◇SH1043◇『民法の内と外』(2a) 三角(多角)取引とその展望(上)椿 寿夫(2017/03/02)

未分類

連続法学エッセー『民法の内と外』(2a

ー三角(多角)取引とその展望(上)ー

京都大学法学博士・民法学者

          椿   寿 夫

〔Ⅰ〕 プロローグ

(ア) 三面契約という言葉は債権法の教科書などで内容が一定しないまま時折見かけるが、三角契約・多角契約とか本稿の表題にした三角取引・多角取引とかは、これまでわが教科書・辞典の類でも出ていたことがあるまい。やや古いが1985年の国際私法統一協会の提案に「ファイナンス・リース取引により形成される特有のtriangular relationships」とあるのを“三面的当事者関係”と邦訳した例がある。その頃には、ドイツの私法学者カナリスがリースにつき三角という表現を使い、さらに保証などについて三角だけでなく多角と名付けていたので、今となっては“三角関係”と直訳してくれていたほうが適切だったのではないか。

 私がその言葉を初めて紹介してから1世代の年月が経過しており、その後、解説も書き共同作業も始めたが(後記Ⅲウ参照)、あまり反応は聞かなかった。しかし、2016年秋には私法学会の全国大会シンポジウムの資料として『多角・三角取引と民法』NBL1080号が会員に配布され、われわれも同時期に別冊NBL161号で『三角・多角取引と民法法理の深化』と題する共同研究を発表して、ごく最近では知名度が幾らか出てきたかもしれない。

 

(イ) この形態の現われ方をごく単純化して示すと、ある契約でいわば全面的に向かい合う当事者(出発点となる形は1人対1人の)AとBがいて、そこへ単に偶発的なC(いわゆる第三者)がそれこそ“他人”として出てくる形ではなく、3人以上の者がある一つの契約・取引に“関わっている”場合である。私は契約・取引の“関与者”と名付けているが、向かい合う形をみるとAはBだけでなくCとの間でも、範囲および程度の違いこそあれ正面切って向かい合っている。BやCの側でも同様である。――こういう3人の場合が“三角”であり、3人ないしそれ以上の場合を“多角”と呼ぶ。

 

(ウ) 初回テーマにおいて例外だとお断りした2回分載を今度はさらに突き抜けた。ただ、3回に増やしても、やはり全論点に言及することはできず、その若干につき“考え方の手引き”を試みる程度にならざるを得なかった。この問題の詳細は上の資料2点の参照を乞うておきたい。    

 なお、近く配布されるであろう雑誌「私法」にも学会当日の報告と議論が掲載・発行される。コメンテーターを引き受けていた私は出席できなかったため、短い原稿の代読をお願いした。たぶんそれも中に含まれているかと思う。

 

〔Ⅱ〕 このテーマへの道

(ア) 従来の“民法規定にもとづく契約理論”は、役者が3人の場合も立役者ないし主役の2人だけが役者だと考えてきたのではないか。そして、「当事者」と「第三者」を単純な定義内容でもって対置してきたように感じる。しかし、それで無事済むのか。脇役も役者ではないか。また、関係者の分け方が簡単すぎはしないか。幾つかの事例から入っていこう。

 

(イ) 「代理」をまず手始めにながめてみよう。代理は、本人Aが代理人Bに自己の代わりに例えば物品の売却を依頼し、BがCとの間で契約を結ぶ。法律論として出てくるのは、(ⅰ)まずA・B間の代理権授与契約であり、(ⅱ)B・C間の契約締結は代理行為と呼ばれる。(ⅲ)その結果はA・C間における売買契約の成立である。それぞれを、単に(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)と略称する。

 代理をめぐるこれらの個別的なテーマは、教科書や論文において古来いろいろと議論が続いてきている。例えば、(ⅰ)では委任契約との関係、(ⅱ)では代理行為者の問題が採り上げられる常連題目であって、(ⅱ)についてはサヴィニ―(本人行為説の提唱者であり、代理人を使者扱いした)の著書から起算してもすでに160年余が経っているのに、実務上はともかく学説では飽きもせず論題となってきた。

 しかし、“代理の全体像”はどこまできちんと分析説明されているか。この問題に関しては、民法学構築の第一人者・我妻榮たちにより“代理の三面関係”という観念が定着していて、これにより契約当事者の一方における複数化を生じていることは理解できる。しかし、我妻も(ⅰ)から(ⅲ)へと流れる過程を採り上げ、最も重要な事項は(ⅰ)の中の代理権だ、という説明で止まっていて、それらの組み立てとか三者相互の関係は具体的に明確ではない。(ⅲ)を見ても、簡単に効果帰属を言うだけで、三者にまたがる問題点への配慮はあるのか。

 他の文献も網羅して見たわけではないが、一般に契約法・取引法の立場から全体像および各部分の相関関係を総合的かつ十分に論究した作業はまだない、という印象がある。代理法実務でも“全体”および“構成要素ないし部分の間の関連”を考えておくことは、展開しようとする具体的な法律論の基礎として無意味ではあるまい。

 

(ウ) 「保証」も、債権者G・債務者S・保証人Bの3人が関係しているのに、そのことを重く見ようとしていない。“保証契約”と言えばG・B間において締結されるものを指すが、保証も“三つ巴”の関係として把握できるし、かつまた、そうすることによって明らかになる点もあるはずである。しかし、従来、それらは表面にまで浮かんできていない。債権総論の教科書で、保証が書かれている個所すべてを“三者関係という視点から”改めて読み返すと、どういう感想がでてくるであろうか。

 

(エ) とりわけ、戦後新たに入ってきた「ファイナンス・リース」では、例えばメーカーSの製造する事務用の機器を使いたいU(ユーザー)が、Lリース会社との間で契約して納入させる。LとUの間ではリース契約、LとSの間では機器の売買契約などが行われるが、SとUの間には何も契約の関係がない。ここに“三者の関係”が組み立てを求めて浮かび上がってきたわけである。

(2017年1月14日稿・未完)

タイトルとURLをコピーしました