◇SH0111◇大阪泉南アスベスト訴訟最高裁判決 田中貴士(2014/10/21)

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大阪泉南アスベスト訴訟最高裁判決

岩田合同法律事務所

弁護士 田 中 貴 士

 大阪泉南アスベスト訴訟(第1陣、第2陣)で、10月9日、最高裁は、国の責任を一部認める判決を言い渡した。

 本件は、大阪府泉南地域に所在した石綿(アスベスト)製品の製造、加工等を行う工場で石綿製品の製造作業等に従事し、石綿関連疾患にり患した労働者又はその遺族らが、国に対し、国が石綿粉じんの曝露によって生じる健康被害を防止するために必要な労働基準法又は労働安全衛生法上の規制権限を行使しなかったことが違法であるとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案である。

 第1陣訴訟では1審が国の責任を一部認めた後、2審が国の責任を否定したものの、第2陣訴訟では1審、2審とも国の責任を一部認めていた。最高裁は、本件の争点の一つである石綿工場への局所排気装置の設置の義務付けに関する規制権限の不行使について、国が昭和46年の旧特化則[1]制定によって石綿粉じんの発散する屋内作業場に局所排気装置の設置を義務付けるより以前の昭和33年には、すでにこれを義務付けるために必要な技術的知見が存在していたとして、その当時、労働大臣が旧労基法に基づく省令制定権限を行使しなかったことを違法とし、第1陣訴訟については原審に差し戻し、第2陣訴訟については国の上告を棄却した。なお、本件では、国の石綿の抑制濃度の規制措置や、国が使用者又は事業者に対して労働者に防じんマスクを使用させるよう義務付ける規定を平成7年まで設けなかったことについても争点とされていたが、これらの点には違法はなかったとされている。

 従前、石綿に関する訴訟としては、石綿を扱う業務に従事して石綿関連疾患にり患した労働者が、使用者である企業に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求として提起されることが多かった[2]。また、国に対する国家賠償請求としては、建設業に従事していた労働者が、国と石綿含有建材を製造、販売等していた企業らを被告とする建設アスベスト訴訟が、東京高裁及び東京地裁、横浜地裁をはじめとする各地の地裁に係属している[3]

 上記の大阪泉南アスベスト訴訟は、国に対する国家賠償請求の事案であり、また、上記の建設アスベスト訴訟とも、石綿工場での曝露である点で事案が異なるといえるが[4]、ここでは、上記判決を機に、石綿をめぐる問題への現在の国の対応について簡単に記載する。

 石綿(アスベスト)とは、単一の鉱物名ではなく、クリソタイル(白石綿)、アモサイト(茶石綿)、クロシドライト(青石綿)等の鉱物の総称である。石綿は、紡織性、断熱性、耐火性等に優れ、他の物質との密着性が高く、また比較的安価であることから、建築物や工業製品等の原材料として、経済活動全般に広く用いられてきた。一方で、人が石綿の粉じんに曝露してこれを吸入した場合には、石綿繊維が肺胞にまで到達しやすいという性質があり、医学的知見の進展とともに、石綿粉じんに曝露することによって健康被害を生じる危険性のあることが分かってきた。そのような石綿関連疾患として、石綿肺、肺がん、中皮腫、良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚が知られている。

 そのため、時の経過とともに石綿製品の製造、使用等について規制がなされ、現在では石綿の使用が禁止されているが、既存の建築物では多くの石綿が使用されているため、今後も、それら建築物での石綿の除去作業や解体時において、石綿の飛散や曝露の防止等が必要となる。また、石綿関連疾患は、石綿曝露から発症までの期間が長く、その潜伏期間は数十年と言われている。

 このような状況下、石綿による健康被害の救済としては、石綿健康被害救済法[5]がある。労働者等が、業務上[6]の石綿曝露により健康被害を受けた場合は、労災保険法による給付を受けることができるが、石綿健康被害救済法による救済給付は、労災補償の対象とならない者を対象とするものである。また、労災保険法による遺族補償給付を受ける権利が時効消滅した労働者等の遺族には、石綿健康被害救済法により、特別遺族給付金が支給される。

 石綿による今後の健康被害を防止するための規制としては、次のようなものがある。

 先ず、平成18年の労働安全衛生法施行令の改正により、現在は、石綿含有物(含有する石綿の重量が0.1%を超えるもの)の製造、使用等が全面的に禁止されている。

 また、その前年には、石綿障害予防規則が制定された[7]。石綿障害予防規則により、事業者は、建築物等の解体作業等にあたり、石綿の使用の有無を事前に調査し、石綿が使用されている場合には、労働者の石綿粉じん曝露を防止するための様々な措置を講じることが必要となる[8]

 加えて、大気汚染防止法でも、平成8年の改正から、石綿が使用されている建築物等の解体等工事[9]に対して規制がなされており、工事の受注者は、石綿粉じんを飛散させる原因となる特定建築材料[10]の使用の有無を事前に調査し、これが使用されている場合には、石綿粉じんの飛散を防止するための作業基準を遵守することが必要となる[11]

 その他、平成18年には、大気汚染防止法、建築基準法、廃棄物処理法、地方財政法が一括して改正されており[12]、建築基準法では、石綿の飛散のおそれのある建築材料[13]の使用が規制され、これにより、増改築部分が50%以上となる増改築等の際には、これら建築材料の除去等が義務付けられている。

健康被害者の救済

労働者災害補償保険法

石綿健康被害救済法

今後の被害の防止

石綿使用の禁止

労働安全衛生法

解体時の飛散・曝露の防止

大気汚染防止法、石綿障害予防規則

既存施設での除去等

建築基準法、地方財政法

廃棄物の適正処理

廃棄物処理法

 



[1] 旧労基法(昭和47年法律第57号による改正前の労働基準法)45条に基づいて制定された特定化学物質等障害予防規則(昭和46年労働省令第11号)。なお、現在の特化則は、昭和47年の労働安全衛生法の制定に伴い、同法27条に基づき制定されたもの。

[2] 東京高判平成17年4月27日(労判897号19頁)、札幌高判平成20年8月29日(判例タ1302号164頁)等。

[3] 現在判決が言い渡されているものとして、横浜建設アスベスト訴訟(第1陣)の横浜地判平成24年5月25日(LLI/DB判例秘書登載)、首都圏建設アスベスト訴訟(第1陣)の東京地判平成24年12月5日(判時2183号194頁)。

[4] 首都圏建設アスベスト訴訟(第1陣)東京地裁判決は、建築現場では、石綿工場と異なって局所排気装置の設置は事実上不可能であり、防じんマスクの着用が石綿粉じん曝露を回避するためのほぼ唯一の防衛手段であったとして、昭和56年の時点で国が事業者に対して労働者に防じんマスクを使用させるよう義務付ける規制を行わなかったことは違法と判断した。ただし、大阪泉南アスベスト訴訟最高裁判決は、労働安全衛生規則等による事業者、労働者に対する防じんマスクの備付け義務、使用義務等を通じて、労働者の防じんマスクの使用は相当程度確保されるとしている。

[5] 「石綿による健康被害の救済に関する法律」(平成18年法律第4号)

[6] 石綿関連疾患の労災認定基準については、「石綿による疾病の認定基準」(平成24年基発第0329第2号)。

[7] 国内の石綿使用量が大幅に減少した一方で、今後は建築物等の解体等の作業が増加することが予想されるため、これらの作業における石綿曝露防止対策の充実を図るため、特定化学物質等障害予防規則(昭和47年労働省令第39号)のうち石綿に関する事項を分離し、労働安全衛生法に基づく単独の規則として制定された

[8] なお、本年6月1日の改正により、石綿を含有する保温材、耐火被覆材等への対策が強化され、吹付け石綿だけでなく、石綿を含有する保温材、耐火被覆材等が劣化等により石綿粉じんを発散させるおそれがある場合にも、その除去、封じ込め、囲い込みの措置が必要となった。

[9] 建築物等を解体し、改造し、又は補修する作業を伴う建設工事。

[10] 吹付け石綿、石綿を含有する断熱材、保温材、耐火被覆材。

[11] なお、本年6月1日の改正により、特定建築材料が使用されている建築物等の解体等の作業を実施する際に必要な事前の届出 について、その届出義務者が従前の施工者から工事の発注者に変更されている。

[12] 「石綿による健康等に係る健康被害の防止のための大気汚染防止法等の一部を改正する法律」(平成18年法律第5号)

[13] 吹付け石綿、石綿を含有する吹付けロックウール(含有する石綿の重量が0.1%を超えるもの)。

(たなか・たかし)

岩田合同法律事務所弁護士。2004年京都大学卒業。2005年弁護士登録。取扱分野は、金融法務、企業法務全般。

岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/

<事務所概要>

1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。

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