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本件は、高知県安芸郡東洋町が、台風の被害に遭った漁業者の所属する町内の漁業協同組合(以下「本件漁協」という。)に対し、当該漁業者の被害復旧等に充てるための資金として、町の規則に基づき1000万円を貸し付けたこと(以下「本件貸付け」という。)につき、同町の住民である原告が、本件貸付けに係る支出負担行為等が違法であるなどとして、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、当時の町長らに対し1000万円の損害賠償請求をすることを、被告である東洋町長に求めた住民訴訟の事案である。
2
本件の事実関係は、次のようなものである。
東洋町は、平成23年10月25日、東洋町漁業災害対策資金貸付規則(以下「本件規則」という。)を制定した。その内容は、同年7月の台風6号の被害を受けた漁業者(以下「被害漁業者」という。)の属する漁業協同組合に対し、被害漁業者の早期の施設復旧と再生産及び経営の安定を図ることを目的として、1000万円の限度で資金を貸し付けるというものであった。また、本件規則には、貸付けの要件として、当該資金の借入れにつき漁業協同組合の理事会において議決されていることが定められていた。
本件漁協は、平成23年11月8日、東洋町に対し、本件規則に基づき、1000万円の貸付けを受ける旨の申請(以下「本件申請」という。)をした。これに先立つ同月3日、本件漁協は、理事8名のうち6名が出席した理事会において、全会一致で、東洋町に対し本件申請をする旨の議決(以下「本件議決」という。)をしたが、上記の出席した理事6名には、本件申請に係る被害漁業者の経営者及び同人の子が含まれていた。
東洋町長は、平成23年11月17日、本件申請に基づき、本件漁協に対し1000万円を貸し付けることを決定する旨の支出負担行為及びその貸付金として1000万円の公金を支出する旨の支出命令(以下、これらを併せて「本件支出負担行為等」という。)をし、同月21日、本件漁協に対する本件貸付けが行われた。そして、本件漁協は、同月22日、本件貸付けに係る金員を原資として、上記被害漁業者の経営者の子に対し、1000万円を融資した。
水産業協同組合法37条2項は、漁業協同組合の理事会の議決について特別の利害関係を有する理事は、議決に加わることはできない旨を定め、本件漁協の定款は、これと同旨を定めている。また、同条1項は、漁業協同組合の理事会の議決は、議決に加わることができる理事の過半数が出席し、その過半数をもって行う旨を定め、定足数及び議決要件については定款によって加重することができることを定めるところ、本件漁協の定款は、理事会の定足数及び議決要件について同項と同旨の内容を定める一方、上記の各要件を加重する旨の定めを設けていない。
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原告は、本件貸付けに手続的な瑕疵があることや本件貸付けが不公正なものであることなど様々な点を挙げて本件貸付けは違法であると主張したが、原々審は、本件貸付けにつき手続上の瑕疵がある可能性はあるものの、支出負担行為等をした当時の東洋町長らに重過失があったとは認められず、損害の発生も認められないとして、原告の請求を棄却した。これに対して、原審は、本件貸付けの根拠となった本件規則は適法な公布手続を経ていないから効力が生じていないとした上で、本件貸付けが町長の裁量によるものとして適法であるかを検討し、本件規則には、資金の貸付けを受ける漁業協同組合において、理事会の議決がされている必要があると定められているところ、本件議決には、被害を受けた漁業者の経営者等が理事として加わっており、そのような理事会の議決は、水産業協同組合法37条2項等に反する手続上の瑕疵があって無効であり、このような瑕疵のある理事会の議決を前提に行われた本件支出負担行為等は、町長の裁量権の範囲を逸脱してされたもので違法と解すべきであるなどとした。その上で、原審は、町長には過失が認められ、町には1000万円の損害が発生しているといえるとして、町長個人に対し、1000万円の損害賠償請求をすべき旨の判決をしたことから、被告が上告及び上告受理申立てをしたものである。なお、原告は、本件において、被告に対し、町長以外の町職員2名を請求の相手方とする損害賠償請求をすることも求めていたが、原審は、これらの職員は地方自治法242条の2第1項4号の当該職員に当たらないなどとして、これらの請求に係る訴えを却下したところ、この判断に対する原告からの上告等はなかった。
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最高裁判所第二小法廷は、漁業協同組合の理事会の議決が、当該議決について特別の利害関係を有する理事が加わってされたものであっても、当該理事を除外してもなお議決の成立に必要な多数が存するときは、その効力は否定されるものではないと解するのが相当であると判示し、本件漁協の理事8名から特別の利害関係を有する理事2名を除外した6名の過半数に当たる4名が出席してその全員が賛成してされた本件貸付けに係る理事会の議決は、無効であるとはいえないとして、同議決が無効であることから本件支出負担行為等は町長の裁量権の範囲を逸脱してされたものとして違法であるとした原判決の被告敗訴部分を破棄し、原告が他に主張する本件支出負担行為等の違法事由の有無等について審理を尽くさせるため、上記の部分につき本件を原審に差し戻す旨の判決をした。原判決は、本件議決に特別の利害関係を有する理事が加わったという瑕疵があることのみを理由として本件支出負担行為等が町長の裁量権の範囲を逸脱したものであると判断しており、原告が本件支出負担行為等が違法であるとして主張する他の事由について審理、判断をしていないことから、本判決は、これらの他の事由についての審理、判断を尽くさせるために本件を原審に差し戻すこととしたものと解される。
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本件は、特別の利害関係を有する理事が加わった漁業協同組合の理事会の議決の効力という論点に関して水産業協同組合法37条2項の解釈が争われた事案であるが、同項と同旨の規定は、株式会社の取締役会決議に関して会社法にも置かれており(会社法369条2項)、上記論点については、特別の利害関係を有する取締役が加わった取締役会決議の効力という会社法上の論点と同様に論じることができるものと考えられる。
この会社法上の論点について、学説においては、上記のような取締役会決議は、常に無効であるとする見解、原則として無効であるが、この瑕疵がなくても決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは有効となるとする見解、特別な利害関係を有する取締役を除いてもなお決議の成立に必要な多数が存在する場合は原則として有効であるが、当該取締役が出席して決議に不当な影響を与えたといった事情がある場合には無効となるとする見解、特別な利害関係を有する取締役を除いてもなお決議の成立に必要な多数が存在するならば決議の効力は妨げられないとする見解などがみられる。
また、判例は、最二小判54・2・23民集33巻1号125頁、判タ383号92頁(以下「昭和54年最判」という。)が、中小企業等協同組合法に基づく企業組合の理事会決議に特別の利害関係を有する理事が加わった場合であっても、当然に無効ではなく、その理事の議決を除外してもなお決議の成立に必要な多数が存するときは、決議としての効力を認めて妨げないと解すべきであると判示しているが、特別の利害関係を有する理事が参加した企業組合等の理事会決議に関する規定である当時の中小企業等協同組合法42条は、昭和56年法律第74号による改正前の商法239条5項の規定を準用する旨定めていたところ、同項は、「総会ノ決議ニ付特別ノ利害関係ヲ有スル者ハ議決権ヲ行使スルコトヲ得ズ」と定めるものであり、現行の会社法等の規定とは文言が異なっていることなどから、現行の会社法等の下においても昭和54年最判と同様に解すべきであるかどうかは必ずしも明らかではなかった。
このような状況のもとで、本判決は、特別の利害関係を有する理事が理事会の議決に加わることができない旨を定める水産業協同組合法37条2項の趣旨が、理事会の議決の公正を図り、漁業協同組合の利益を保護するためであると解されることなどを説示し、昭和54年最判と同様に、特別な利害関係を有する理事を除いてもなお議決の成立に必要な多数が存在するならば議決の効力は妨げられないとする見解を採ったものである。
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本判決は、特別の利害関係を有する理事が加わってされた漁業協同組合の理事会の議決の効力につき、昭和54年最判当時の規定とは文言が異なる現行法の規定の下でも、同最判と同様の解釈をすることが相当であることを示したものであり、株式会社の取締役会の決議等についても同様の考え方が採られることになると考えられることなどからしても、重要な意義を有するものと思われる。