メキシコの腐敗防止規制の概要(上)
西村あさひ法律事務所
弁護士 平 尾 覚
弁護士 梅 田 賢
弁護士 細 谷 夏 生
1. はじめに
メキシコは、Transparency Internationalが公表している世界腐敗認識指数において[1]、2016年には176か国中123位に位置づけられており、その腐敗度が高いことで知られている。そして、自動車関連産業を中心とする多くの日本企業がメキシコに進出している昨今、メキシコにおける腐敗防止規制は日本企業にとっても無視できない規制である。近年、メキシコは、腐敗防止に向けた種々の取組を行っており、エンリケ・ペニャ・ニエト大統領は、メキシコの腐敗状況を改善すべく、腐敗防止法令の改正に着手し、その一部は2016年に施行され、また、2017年に施行される予定の法律もある[2]。
そこで、本稿では、メキシコにおける腐敗防止法令に関する現行の規制を概観すると共に、改正法の中でも実務的影響が大きいと考えられる行政責任一般法(Ley General de Responsabilidades Administrativas)について解説する。
2. 現行規制の概観
メキシコにおいて、現在、贈収賄[3]を規制している主な法規は、連邦刑法(Código Penal Federal)と、2012年6月に制定された公共調達汚職防止法(Ley Federal Anticorrupción en Contrataciones Públicas)である。
それぞれの対象、成立要件及び罰則等は下記のとおりであるが、連邦刑法上の手続は刑事手続であるのに対し、公共調達汚職防止法上の手続は行政手続であるため、連邦刑法による刑罰と公共調達汚職防止法による制裁金は併科され得ることに注意が必要である。さらに、これらの連邦法による規制に加え、メキシコにおいては州ごとに刑法が存在し、贈賄に係る規制を定めていることから、州刑法についても留意が必要となる。
また、連邦刑法及び公共調達汚職防止法のいずれも、メキシコの公務員に対する贈賄については、贈賄を行った自然人がメキシコ国籍を有するか否か又は贈賄を行った法人がメキシコで設立されたか否かを問わず、さらに、処罰の対象となる行為が行われた場所がメキシコ国内であるか国外であるかを問わず適用される可能性があり、規制対象が広範である点に留意が必要である。外国公務員に対する贈賄については、メキシコ国籍を有する自然人やメキシコで設立された法人が外国公務員に贈賄した場合には、当該行為が行われた場所がメキシコ国内であるか国外であるかを問わず、連邦刑法及び公共調達汚職防止法の処罰の対象となり得る。メキシコ国籍を有しない者やメキシコで設立されていない法人の場合には、メキシコ国内で、外国公務員に贈賄した場合にのみ、連邦刑法及び公共調達汚職防止法の処罰の対象となり得る。
なお、後記のとおり、公共調達汚職防止法は2017年7月に行政責任一般法に置き換えられる予定である。
連邦刑法 | 公共調達汚職防止法 | |
性質 | 刑事罰 | 行政罰 |
対象 |
• 収賄した公務員 • 贈賄した者 |
• 贈賄した者*1 |
成立要件 | ①個人又は法人が、②公務員の職務に関連して、③公務員に特定の作為又は不作為を行わせることを目的とし、④公務員に対して、金銭その他の利益を供与し、又はその申し出をすること*2 | ①個人又は法人が、②政府による公共調達等に関連して、③公務員に特定の作為又は不作為を行わせることを目的として、④公務員に対し、金銭その他の利益を供与し、又はその申し出をすること*2 |
公務員の定義 | 「公務員」の定義は、メキシコ憲法によって定められており、選挙で選ばれた代表者、連邦司法府や連邦議会、その他のメキシコ憲法下で自治を有する組織で働く者を指す。 | 連邦刑法と同じ |
外国公務員の定義 |
「外国公務員」とは、
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「外国公務員」とは、各国法により公共性が認められた地位を有する者を指す。「各国法により公共性が認められた地位を有する者」とは、外国の司法府・立法府・行政府、公共団体又は国際機関で働く者又はその代理人である。 |
適用除外 | なし(ファシリテーションペイメント*3は認めていない) | なし(ファシリテーションペイメントは認めていない) |
罰則*4 |
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リニエンシー | なし |
以下の要件を充足する場合、罰金が50%から70%の範囲で減額される。
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- *1 公共調達汚職防止法において、収賄を行った公務員に対する罰則規定は存在しない。収賄を行った公務員に対しては、連邦刑法による刑事罰のほか、連邦公務員行政責任法(Ley Federal de Responsabilidades Administrativas de los Servidores Públicos)によって行政罰が科され得る。なお、後記のとおり、連邦公務員行政責任法も、公共調達汚職防止法と併せて2017年に行政責任一般法に置き換えられる予定である。
- *2 公務員が実際に利益の供与を受けたことや、利益供与の目的が達成されたことは、成立要件に含まれない。
- *3 ファシリテーションペイメントとは、通常の行政サービスの円滑化のための少額の支払いをいう(2016年7月15日日本弁護士連合会「海外防止贈賄ガイダンス(手引)」11頁)。
- *4 連邦公務員行政責任法により、公務員が、その職務に利害関係を有する個人又は法人から、1年間に最低賃金の10倍を超える金銭又は価値物を受け取ることは、主観的な意図や公務との関連性の有無にかかわらず禁止されている。
- *5 2016年1月27日に公布された憲法改正により設定された新しい罰金の単位であり、基本的に毎年1月に前年12月時点の年間インフレ率を基に改定される。2016年1月28日に公表された初期値は、1単位73.04ペソ、1か月単位2,220.42ペソ、1年単位26,645.04ペソである。[4]
- *6 法人に対する処罰規定は、メキシコ公務員に対する贈賄罪には存在しない。
以 上
- (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。
[1] https://www.transparency.org/news/feature/corruption_perceptions_index_2016。2015年においては、168か国中、95位であったが、更にランクが下がっている。なお、日本は2016年は176か国中20位であった。
[2] 2014年には大統領の妻と、メキシコ市-ケレタロ市間旅客鉄道の落札企業による癒着疑惑が報じられていた。
[3] メキシコにおいて民間贈収賄は犯罪とされていないため、本稿では公務員贈収賄のみを対象として論じる。
[4] JETRO「憲法改正で最低賃金を罰金・制裁金の単位から分離-中南米における制度改定の動向-」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2016/03/dbbe027db4e39a5e.html(2016年3月3日)