◇SH1200◇日本企業のための国際仲裁対策(第39回) 関戸 麦(2017/06/01)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第39回 暫定・保全措置その1

1. はじめに

 前回までは、国際仲裁手続の中盤における留意点として、時期としては、仲裁廷が構成されてスケジュールの大枠が固まった後から、ヒアリングという口頭議論と証人尋問を集中的に行う期日に至る前までの間の、①主張、②立証、③証拠収集(ディスカバリー)と、④秘密の保護について述べてきた。

 国際仲裁手続の流れからすれば、次は、終盤であるヒアリングに関して解説することになるが、その前に、近時注目を集めている「暫定・保全措置」と、実務的に重要な意味を持つ「和解」について解説することとする。

 

2. 暫定・保全措置の全体像 

(1) 内容

 日本の民事訴訟に関する暫定・保全措置としては、民事訴訟を通じた権利の実現を保全するための「民事保全」と、証拠を保全するための「証拠保全」とがある。また、この「民事保全」には二つの種類がある。一つは、金銭の支払を目的とする債権の実現を保全するために、債務者の財産が散逸することを防ぐ「仮差押」であり、他の一つは、その他の権利の実現を保全するために行う、処分禁止、占有移転禁止といった「仮処分」である。

 国際仲裁に関する暫定・保全措置の内容も、基本的に同様である。仲裁機関の規則では、暫定措置(interim measure)又は保全措置(conservatory measure)の内容について具体的に定めていないこともあるが、以上の「民事保全」「証拠保全」的なものは含まれると解されている。さらに、第14回の10項で述べた担保提供(security for costs)の申立てを認める命令も、すなわち、一方当事者に対して、他方当事者からの費用請求のための担保(金銭)提供を命じる命令も、暫定・保全措置の一つと扱われることがある。

 ICC(国際商業会議所)が発行している仲裁規則の解説には、暫定・保全措置の類型として、次の5つが挙げられている[1]

  1. ① 現状(status quo)を保全する命令(日本の民事訴訟に関する「仮処分」命令に相当)
  2. ② 証拠を保全する命令(日本の民事訴訟に関する「証拠保全」命令に相当)
  3. ③ 担保提供(security for costs)の命令
  4. ④ 仲裁判断の強制執行対象を確保するための命令(日本の民事訴訟に関する「仮差押」命令に相当)
  5. ⑤ 暫定的な金銭支払命令[2]

 なお、HKIAC(香港国際仲裁センター)の規則と、JCAA(日本商事仲裁協会)の規則では、暫定・保全措置の内容が具体的に記載されているところ、そこで記載されているのは上記①、②、④と、仲裁手続を害する可能性のある行為を阻止する命令である(HKIAC規則23.3項、JCAA規則66条1項)。

(2) 判断主体

 国際仲裁に関する暫定・保全措置を判断する主体としては、まず、「仲裁廷」がある。仲裁機関の規則上、仲裁廷は、最終判断(final award)に至る前に、暫定・保全措置を発することができると定められている(ICC規則28.1項、SIAC(シンガポール国際仲裁センター)規則30.1項、HKIAC規則23.2項、JCAA規則66条1項)。

 但し、仲裁廷は、所与の存在ではない。仲裁手続毎に、各当事者の関与の下に、選任される。仲裁手続の開始から、仲裁廷が構成されるまでに2から3か月、さらにはそれ以上の期間を要する可能性もある。そのため、仲裁廷の構成を待っていたのでは、仲裁手続を通じた権利の実現の保全や、証拠の保全が適わない可能性がある。そこで、各仲裁機関の規則では、仲裁廷が構成される前に暫定・保全措置を発するための「緊急仲裁人(emergency arbitrator)」の制度が設けられている。

 さらに、暫定・保全措置は、「裁判所」によっても発せられうる。すなわち、例えば、国際仲裁手続を通じた権利の実現の保全のために、裁判所が、被申立人(Respondent)の資産に対する仮差押命令を発することもありうる。

 国際仲裁手続と、同じ権利を対象とする裁判所での訴訟手続は基本的に両立せず、仲裁合意がある場合には、後者の訴訟手続は却下されるのが基本である(妨訴抗弁に基づく却下。日本の仲裁法14条1項参照)。しかしながら、暫定・保全措置に関しては、裁判所の手続が仲裁合意によって排除されることはない(日本の仲裁法15条参照)。

 このように仲裁合意がある場合、暫定・保全措置を求める当事者には、仲裁手続(仲裁廷又は緊急仲裁人)を利用するという選択肢と、裁判所の手続を利用するという選択肢とがある。

 次回以降、各手続をより詳しく解説する。

以 上



[1] Jason Fry et al., The Secretariat’s Guide to ICC Arbitration (ICC, 2012), pp. 289.

[2] 仲裁廷の暫定・保全措置に関する裁量は広範であり、仲裁手続の進行中に、一方当事者から他方当事者に対して、金銭の仮払いを命じることも可能であるが、実際にこのような命令が発せられることは希である。

 

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