金融庁、日本版スチュワードシップ・コードの改訂案を公表
岩田合同法律事務所
弁護士 伊 藤 菜々子
金融庁「スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」は、3月28日、現行の日本版スチュワードシップ・コードの改訂案(「『責任ある機関投資家』の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~」)を公表した。改訂案は、今月27日までパブリック・コメントに付されている。
以下では、今回の改訂の経緯とその概要について解説する。
日本版スチュワードシップ・コードは、機関投資家の行動規範である。機関投資家の投資行動や議決権の行使が上場会社に影響を与えていることを踏まえ、イギリスのスチュワードシップ・コードを参考にして、平成26年2月に金融庁から公表された。
このスチュワードシップ・コードと「車の両輪」をなすものとして、平成27年6月からコーポレートガバナンス・コードが適用されており、近年のガバナンス改革はこの2つのコードのもとで行われてきた。
このような状況の中、金融庁に設置された「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」は、昨年11月に「機関投資家による実効的なスチュワードシップ活動のあり方」と題する意見書(以下「本意見書」という。)を公表した。本意見書では、ガバナンス改革を形式から実質へと深化させるために、機関投資家から上場企業に対する働きかけの実効性を高めていくことなどが有効であるとして、スチュワードシップ・コードの改訂が提言されていた。
この提言を受けて、本年1月から「スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」が開催され、スチュワードシップ・コードの改訂について議論されており、この度の改訂案の公表に至ったものである。
改訂案では、機関投資家を2つに分けそれぞれに期待する役割を以下のとおり明らかにした。
機関投資家 |
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改訂案では本意見書で提言がなされた、①運用機関による実効的なスチュワードシップ活動、②アセットオーナーによる実効的なチェックの観点から、概要以下のような改訂がなされた。
運用機関のガバナンス・利益相反等 |
原則2 |
運用機関は、議決権行使や対話に重要な影響を及ぼす利益相反が生じうる局面を具体的に特定し、顧客・受益者の利益を確保するための措置について具体的な方針を策定し、これを公表すべきである。 |
指針2-3 |
運用機関は、顧客・受益者の利益の確保や利益相反防止のため、例えば、独立した取締役会や、議決権行使の意思決定や監督のための第三者委員会などのガバナンス体制を整備すべきである。 |
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指針2-4 |
運用機関の経営陣は、自らが運用機関のガバナンス強化・利益相反管理に関して重要な役割・責務を担っていることを認識し、これらに関する課題に対する取組みを推進すべきである。 |
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パッシブ運用における対話等 |
原則4 |
機関投資家は、パッシブ運用を行うにあたって積極的に中長期的視点に立った対話や議決権行使に取り組むべきである。 |
議決権行使結果の公表の充実 |
原則5 |
機関投資家は、議決権の行使結果を個別の投資先企業及び議案ごとに公表すべきである。行使結果を公表することが必ずしも適切でない場合は、その理由を積極的に説明すべきである。 |
運用機関の自己評価 |
原則7 |
運用機関は、持続的な自らのガバナンス体制・利益相反体制や、自らのスチュワードシップ活動等の改善に向けて、本コードの各原則(指針を含む)の実施状況を定期的に自己評価し、結果を公表すべきである。 |
本意見書の項目 | コード | 改訂案の内容 |
アセットオーナーによる実効的なチェック |
原則1 |
アセットオーナーは、可能な限り、自らスチュワードシップ活動に取り組むべきである。また、自ら直接的に議決権行使を含むスチュワードシップ活動を行わない場合には、運用機関に、実効的なスチュワードシップ活動を行うよう求めるべきである。 |
指針1-4 |
アセットオーナーは、運用機関の選定や運用委託契約の締結に際して、議決権行使を含め、スチュワードシップ活動に関して求める事項や原則を明示すべきである。特に大規模なアセットオーナーにおいては、運用機関に対してスチュワードシップ活動に関して求める事項や原則を的確に示すべきである。 |
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指針1-5 |
アセットオーナーは、運用機関のスチュワードシップ活動が自らの方針と整合的なものとなっているかについて、実効的に運用機関に対するモニタリングを行うべきである。その際は、投資先企業との対話の「質」に重点を置くべきであり、形式的な確認に終始すべきではない。 |
個別の論点として、金融グループ系列の運用機関では、議決権行使をめぐる利益相反への適切な対応がなされていない事例が多いのではないかとの懸念を払しょくするために、個別の議決権行使結果を公表することが重要であるとして、議決権の行使結果を個別の投資先企業及び議案ごとに公表すべきであるとされた点(原則5、指針5-3)は、これまでの信託銀行、生命保険会社等の実務に大きな変更を迫るものであり、今後の実務動向が注目される。
また、より広い視野で見ると、本意見書では、わが国では金融グループ系列の運用機関が多く、このような運用機関においては、親会社等の利益と運用機関の顧客の利益との間に存在する利益相反があること、こうした運用機関において利益相反への適切な対応が必ずしもなされていないとの指摘があることが繰り返し述べられている。また、現行のスチュワードシップ・コードにも、利益相反管理の方針を策定・公表すべきであるとの原則が示されているが(原則2)、必ずしも具体性のある記載がなされていないケースがみられるとも指摘されている。
これらを受け改訂案では、運用機関の利益相反管理・ガバナンス体制の構築に関する改訂が充実しており、運用機関が系列の親会社等との利益相反を適切に管理していくこと、運用機関自身のガバナンス強化が強く求められていることがわかる。
改訂案では、現在コードを受け入れている機関投資家に対して公表後遅くとも6か月後までに、改訂内容に対応した公表項目の更新を行うことが求められている。この改訂により今後機関投資家が更新する公表項目において、どの程度具体的に運用機関の利益相反管理・ガバナンス体制に関する事項が記載されることになるかが、期待されるところである。
また、かかる改訂案の動向は、将来的に上場企業のガバナンスひいては経営にも影響を及ぼし得るという点において、引き続き、広く注視されるべきであろう。
以 上