方は採用しないとの共通認識で議論が進められていたものといえる[8]。
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⑴ 判例の整理、理解
明文化するとしても、その具体的な当てはめのイメージを共有することができないとすれば問題であるとの指摘を踏まえ、裁判例の整理がなされた[9]。
しかしながら、事情変更の法理の適用を検討すべき具体的事例については委員間の認識に幅があり、適用を肯定した判例についても評価が一定しなかった。
たとえば、20年後や30年後に売買の予約完結権を行使するといった事例の場合、対価の不均衡が生じることは通常あり得ることではないかといった意見[10]や、契約目的不達成のみで適用を認めることについては否定的な意見が述べられるなどした[11]。 -
⑵ 履行請求権の限界事由(履行不能)との関係
履行不能の概念を物理的不能に限らず法律的不能・経済的不能を含め弾力的に理解する見解を前提とした場合、特に問題となる。
この点に関しては、履行不能には該当しない場合、すなわち債務の履行が可能な場合を前提として、信義則の観点から、当事者の予見し得ない事情の著しい変更があった場合に、きわめて例外的に、事情変更の法理による解除が認められるものと整理された。どちらに該当するかの判断に迷う事案があるとすれば、それは履行不能に該当するか否かの判断が必ずしも容易でない事案であることを理由とするものとされた[12](具体例として、山中の別荘を賃貸したところ、別荘への道路が土砂災害で閉鎖された事例が議論された[13])。 -
⑶ 契約内容の確定との関係
事情変更の法理については、規範的な評価を含めた上での契約内容の確定の問題に解消されるのではないかについても議論がなされた。
具体的には、大地震により原子力発電所までの交通が著しく困難にな ったからといって、契約の拘束力が失われるかどうかについては、期日までにおやつを届けるという契約と冷却用ナトリウムを届けるという契約とでは異なるのではないかといったことや[14]、イギリスで契約目的の到達不能の具体例として引用される国王の戴冠式パレードを見るために眺めの良い部屋を高額で賃借したが国王の病のために戴冠式が中止になった事例についても、契約内容の解釈で解決できるのではないかといったこと[15]が議論された。
上記別荘の事例に関しては、契約内容の確定の問題に還元できるのであれば事情変更の議論にする必要はなく、契約内容がはっきりしていない場合がまさに事情変更の適用範囲である旨の発言がなされている[16]。
また、サブリースの賃料の自動増額特約が事情変更の法理によって失効したとする主張に関しては、バブル崩壊があったときにまで当該特約が働くことが予定されていたのかという契約の解釈問題として考えることもでき、若干の連続性はあるものの、契約内容の解釈の問題で解消しきれない部分が残ってくるのではないかとの発言もなされた[17][18]。 -
⑷ 一般の債務不履行解除との関係
一般の債務不履行解除につき、債務者の帰責事由を不要とすることが改正内容となっていることから特に問題となる。
重大な事情変更があった場合における履行不能類型については、事情変更の法理によることなく、一般の債務不履行解除により処理できる場合が増加するものと考えられるが[19]、債務者側が解除を欲する場合には、依然、事情変更の法理による解決が必要となる場合が考えられる。 -
⑸ 錯誤との関係
錯誤法理[20]との役割分担を図るため、要件論において、事情変更を契約 締結後に生じたものに限定する要件を定めることが検討された[21]。
もっとも、前出のパレードの事例など、契約目的の到達不能類型につき、むしろ動機の錯誤による救済の可能性について意見が述べられるなど[22]、同要件設定が明確な区分けにつながるかどうかは、明確な区分けが必要かも含めてなお詰めきれられていないようにも思われる[23]。 -
⑹ 解雇権濫用や労働条件変更に関する労働契約上のルールとの関係(労働契約法16条、同法10条等)
業績の悪化による内々定の取消しをめぐって事情変更の法理が主張された具体的事例が挙げられるなどして、労働者の不利益をもたらす懸念が非常に大きいとして、明文化に対する反対意見が当初より出されていた[24]。
これに対し、事情変更の法理の適用はきわめて厳格にされており、整理解雇や普通解雇であっても同法理の要件を充足せずに実際には適用されないことから、労働契約の分野には特段の影響を与えるものではないのではないかとされたが[25]、整理解雇の有効要件である「解雇対象者の選定基準と適用の合理性」や「労働組合等への説明・協議」、「解雇回避義務の履行」について事情変更の法理の要件には明確に含まれているとは言えないとして、なお懸念が示された[26]。
しかしながら、事情変更の法理は、現在も解釈上認められているものであり、明文化されたからといって、労働契約上のルールとの関係が変化するとは考えられないこと、雇用関係において、何らかの事象の発生により解雇が必要となり得ることは基本的に各当事者にとって予見可能と思われ、事情変更による解除が認められることはないと考えられること、人選の合理性や手続の妥当性についても「契約の趣旨に照らして当該契約を存続させることが信義に反して著しく不当である」との要件で判断され得るとの整理がなされた[27]。
[7] 第19回議事録21頁以下。
[8] 第75回議事録21頁鎌田薫部会長発言。
[9] 部会資料72B裁判例一覧表、分科会資料8。
[10] 第81回議事録20頁、同旨14頁。
[11] 第81回議事録15頁。
[12] 部会資料72B。なお、損害賠償請求との関係については、第60回議事録16頁以下参照。
[13] 第75回議事録23頁以下。
[14] 第19回議事録23頁以下。
[15] 第2分科会第6回議事録29頁。
[16] 第75回議事録23頁以下。もっとも、逆に、すべて予め契約書に書き込んでおけば事情変更による解除を排除できるかといえば、当該条項につき、別途、民法90条に基づく一部無効になる場合は考え得ると思われる。前掲注(3)規制改革会議第27回創業・IT等ワーキング・グループ議事概要16頁参照。
[17] 第19回議事録26頁以下。
[18] 事情変更の法理と契約内容の確定との関係に関する議論につき、山本敬三『民法講義Ⅳ‐1 契約』(有斐閣、2005)103頁参照。
[19] なお、事情変更による解除については債務不履行解除による処理に委ねる余地があり、効果としては履行の強制を阻止できる旨を定めることにとどめるべきではないかとの意見の紹介がある。部会資料24。
[20] なお、動機の錯誤については、「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反するもの」の錯誤がある場合、意思表示を取り消し得る旨が、この度の改正で明文化されている。
[21] 部会資料48。
[22] 第75回議事録21頁。
[23] なお、当該要件で錯誤と明確に区別をなし得るかデリケートな事案が存在するものとして、谷口知平=五十嵐清編『新版注釈民法(13)債権(4)』(有斐閣、2006)73頁、民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅱ』(商事法務、2009)390頁注3)。
[24] 第19回議事録20頁。
[25] 部会資料65。
[26] 第75回議事録15頁。
[27] 部会資料72B、同77A。