カジノ法(IR推進法)の成立(3)
-ギャンブル依存症対策-
弁護士法人三宅法律事務所
弁護士 渡 邉 雅 之
今回は、平成28年12月26日に公布された「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」(以下「IR推進法」といいます。)に関して、国会で争点の一つとなったギャンブル依存症対策に関して解説いたします。
1 厚生労働省科学研究班の調査結果
わが国におけるギャンブル依存症問題が深刻に受け止められ出したのは、平成26年8月20日、成人の依存症について調べている厚生労働科学研究班(研究代表者=樋口進・独立行政法人久里浜医療センター院長)が、パチンコや競馬などギャンブル依存が成人人口の4.8%に当ります。536万人にのぼるとの推計を発表したことによります。この調査結果によれば、平成25年7月、成人約4,000人に面接調査を実施した結果、ギャンブルについては、国際的に使われる指標で「病的ギャンブラー」(依存症)に該当する人が男性の8.7%、女性の1.8%でした。
ほかの国との比較については、各国により調査年、サンプル数、対象年齢が異なっているが、米国で1.4%、カナダで1.3%、イギリスで0.8%といった報告があります。これらの国に比して、日本はきわめて高いギャンブル依存症率であることになります。
2 パチンコ・パチスロなどの方が依存症を惹起させる可能性大
この調査結果については、競馬や競輪等の公営ギャンブルのほか、パチンコ、パチスロ等の「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」に基づく「遊技」も含まれることに留意しなければならない。その後の厚生労働省科学調査班の追加調査により、ほとんどがパチンコ依存症であることが判明しています。
パチンコやパチスロは、容易にアクセスし易いことや、確率が決まっているので1回あたりの負けはそれほど多額にならないいため、その分非常に手を出し易いがために依存症率が高いと考えられます。
むしろ問題は、これまで公営ギャンブルやパチンコ・パチスロに関する依存症対策が、行政のみならず民間での取組みも含め、ほとんど行われてこなかったことです。
3 シンガポールにおいては依存症患者が減っている
カジノの導入に際し、諸外国の事例や最新の知見を踏まえて、社会に与えるマイナスの影響への万全の対策を講ずることにより、ギャンブル依存症数の減少にも寄与することができると考えられます。
2010年にIR施設を2箇所オープンしたシンガポールのギャンブル依存症対策審議会(National Council on Problem Gambling:NCPG)の調査によれば、オープン前の2008年とオープン後の2014年で、「病的賭博者と推定される者」(Probable Pathological Gambling)の割合と「ギャンブル依存症と推定される者」(Probable Problem Gambling)の割合がそれぞれ1.2%から0.2%へ、1.7%から0.5%へと推移し、IRの設置により病的賭博者・ギャンブル依存者の割合が大幅に減少していることが報告されています。
2008 | 2011 | 2014 | |
病的賭博者と推定される者の割合 | 1.2% | 1.4% | 0.2% |
ギャンブル依存症と推定される者の割合 | 1.7% | 1.2% | 0.5% |
合計 | 2.9% | 2.6% | 0.7% |
Survey on Participation in Gambling Activities among Singapore Residents 2014
この調査結果に鑑みれば、IRの導入により、ギャンブル依存症患者の数が劇的に増加する可能性があるとは考えられず、むしろ適切な依存症対策を講ずることにより、ギャンブル依存症を十分に抑制できると考えられます。
4 ギャンブル依存症対策について
(1) 自国民・永住者のカジノ入場の禁止は有効な対策ではない
IR導入にあたってギャンブル依存症を防止する対策としては、自国民(日本人)や永住者のカジノへの入場を禁止するという方法も考えられます。
しかしながら、自国民が入場できないカジノでは、IR導入によって期待する経済的効果を十分に引き出すことができないという問題点があります。
韓国においては当初、自国民はカジノフロアに出入りをさせない方針だったが、00年に一カ所のみ韓国人も入場できるカジノを設立した(江原ランド)。同カジノの税収は地域に貢献したものの、利用者が依存症により近隣で自殺したり、家族崩壊したりしたことが報道され、カジノの負の側面のみクローズアップされました。
江原ランドはIRとはとても呼べないものであり、カジノ施設のみがあって、その周辺が質屋に囲まれている。同カジノの失敗の原因は、ソウル都市圏からバスや電車で3時間かかる、交通アクセスの悪い山間地域に設けられ、周辺地域の観光と連携がなされてない。
(2) シンガポールの依存症対策
ギャンブル依存症対策については、次のような一定の制約のもとで自国民の入場を認めるシンガポールの対策が参考になります。
- ▸ 自国民および永住者のカジノ入場に際して、1日あたり100シンガポールドル(約8,000円)、年間2,000シンガポールドルという入場料の賦課が義務づける。
- ▸ カジノ内にATMを設置することを禁止する。
- ▸ シンガポール国民は任意の申告により、損失上限や入場回数の上限を設定することができるようにする。
- ▸ カジノ事業者はシンガポール国民の顧客に対して与信が禁じられる。
- ▸ 依存症患者本人やその家族、関連機関からカジノへ入れないよう申告された場合には、対象者はカジノへ入場できなくなる(排除システム)。
参議院内閣委員会における附帯決議においては以下のとおり自己排除・家族排除プログラムの導入、入場料の徴収等、諸外国におけるカジノ入場規制の在り方やその実効性等を十分考慮し、我が国にふさわしい、清廉なカジノ運営に資する法制上の措置を講ずることとされた。
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(3) 青少年対策
ギャンブル依存症対策の一つとして、ギャンブルのもつリスクについて、飲酒やたばこと同様に学校教育のカリキュラムに盛り込むことも重要である。
(4) 総合的な依存症対策
ギャンブル依存症に関しては、その原因を分析すると共に、IR内のカジノに留まらず、既存の公営競技や風適法上の「遊技」であるパチンコ・パチスロも含めた総合的な依存症対策を講ずるべきです。そのためには、組織面も含めた体制整備が必要であり、十分な予算措置を講ずる必要があります。
組織体制や仕組みとしては、カジノ管理委員会が本部となってその組織の一部門として小委員会を設ける方法やシンガポールのNCPGのようなギャンブル依存症対策のための委員会を設けることも考えられます。
参議院内閣委員会の附帯決議においては以下のとおり規定されています。
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(5) 区域数の限定
附帯決議では、以下のとおり、ギャンブル依存症予防の観点からも、特定複合観光施設区域(IR区域)の数については、厳格に少数に限り、区域認定数の上限を設けることとされています。
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(6) 納付金の使途
納付金(IR推進法12条)を徴収する場合の使途の一部としては、ギャンブル依存症対策も含めるべきである。この点については、参議院の内閣委員会の附帯決議でも以下のとおり求められています。
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(7) 依存症対策を講じられてからIRの導入を検討すべきという意見について
IR導入についての反対派は、ギャンブル依存症対策が十分に講じられ、ギャンブル依存症患者が減少してから、IRの導入を検討すべきと主張されています。
しかしながら、ギャンブル依存症に関しては、予算措置、医学的措置、教育的措置など多くの必要なことが十分できていない現状があります。
上記(6)のとおり、納付金の一部の使途はギャンブル依存症対策とされることとされている。依存症対策基本法を制定すべきとの意見もありますが、このような基本法の制定だけでは、依存症対策のための十分な予算措置ができない可能性があります。