顧客本位の業務運営に関する原則の概要(第4回)
西村あさひ法律事務所
弁護士 有 吉 尚 哉
5 個別の原則に関する実務対応
(3) 原則3:利益相反管理
【利益相反の適切な管理】 原則3.金融事業者は、取引における顧客との利益相反の可能性について正確に把握し、利益相反の可能性がある場合には、当該利益相反を適切に管理すべきである。金融事業者は、そのための具体的な対応方針をあらかじめ策定すべきである。 |
金融事業者が顧客と取引を行う場合には、当該顧客の利益と、当該金融事業者自身やグループ会社、他の顧客の利益とが相反する可能性がある。原則3は、このような利益相反状況の発生が避けられないことを前提に、金融事業者に利益相反の正確な把握と適切な管理を求めるものである。なお、対象となる取引が売買である場合には、売り手と買い手の間に常に利益相反が存在することになるが、原則3で対象としている利益相反は売り手と買い手以外の第三者の利益が関わる場合と捉えられている[1]。
原則3の注では、利益相反の影響を考慮すべき具体的な場面として、次の場面を例示しており、このような場面では特に利益相反の管理に注意が必要となる。
- • 販売会社が、金融商品の顧客への販売・推奨等に伴って、当該商品の提供会社から、委託手数料等の支払を受ける場合
- • 販売会社が、同一グループに属する別の会社から提供を受けた商品を販売・推奨等する場合
- • 同一主体又はグループ内に法人営業部門と運用部門を有しており、当該運用部門が、資産の運用先に法人営業部門が取引関係等を有する企業を選ぶ場合
なお、上記の注ではグループの概念が用いられているが、具体的にどのような関係を有する範囲がグループとなるかは示されておらず、「顧客本位の業務運営の観点から自ら必要と考える範囲で同一グループ及び同一主体を定義し、対応することが本原則の趣旨に適う」とされている[2]。
利益相反の管理については、銀行法、金融商品取引法などの各業法の中でも体制整備義務などの規制として定められているものであるが、利益相反管理が適切になされないことは顧客に直接的に不利益を与えるものであり、金融事業者に利益相反管理のベスト・プラクティスを求める観点から、本原則の項目の一つにも加えられているものと考えられる。この点、他の規制との関係で利益相反管理方針を策定している場合には、本原則のために独立の方針を策定するのではなく、既存の方針の中にまとめて顧客本位の業務運営の観点からの利益相反管理方針を定めることも許容されると考えられるが、そのような対応をとる場合には「本原則の内容とで齟齬を来たしているかどうかや、本原則の内容をカバーできていない部分があるかどうか」検討することが求められる[3]。
(4) 原則4:手数料等の明確化
【手数料等の明確化】 原則4.金融事業者は、名目を問わず、顧客が負担する手数料その他の費用の詳細を、当該手数料等がどのようなサービスの対価に関するものかを含め、顧客が理解できるよう情報提供すべきである。 |
原則4は、金融取引に要する手数料その他の費用の顧客に対する情報開示を金融事業者に求めるものであり、金融事業者によるサービスの透明性を高めるとともに、顧客にとって各金融事業者の比較可能性が高まることにもつながるものである。原則5において顧客への情報提供一般に関する規律が述べられているが、それとは別に手数料等の情報提供に関して独立の原則を掲げていることは、金融庁が手数料等の情報提供を特に重視していることの現れといえる。
この点、金融商品取引法上、金融商品取引業者に交付が義務づけられている契約締結前交付書面に顧客の支払う手数料等の記載が求められるなど(金融商品取引法37条の3第1項4号)、既存の業規制の中で手数料等の開示が求められている場面も存在する。また、生命保険協会が平成28年9月1日に「市場リスクを有する生命保険の販売手数料を開示するにあたって特に留意すべき事項」を公表したことを受けて、平成28年10月より、銀行による貯蓄性保険の販売手数料の自主的な開示の動きが進められている。このように規制や実務的な取組みにより手数料等の開示が行われている場面もあるが、原則4は、金融事業者に一般的に顧客に対する手数料等の情報開示を求めるものである。
本原則では、開示すべき費用の範囲や開示方法が具体的に定められておらず、手数料等に含まれる範囲については基本的には各金融事業者の判断に委ねられている[4]。但し、「名目を問わず」顧客が負担する手数料その他の費用の詳細について情報提供すべきとされていることを踏まえて、情報提供の対象とする手数料等を判断することが求められる。
情報提供の方法も各金融事業者の判断に委ねられている。例えば、「販売時点で定量的に示すのが困難な性質の費用や手数料については、定性的に提供すること」や「手数料等の明確化が可能なものから情報提供していくこと」もあり得るとされており、費用等をどこまで細分化し情報提供するかについては、顧客の理解に資するかどうかを金融事業者で検討し判断することができるとされている[5]。また、取引や顧客の性質に応じて手数料等の情報提供の態様を変えることも否定されておらず、例えば、金融事業者との間に情報の非対称性がないと考えられる顧客と一般投資家とで、手数料等の情報提供に差を設ける対応も排除されるものではないとされている[6]。
金融事業者には、金融取引において顧客の負担するコストがどのようなサービスの対価として支払われているのか明確となるよう、また、他の金融事業者の同種のサービスにおける手数料等と顧客が比較できるよう、手数料等の情報提供を行うことが期待される。このような原則の趣旨を踏まえて、顧客本位の業務運営という観点から、各金融事業者が情報提供を行う手数料等の範囲・程度や情報提供の態様を判断することが求められる。この点、森信親金融庁長官が、平成29年4月7日に行われた日本証券アナリスト協会第8回国際セミナーにおいて、金融商品に係る販売手数料、信託報酬などのコストについて、「単にパーセンテージで示すのではなく、例えば10万円投資した場合のコストを実額で示す方が「顧客本位」だと思います」と発言していることは、手数料等の情報提供の態様を判断するに当たって、留意が必要といえよう。
[1] 平成29年3月30日付で金融庁より公表された「『顧客本位の業務運営に関する原則』の確定について-コメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方」(以下「パブコメ回答」という)78番。
[2] パブコメ回答84番。
[3] パブコメ回答76番。
[4] パブコメ回答92番。
[5] パブコメ回答93番・110番。
[6] パブコメ回答100番。