電通、多様な価値観とワークライフバランスを大切にする
新たな企業文化の創造に向けた取り組み
岩田合同法律事務所
弁護士 藤 原 宇 基
1. 電通過労自殺事件の経緯
周知のとおり、昨年4月に電通に入社した新入社員が同年12月に自殺し、その自殺が今年の9月に過労死として労災認定された。
現在、東京労働局を中心とした労働基準監督官らが、同社における長時間労働の実態を調査しており、今後、行政指導や同社及び役員の書類送検等が行われる可能性がある。
電通は、過重労働問題専従の執行役員を専任し、法令遵守を徹底するとともに、従業員のワークライフバランスを図る等としている[1]。
2. 三六協定違反による労働基準法32条違反
残業や休日出勤が当然となっている企業では忘れられがちであるが、使用者は、労働者を1日8時間を超えて、また、1週間40時間を超えて働かせることができないのが原則である(労働基準法32条)。また、使用者は、労働者に対して、原則として1週1日(就業規則等に特に定める場合は4週4日)の休日を与える必要がある(同法35条)。
もっとも、使用者は、事業場の過半数労働組合(それが無い場合は労働者の過半数代表)と、時間外労働または休日労働に関する協定(いわゆる三六協定)を書面で締結すれば、上記の制限を超えて労働者に時間外労働または休日労働をさせることができる(同法36条1項)。
しかし、三六協定に基づく時間外労働にも制限がある。すなわち、厚生労働大臣は、三六協定における延長時間の限度の基準を定めることができるとされており(同条2項)、使用者及び過半数組合(労働者代表)は三六協定の内容をその基準に適合したものとしなければならないとされている(同条3項)。そして、延長限度時間(いわゆる「限度時間」)は、一般労働者については1カ月45時間、1年360時間等とされている[2]。
ただし、三六協定に特別条項を設けた場合、臨時的に限度時間を超えて働かせることができる(いわゆる「特別延長時間」)。もっとも、特別延長時間が適用できるのは特別の事情が存する場合に限られ、また、特別の事情は臨時的なものに限られるとされ、三六協定には特別延長時間の適用回数を記載し、適用回数は1年の半分を超えてはならないとされている(平成15年10月22日基発第1022003号)。
過去には、三六協定に定める特別延長時間の時間をできるだけ長く、例えば120時間などと設定していた企業もあった。しかし、脳・心臓疾患の労災認定基準において6カ月の間に1カ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働があった場合には業務と発症との関連性が強いと評価されるとされたこと(平成13年12月12日基発第1063号)、また、使用者は上記の労災認定基準をも考慮に入れて社員の長時間労働を抑制する措置をとることが要請されているとする裁判例も出てきたこと(日本海庄や事件、大阪高裁平23年5月25日判決)、100時間を超える時間外労働が行われていた場合は労働基準監督署の立入調査の対象とされること等を踏まえて、現在では、特別延長時間を80時間程度としている企業が多い。
しかし、実際には、長時間労働の実態が是正されず、三六協定の特別条項に反する形で労働をさせているケースが多い[3]。
これは明らかな違法行為であるが、人手不足や業績優先、他の企業も同様の違法行為を行っているといった理由で、違法性を承知の上で長時間労働を容認している企業も多い。その一方、表面的には80時間程度の特別条項の枠内に残業時間をおさめようとすることで「隠れ残業」が増え、労働時間管理が全く機能しない状態となり、異常な長時間労働の抑制が行われなくなる。これが電通事件の背景であろう[4]。
長時間労働の是正において、最も重要なことは実態の把握である。そして、長時間労働が行われていた場合、それを是正するには人手不足であれば人手を増やす、無理な業績目標が設定されていれば業績目標を下げる、無駄な作業があるのであれば無駄をなくすという実態の変更しかない。
電通においても三六協定の上限の引下げといった数値目標の設定や鬼十則の廃止といった精神面の対策だけではなく、長時間労働を是正するための実態の変更がなされることが期待される。
【報道による電通における長時間労働問題の経緯】
平成22年8月 | 中部支社、三六協定の上限を超える違法な残業をさせていたとして名古屋北労働基準監督署から是正勧告 |
平成25年6月 | 東京本社の男性社員が病死⇒平成28年に長時間労働による過労死として労災認定 |
平成26年6月 | 関西支社、違法な長時間労働で天満労働基準監督署から是正勧告 |
平成27年 | |
4月 | 女性社員、電通入社 インターネット広告業務担当 |
8月14日 | 電通本社、三田労働基準監督署から労働基準法32条違反で是正勧告 |
10月~12月 | 女性社員、ツイッターで過労を思わせる発言 10月9日から11月7日の残業時間は約105時間 |
12月25日 | 女性社員、寮で自殺 |
平成28年 | |
9月30日 | 労働基準監督署が女性社員の自殺を過労死として労災認定 |
10月7日 | 女性社員の遺族が厚生労働省で会見 |
10月14日 | 東京労働局の過重労働撲滅特別対策班などが東京本社と3支社、主要5子会社に対して任意の立入調査(臨検監督) |
11月7日 | 労働基準監督官ら計88人が東京本社と3支社に一斉に家宅捜索 |
[1] 具体的な施策としては、①22時以降の業務原則禁止・全館消灯(22時~翌5時)、②私事在館禁止、③月間法定外45時間(月間所定外65時間)・特別条項の上限30時間、④1日の三六協定時間順守の徹底、⑤新入社員の特別条項申請禁止、⑥啓発活動のためのツール制作などを行う等が挙げられている。http://www.dentsu.co.jp/news/release/2016/1101-009070.html
[2] 「労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」(限度基準)平成10年12月28日労働省告示154号、最終改正:平成21年5月29日厚生労働省告示316号第3条1項別表1
[3] 例えば、昨年、法人及び役員等が書類送検をされたABCマートやJCBでは三六協定の特別条項はそれぞれ79時間、80時間とされていたが実際は100時間を超える残業が行われていたとされている。
[4] 報道によれば、自殺した女性社員は、自殺した前月の労働時間を69.5時間、前々月の労働時間を69.9時間と、三六協定で定められていた所定外月間70時間を超えないように過少申告していたとのことである。