事例から学ぶサステナビリティ・ガバナンスの実務(3)
―日本生命の取組みを参考に―
西村あさひ法律事務所
弁護士 森 田 多恵子
弁護士 安 井 桂 大
旬刊商事法務2272号(9月5日号)に掲載された「サステナビリティ委員会の実務」では、第3回目として日本生命の取組みを紹介した。本稿では、日本生命の取組みを参考に、重要課題(マテリアリティ)の特定とPDCAサイクル、さらには具体的な目標(KPI)の設定・モニタリングと現場への落とし込みに関する実務対応について解説する。
なお、サステナビリティ委員会を設置する意義や体制全体の構築、事業戦略・個別案件への組込み等に関する実務上のポイントについては、「事例から学ぶサステナビリティ・ガバナンスの実務(1)・(2)」(2021年8月12日・8月25日掲載)を参照されたい。
1 重要課題(マテリアリティ)の特定とPDCAサイクル
日本生命においては、「ステークホルダーからの期待」と「当社事業との関連性」の2つの軸から、18項目のサステナビリティ重要課題を特定し、それぞれの課題ごとに取組みが進められている。各サステナビリティ重要課題については、毎年度、サステナビリティ経営推進委員会での議論を経て当該年度の取組方針を策定し、その上で個別の取組みが進められているが、翌年度に同委員会において前年度の具体的な取組結果を確認していくことで、PDCAサイクルがまわされている。
サステナビリティに関する取組みについては、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社が優先的に取り組んでいくべき重要課題(マテリアリティ)を特定することが、まずもって重要になるものと考えられる。社会全体が抱えているサステナビリティ課題は多岐にわたっており、一企業でそれらすべてを解決することは困難であるところ、改訂コーポレートガバナンス・コードで求められているサステナビリティをめぐる取組みについての基本方針の策定(補充原則4-2②)に際しても、まずは自社として取り組むべき重要課題を見極めることが必要になると考えられる。こうした重要課題の絞込みは、リソースに限りのある必ずしも規模の大きくない企業にとっては、特に重要なポイントになるものと思われる。この点について、日本生命において実施されている「ステークホルダーからの期待」と「当社事業との関連性」の2つの視点から自社にとっての重要課題を特定していく検討枠組みは、サステナビリティに関する重要課題を多面的な視点から効果的に検討することができる枠組みとして参考になるものであると考えられる。
また、特定された重要課題については、中長期的な企業価値向上の観点からそれぞれ具体的な取組方針や具体的な目標(KPI)を策定し、そうした目標(KPI)の達成状況を定期的にモニタリングしていくことが、関連する取組みを進める上で効果的である。日本生命においては、こうしたPDCAサイクルがサステナビリティ経営推進委員会をハブとしてまわされており、こうした取組みも、これから同様の取組みを進めていく企業にとって参考になるものであろう。
2 具体的な目標(KPI)の設定・モニタリングと現場への落とし込み
――ダイバーシティ&インクルージョンに関する取組みを参考に
日本生命においては、「ダイバーシティ&インクルージョンの推進」と「多様な人材の採用・育成・定着」をサステナビリティ重要課題として掲げ、新たな中期経営計画の下、女性管理職比率を2020年代に30%以上とし、また、女性部長相当職比率も2030年度開示時までに10%にするという目標(KPI)を設定している。また、男性の育児休業取得率を毎年度100%とすることについてもあわせて目標(KPI)として掲げられているが、当該目標(KPI)については、2020年時点ですでに8年連続で達成されている。
前記1でも述べたとおり、取組方針に基づいて具体的な数値を含む目標(KPI)を策定することは、関連する取組みを進める上で、特に効果的な手法であると考えられる。こうした目標(KPI)を外部からもモニタリングが可能なかたちで設定し、関連する取組みの進捗状況とあわせて定期的に開示していくことで、機関投資家を含む各ステークホルダーからの評価・信頼を得ながら、関連する取組みを自社の中長期的な企業価値の向上に結びつけていくことができるものと考えられる。この点について、日本生命においては、毎年サステナビリティレポートを発行し、サステナビリティ重要課題に関するPDCAの状況を含めて充実した情報開示を行うことで、ステークホルダーとの対話も推進されている。
ダイバーシティ&インクルージョンに関する取組みについては、たとえば、日本生命は多くの女性従業員が活躍している企業であり、育児休業を取得することで、男性においても育児に携わる女性への理解を深めることができるといった観点から、全社的な取組みとして育児休業取得率100%が推進されている。さらに、対象となる男性従業員には毎年計画を立てて事前に申請してもらうようにすることで、確実に育児休業を取得できるようにする等の工夫がなされている。具体的な目標(KPI)を掲げた上で、そうした目標達成に向けた工夫が現場レベルでも実施されており、こうした取組姿勢も、多くの企業にとって参考になるものであると考えられる。
旬刊商事法務の連載「サステナビリティ委員会の実務」では、次回以降も、サステナビリティ委員会を設置し、効果的にサステナビリティ戦略を実践している企業の取組みを紹介していく。本ポータルでも、同連載と連動した企画として、そうした企業の取組みを参考に、順次解説記事を掲載していくことを予定している。
以 上
(もりた・たえこ)
西村あさひ法律事務所弁護士(2004年弁護士登録)。会社法・金商法を中心とする一般企業法務、コーポレートガバナンス、DX関連、M&A等を取り扱う。消費者契約法、景品表示法等の消費者法制分野も手がけている。主な著書(共著含む)として、『持続可能な地域活性化と里山里海の保全活用の法律実務』(勁草書房、2021年)、『企業法制の将来展望 – 資本市場制度の改革への提言 – 2021年度版』(財経詳報社、2020年)、『デジタルトランスフォーメーション法制実務ハンドブック』(商事法務、2020年)、『債権法実務相談』(商事法務、2020年)など。
(やすい・けいた)
西村あさひ法律事務所弁護士(2010年弁護士登録)。2016-2018年に金融庁でコーポレートガバナンス・コードの改訂等を担当。2019-2020年にはフィデリティ投信へ出向し、エンゲージメント・議決権行使およびサステナブル投資の実務に従事。コーポレートガバナンスやサステナビリティ対応を中心に、M&A、株主アクティビズム対応等を手がける。主な著作(共著含む)として、『コーポレートガバナンス・コードの実践〔第3版〕』(日経BP、2021年)、「改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたサステナビリティ対応に関する基本方針の策定とTCFDを含むサステナビリティ情報開示」(資料版商事法務448号、2021年)など。