日本企業のための国際仲裁対策(第25回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第25回 国際仲裁手続の序盤における留意点(19)-仲裁手続の審理の原則等
1. 審理における二大原則と効率的な審理の要請
今回は、国際仲裁手続の序盤における留意点の最後として、仲裁手続の審理を通して留意される基本原則、特徴等について解説する。
まず、国際仲裁手続の審理には、二大原則と呼ばれるものがある。
一つは、平等取扱いの原則(Equal Treatment)である。日本の仲裁法25条1項はこの原則を明示的に規定しており、「仲裁手続においては、当事者は、平等に取り扱われなければならない」と定めている。
他の一つは、主張立証の十分な機会付与の原則(Full Opportunity to Present Case)である。日本の仲裁法25条2項はこの原則を明示的に規定しており、「仲裁手続においては、当事者は、事案について説明する十分な機会が与えられなければならない」と定めている。
仲裁機関の規則においても、上記二大原則に言及しており、例えばICC(国際商業会議所)の規則は、「仲裁廷は、全ての事案において、公正かつ中立的に振る舞わなければならず、また、各当事者に主張立証のための機会を適切に確保しなければならない」と定めている(22.4項)。
日本の仲裁法は更に、主張立証の十分な機会付与の原則の具体化として、以下のとおり定めている。
- ・ 仲裁廷は、口頭審理(ヒアリング)を行う場合には、当該口頭審理の期日までに相当な期間をおいて、当事者に対し、当該口頭審理の日時及び場所を通知しなければならない(32条3項)。
- ・ 当事者は、主張書面、証拠書類その他の記録を仲裁廷に提供したときは、他の当事者がその内容を知ることができるようにする措置を執らなければならない(32条4項)。
- ・ 仲裁廷は、仲裁判断その他仲裁廷の決定の基礎となるべき鑑定人の報告その他の証拠資料の内容を、全ての当事者が知ることができるようにする措置を執らなければならない(32条5項)。
但し、主張立証の機会は無制限に与えられるものではない。仲裁機関の規則では、他方において、仲裁手続に、迅速(expeditious)、効果的(cost-effective)、効率的(efficient)であることを求めている(例えば、ICC規則22.1項。なお、他の仲裁機関の規則においても同旨の規定がある)。
国際仲裁手続においては、手続進行のあり方について当事者が議論を交わすことが多々あるが、その際に、上記の二大原則と、効率的な審理の要請は、論拠としてしばしば引用するものである。このように上記はいずれも、仲裁手続のあり方を規律する重要な考え方である。
2. 国際仲裁の審理に特徴的な点
(1) 当事者の合意と意見の重み
訴訟、特に日本の訴訟と比較すると、国際仲裁の審理の進め方には明確な違いがある。
まず、国際仲裁では、当事者の合意が重要な意味を持つ。第3回の2項で述べたことであるが、訴訟の場合、当事者間で手続に関する合意をしたとしても、裁判所を拘束することは基本的にないのに対し、国際仲裁の場合、当事者間の合意が基本的に仲裁廷及び仲裁機関を拘束する。これは、国際仲裁手続の根拠が仲裁合意という、当事者の合意にあることに由来する。
また、国際仲裁では、仲裁廷が審理の進め方を決める場合にも、当事者の意見を聞き、その意見をできる限り尊重するように努める傾向にある。また、仲裁廷が、自らが決めるよりも、当事者が合意によって決める可能性を探るという趣旨で、当事者間の協議を促すこともある。
このように国際仲裁では、当事者の合意と意見が、訴訟に比べて、はるかに重要な意味を持っている。
(2) 仲裁人が一方当事者のみと接触することの回避
次に、国際仲裁では、仲裁人が一方当事者のみと接触することは、基本的に避けられている。第21回の7(5)項において、一方当事者が仲裁人候補者に対してインタビューを行う場面について述べたが、このようなインタビューは仲裁人として選任される前の時期に限られており、選任された後は一方当事者のみと話すことは避けられている。
日本の訴訟であれば、特に和解の場面において、裁判官が一方当事者のみと話すことがあるが、国際仲裁では手続の透明性の観点から、仲裁人が一方当事者のみと接触することは避けられている。なお、国際仲裁では、仲裁人が和解に関与すること自体も、基本的に避けられている。
(3) 期限の重み
国際仲裁では、主張書面の提出等の期限が、より重い意味を持っている。日本の訴訟では、主張書面の提出期限が遵守されない場面が散見され、これに対し特段の制裁が科されることもないが、国際仲裁では、主張書面の提出期限を含め、一般に期限は遵守されている。そのため、仮に期限を遵守しないことがあれば、仲裁人に対して強い違和感を与えるおそれがある。
日本の仲裁法も、当事者に対して、仲裁廷が定めた期間内に主張書面及び証拠を提出することを求めている(31条1項及び2項)。その期限後における提出については、時機に後れたものとして、仲裁廷が許さない可能性がある(31条3項)。
なお、日本の仲裁法は、不熱心な当事者がいる場合について定めており、仲裁廷は、一方の当事者が口頭審理(ヒアリング)の期日に出頭せず、又は証拠書類を提出しないときは、その時までに収集された証拠に基づいて、仲裁判断をすることができると定められている(33条3項)。但し、日本の訴訟のように、期日を欠席した場合に相手の主張を認めたと扱われる擬制自白(民事訴訟法159条1項)の制度はなく、被申立人(Respondent)が期限内に主張書面及び証拠を提出することを怠った場合も、仲裁廷は手続を進めなければならない(仲裁法33条2項)。したがって、この場合も、申立人(Claimant)は、自らの請求が認められるべきことについて、主張立証を行う必要がある。
3. 仲裁廷の長たる仲裁人の権限
仲裁人が1名の場合は、その1名が仲裁廷の決定事項を全て定める。
これに対し、仲裁人が3名の場合は、3名の合議により仲裁廷の決定事項を定めることが原則であるが[1]、手続上の事項については、簡易迅速な判断という趣旨で、仲裁廷の長たる仲裁人(presiding arbitrator)が単独で決めることもある。そのような場合について、日本の仲裁法は、仲裁手続における手続上の事項は、当事者双方の合意又は他の全ての仲裁人の委任があるときは、仲裁廷の長である仲裁人が決することができると定めている(37条3項)。
4. 費用の予納
仲裁機関の管理手数料と、仲裁人の報酬等を賄うために、仲裁機関は、各当事者に費用の予納を求める。これは仲裁手続の序盤において求められることが通常である。但し、手続の進行状況に応じて、追加の費用の予納が求められることもある。
費用の予納の額は、申立人及び被申立人がそれぞれ折半するというのが通常である。但し、これはあくまでも予納であり、暫定的なものである。申立人及び被申立人間の最終的な費用負担の割合は、後に仲裁判断によって定められ、敗訴当事者が負担することになることが通常である。
費用の予納がない限り、仲裁手続は進行しない。更に例えばICCの規則によれば、15日を下回らない猶予期間を設定し、その間に予納がなければ、仲裁申立てが取り下げられたとみなされるとしている(36.6項)。
相手方当事者が費用の予納をしない場合であっても、仲裁手続が進行せず、仲裁申立てが取り下げられたとみなされる。そのため、仲裁手続の進行を望む当事者は、相手方当事者が費用の予納をしない場合には、相手方当事者の分も予納せざるを得なくなる。ICC規則は、このような場合に、一方当事者が相手方当事者の分も費用の予納ができることを、明示的に定めている(36.5項)。
なお、SIAC(シンガポール国際仲裁センター)の2016年改正後の規則では、一方当事者が費用の予納に応じない場合の対抗策として、かかる費用支払を命令(order)又は仲裁判断(Award)の形式で、仲裁廷が命じられることとした(27g項)。
以 上