実学・企業法務(第59回)
第2章 仕事の仕組みと法律業務
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
4. 販売(営業)
(3) 営業の主要機能
6) トレーサビリティの確立
企業が取り扱っている物品(商品、材料)の流通・生産・仕入の履歴情報を正確に保存し、必要に応じて川下(後工程)を追跡又は川上(前工程)に遡及できると、食品の安全問題・耐久消費財の不具合発見等の事態が生じたときに、迅速かつ適切に、修理・回収・廃棄・原因究明・再発防止等の措置を行って、被害・損害の発生や拡大を防ぐことができる。
ただ、一般的に消費財については、メーカーが問題商品の実際の所有者・利用者を捕捉することができず、修理・回収等の対策が十分にできていないのが実態である。
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(注) 実際の所有者・利用者を補足できない2つの理由
第1に、メーカーから対象商品が出荷された後で、その流通経路をたどって、卸し・小売への販売、小売から消費者への販売、各流通段階における在庫・廃棄・滅失(違法投棄を含む)、盗難、中古品販売(輸出を含む)等の実態を、多数の関係者のデータを収集して、正確に把握するのが難しい(ほとんど、無理である)。
そもそも、メーカーは独占禁止法の規制[1]を受けて、資本関係が無い「卸し・小売業者等」に販売した後で、その小売業者等がどの消費者に販売したのかを知ることを避けている。最終の購入者又は使用者を知っているのは、実際に商品を彼らに販売・譲渡した者(小売業者・中古品転売者等)、現在の保有者[2]、又は廃棄(違法投棄を含む)・窃盗等した者だが、その全ての協力を得なければ保有者の全容は明らかにならない。
第2に、顧客データの保有者(小売業者等)の事情がある。多くの個人情報を含む顧客データは、その保有者の重要な財産(営業秘密)であり、情報セキュリティ管理(アクセス管理、暗号化、個人情報管理等)や個人情報保護(利用目的の特定、安全管理、第三者提供の制限等)の対象として厳格に管理している。その例外措置を設けて、メーカーが行う商品の修理・回収(リコールを含む)に必要な顧客情報を外部に提供する積極的なメリットを見出せない。また、法律違反した者が名乗り出て情報提供するのは期待できない。
近年、大量生産・大量消費の時代に特定の物品の流通履歴を把握する手法として有効な、個々の商品への管理番号付与・ロット管理・管理台帳等の管理システム、及び、バーコード・ICタグ等のツールの改良が進んでいる。これらの価格と使い勝手が実用的になれば、ICT(情報通信技術)の進展と相まって、多分野で活用され、トレーサビリティの量・期間・地理的範囲が大幅に拡大することが期待されている。
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(参考1) トレーサビリティを確保する法律等
日本ではBSE問題を機に2004年から牛肉トレーサビリティ法[3]が施行され、米(コメ)[4]についても事故米穀流通問題を機に厳しくトレーサビリティを確保することが法制化された(2009年、米トレーサビリティ法制定)。
EU域内では、2007年から一般食品法についての規則(EC)No178/2002[5]が施行され、域内の全ての食品企業が、材料受入から完成品納品までの情報[6]を把握することが求められる。
2007年には、食品のトレーサビリティに関する国際規格ISO22005[7]が発行された。 -
(参考2) 期限の表示1 食品の「消費期限」と「賞味期限」[8]
「消費期限」と「賞味期限」の設定については、食品の情報を把握している製造業者等が、①食品の特性に配慮した客観的な項目(指標[9])の設定、②食品の特性に応じた「安全係数」の設定、③特性が類似している食品に関する期限の設定、④情報の提供、を科学的・合理的根拠をもって適正に行うことが求められる[10]。 -
「消費期限」[11]
定められた方法により保存した場合において、腐敗[12]・変敗[13]等による品質の劣化に伴い安全性を欠くこととなるおそれがないと認められる期限(年月日)をいう。品質が急速に劣化する食品に表示する。「消費期限」を過ぎた食品は安全性が保証されていないので、消費を避ける。
弁当、調理パン、惣菜、、生菓子類、食肉、生めん類等。 -
「賞味期限」
定められた方法により保存した場合において、期待される全ての品質の保持が十分に可能であると認められる期限(年月日)をいう。この期限を経過しても、すぐに食の安全性が損なわれるわけではない。安全性については、消費者が個別に判断すべきものとされる。
スナック菓子、即席めん類、缶詰、牛乳、乳製品等。 -
(参考3) 期限の表示2 医薬品等の「使用期限」
厚生労働大臣が指定する医薬品・医薬部外品・化粧品等については、その直接の容器又は直接の被包に「使用期限」を記載しなければならない[14]。
消費・使用等の期限を表示した食品・医薬品等に係る安全確保責任は、その期限を過ぎると、その物品を手元に保有している消費者等に移り、その消費者等が自己責任で使用を中止して廃棄等することになる。この表示期限を経過すると、メーカーの安全管理(例えばリコール)上は、一応、回収・廃棄等すべき対象商品が存在しないものとして取り扱われる。こうして、年月の経過とともに回収・廃棄等の措置を要する未回収品の残存数は減少し、最終的には、計算上ゼロになる。この点で、下記(参考4)の耐久消費財の安全管理と異なる。
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(参考4) 耐久消費財の経年劣化対策
耐久消費財は耐用年数が長く、長期にわたって故障・事故等を発生せずに使用されることが多い。しかし、使用開始から30~50年も経つと劣化が進み、製品によっては火災等を生じることがある。また、耐久消費財は、実際に社会に存在している数量を正確に把握することが難しい。特に長期使用製品の捕捉は、消費者の引越・廃棄・死蔵・調査非協力・盗難、風水害や火災等による滅失、中古品として売買、メーカー・流通業者・保守サービス業者等の事業撤退・倒産等による販売記録の逸失等が原因となって、困難なことが多い。
トレーサビリティ確立が困難な耐久消費財の安全確保のために、さまざまな事故の経験を踏まえて、商品の特性に応じた制度が設けられている。
- ① 製品の経年劣化によって一酸化炭素中毒や火災事故等が懸念される特定の電気・ガス製品について「長期使用製品安全点検制度」[15]、及び、特定の電気製品について「長期使用製品安全表示制度[16]」が施行された。(いずれも2009年)
- ② 自動車については、「車検制度[17]」が設けられ、普通の乗用車の初回の車検証は3年間、以降は2年間有効である。
[1] 独占禁止法は、取引量に応じてリベート(売上割戻金)を出すと「不当な取引制限」に抵触するおそれがあるとし、定義のグレー・ゾーンが大きい再販売価格の拘束や優越的地位の濫用を「不公正な取引方法」として、それぞれ禁止し、違反者には課徴金を課す。このため、企業では、独占禁止法に抵触する可能性を厳しく排除する社内ルールを設けている。
[2] メーカーが戸別訪問してリコール対象品を確認しようとしても本人がどこに置いたか(又は廃棄したか)忘れていることも多い。Panasonicは2005年にリコールした「1985~92年製のFF式石油暖房機」を、2016年も探し続け、高齢者宅・空き家・集会所・物置・倉庫等で発見している。
[3] 牛肉トレーサビリティ法(牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法)の牛個体識別情報伝達制度は、各流通段階において牛の個体管理を徹底し、生産者から消費者までの追及を可能にする。1.農林水産大臣への届出(管理者、輸入者、輸出者):①出生の届出(出生年月日、雌雄の別、母牛の個体識別番号、牛の種別等)により個体識別番号を付与。輸入牛の届出(輸入年月日、雌雄の別、牛の種別、輸入先の国名等)も同様。②譲渡し等の届出(個体識別番号、譲渡し等の年月日、譲渡し等の相手先等)、譲受け等の届出(個体識別番号、譲受け等の年月日、譲受け等の相手先等)、死亡の届出、輸出の届出。2.農林水産大臣への届出(と畜者):③屠殺の届出(個体識別番号、屠殺年月日、譲受け等の相手先等)。3.販売等の記録・保存(帳簿の備付け):④と畜者の帳簿の備付け(個体識別番号、引渡しの年月日、引渡しの相手先、引渡しの重量等)。⑤販売業者等の帳簿の備付け(個体識別番号、仕入れの年月日、仕入れの相手先、仕入れの重量等)および(個体識別番号、販売の年月日、販売の相手先、販売の重量等)。
[4] 米トレーサビリティ法(米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律)は、問題が発生した場合に、流通経路を速やかに特定して回収することを容易にする仕組みを整備する。1.米・米加工品の、取引・事業所間移動・廃棄等の記録を作成・保存する。記録項目は、品名、産地、数量、年月日、取引先名、搬出入場所等であり、電子媒体も可とする。短い賞味期限等を除き原則3年保存。2.取引等に伴う産地情報の伝達は相手に応じて次の通り。事業者間譲渡では、伝票・納品書・規格書・容器・包装等への記載により、産地情報の伝達を義務化する。一般消費者へは、JAS法準拠表示・包装記載・店内掲示・店内の店員説明・メニュー記載等で伝達する。
[5] 食品法の一般原則と必要条件の規定、欧州食品安全庁の設立、食品安全に関する手続きの規定を行う欧州議会と理事会の2002年1月28日付規則(EC)No178/2002
[6] One step Forward,One step Back(一歩前方、一歩後方)を求めている。個々の事業者単位の管理で足りる。飼料・誕生から消費者までのフードチェーン全体の捕捉を求めるものではなく、仕入先から販売先までを確認でき、行政が利用できる情報であればよい。
[7] 飼料およびフードチェーンにおけるトレーサビリティ-システムの設計および実施のための一般原則及び基本要求事項 Traceability in feed and food chain- General principles and basic requirements for system design and implementation(2007年7月15日発行)
[8] 日本では、1948年の食品衛生法(飲用牛乳等)が施行され、1970年にJAS法に基づく品質表示基準制度が開始されて、それぞれに「製造年月日」表示が義務付けられた。1985年のCodex規格では期限表示が導入され、「賞味期限」表示が世界の原則になった。1994年に食品衛生調査会が「消費期限」又は「品質保持期限」、JAS調査会が「消費期限」又は「賞味期限(品質保持期限)」の表示をそれぞれ答申し、1995年に食品衛生法施行規則及びJAS法が改正されて「製造年月日」表示に代えて期限を表示する「消費期限」を義務付けた(1997年本格施行)。2003年に、食品衛生法(「消費期限」又は「品質保持期限」を表示)と、JAS法(「消費期限」又は「賞味期限(品質保持期限)」を表示)の「品質保持期限」が「賞味期限」に統一され、2005年に「賞味期限」と「消費期限」の表示が本格施行された。
[9] 理化学試験、微生物試験、官能検査(色等)
[10] 食品期限表示の設定のためのガイドライン(2005年2月 厚生労働省・農林水産省)
[11] 「加工食品の表示に関する共通Q&A(平成23年4月消費者庁食品表示課)」による。下記の「賞味期限」も同じ。
[12] たんぱく質が微生物により低分子の物質に分解され、窒素を含むアンモニアやアミン類等が悪臭を発する。
[13] 炭水化物や油脂が分解されて食用に適さなくなる。
[14] 経年により分解し易い成分が指定されている。ただし、製造または輸入後適切な条件のもとで3年を超えて正常・品質が安定な医薬品・医薬部外品・化粧品等は、使用期限表示の対象から除外される。(医薬品医療機器等法50、59、61、63条、昭和55年9月26日厚生省告示166)
[15] 屋内式ガス瞬間湯沸器(都市ガス用、LPガス用)・屋内式ガスバーナー付ふろがま(都市ガス用、LPガス用)・石油給湯機・石油ふろがま・密閉燃焼(FF)式石油温風暖房機・ビルトイン式電気食器洗機・浴室用電気乾燥機の9品目について、製造・輸入事業者(特定製造事業者等)、販売事業者等(特定保守製品取引事業者)、関連事業者、消費者等(所有者)が各自の法定の役割を果たして経年劣化事故を防止する。
[16] 扇風機・エアコン・換気扇・洗濯機(洗濯乾燥機を除く)・ブラウン管テレビの5品目について、設計上の標準使用期間・経年劣化に関する注意喚起等の表示が義務化された。
[17] 道路運送車両法58条、61条