冒頭規定の意義
―典型契約論―
冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(23)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
Ⅳ 小括
(3) 規範的言明と規範的概念
「強行規定か任意規定か」という枠組みにおける「強行規定」は、規範を一定の言明で表現したものといえよう。具体的には、「~しなければならない」「○○は、無効とする」という一定の内容を命ずる文によって与えられる。しかし、金銭消費貸借契約や贈与契約において検討したように、「利息」「時価」等の概念は、一定の言明ではないにもかかわらず、その内容について、当事者の合意により変更・修正することが困難であった。
「利息」:「元本利用の対価であり、貸付額と貸付期間に比例して支払われる金銭その他の代替物[1]」
「時価」:「それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額[2]」
これらは、我が国の実定法上は明確な定義を与えられていないが、それぞれ金銭消費貸借契約書や贈与契約書(または売買契約書)を作成するには、必須の概念である[3]。こうした点を踏まえ、本稿では、次のように、実定法上の契約規範を、規範的言明と規範的概念に分けることが必要であると考えている。
契約規範 ・ 規範的言明:言明によって表現された規範
・ 規範的概念:「利息」「時価」等の概念(合意による内容変更が難しい概念)
この「利息」「時価」等の規範的概念は、「リスクの高低」という観点からみれば、任意規定よりもリスクが「高い」。なぜなら、上記と異なる意味内容をこれら概念に当事者が与えた場合、「無効[4]」という制裁が課される可能性が生ずるからである[5]。
「規範的概念」は、任意規定よりもリスクが高いがゆえに、「契約法の体系化」を考える際に、1つの項目として捉える必要がある。この点については、後の「体系化の試み」において、規範的概念=「合意による内容変更が難しい概念」として検討する。
[3] 「利息」及び「利率」について、妥当な計算・算出をすることができない場合、出資法・貸金業法・利息制限法に反する違法な金銭消費貸借契約書を作成する可能性が高まる。また、「時価」を持つ対象物の売買について考えたとき、対価を時価より著しく低い価額に設定すると、差額は「みなし贈与」とされる可能性が高いため、その取引は、売買と贈与が合体したものと税法上扱われる。(これを漫然と「売買契約書」とした場合、作成者は「法律家失格」の烙印を押されるだろう。)
[4] 「無効」といっても、これら概念(に関する言明)に「強行規定」という呼称を与えることは、妥当でないと考えている。それは、「無効」となるのは「ある特定の文脈において」に限られるからである。利息計算について、「社債」の条項参照(第8回注[4])。
[5] ここでの「規範的概念」も、最終的には何らかの規範的言明に帰されるという考え方もあり得るだろう。例えば「利息」も、上記のように「言明」によって表現されるから、(個々の概念でなく、)「言明」のみ考えれば十分という考え方である。しかし、我が国においては、重要な概念の定義が実定法上、明定されていないことが多い。このため、「規範的言明」だけでは実定法における契約規範を十分に捉えることが困難であり、本稿では「規範的言明」と並んで「規範的概念」を重視している。