◇SH1289◇弁護士の就職と転職Q&A Q8「就職先には『石の上にも3年』と我慢すべきか?」西田 章(2017/07/18)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q8「就職先には『石の上にも3年』と我慢すべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 ジュニア・アソシエイトが転職の悩みを所属事務所の先輩弁護士に打ち明けると、「石の上にも3年」というフレーズを引用して、「我慢すれば道が開ける」的な指導を受けることがあります。しかし、人材市場に目を転じれば、求人枠は3年までのジュニアのポストのほうが圧倒的に多く、年次が上がるほどに空きポストは狭まる傾向があります。「我慢することの美徳」と「早期に見切りを付けることの効率性」の折り合いをどこに見出すべきか。その考え方によって、就職先選択にどこまでの慎重さを求めるべきかも変わってきます。

 

1 問題の所在

 精神論としては、「石の上にも3年」は、弁護士のキャリア形成に今でも通じるものがあります。旧司法試験世代は、会社員生活をしたことがない弁護士ばかりで、人材育成法の訓練を受けた者は殆どいません。名プレイヤーが名監督ではないことと同様に、「依頼者にとっての一流のアドバイザー」ではあっても、「ボスとしては最低」というサンプルは数多く思い当たります。そのため、著名な事務所に入れたアソシエイトでも、すぐに勤務を継続することが苦しくなることもあります。ただ、「ボスとしては最低」であっても、3年はそれに喰らい付いていかなければ、「修行を途中で逃げ出した」という評価を受けます。

 思うに、「石の上にも3年」という言葉は、旧司法試験世代における「弁護士はいずれ独立をする」というキャリアモデルを前提とすれば、幅広く妥当していました。この世代には、「転職」も、「独立」と同様に「イソ弁時代に得た経験とノウハウを生かす」という「一人前の弁護士としての職場変更」と受け止められています。

 しかし、現在では、法律事務所も、企業も、「ポテンシャル採用」の場を新卒市場に限定していません。「青田買い」が進む新卒市場よりも、むしろ、一旦は実務に出た若手弁護士を、「第二新卒」的に採用するほうが効果的であるという認識も広まりつつあります。「第二新卒」枠は、3年以内の実務経験者を想定していることからすれば、「最初の職場で3年間待つ」ことは、第二新卒枠への応募チャンスをみすみす逃してしまう「悪手」とも位置付けられます。それでは、どのような場合であれば、早期の退職をキャリア形成上の「妙手」として捉えることができるのでしょうか。

 

2 対応指針

 どのような職場でも1年や2年で修行を終えることはできません。自己の経歴として、就職先の出身であることを対外的に名乗るためには、最低でも3年程度の我慢は必要です。しかし、①現職場での勤務継続で心身を損なう危険がある場合、②より適切なOJTを受けられる移籍先を得られた場合、③専門分野・業務分野を変更する場合には、「退職により得られるメリット」にも目を向けるべきです。特に「年次が上がるほどに、移籍先の受け皿が狭まるリスク」も意識して進路を決めるべきです。

 

3 解説

(1) 現職場での勤務継続で心身を損なう危険がある場合

 自信満々のパートナーの態度は、依頼者からの信頼を得るためには有効でも、下で働くアソシエイトに対するパワハラ的指導につながることもあります。これに喰らいついていくことで得られるものもあるかもしれませんが、真面目過ぎるアソシエイトには心身を損なう危険が存在します。

 病院での治療を受けなければならないほどに被害が深刻化してしまうと、その後の転職活動にも悪影響を及ぼしてしまいます。法律事務所は「人手が足りないので中途を募集する」ので、「ばりばり働ける元気なアソシエイトを採用したい」と考えがちです。「前職の仕事で心身を損なって療養が必要となった」という経歴を告げれば、「再び療養が必要となることはないか」を過剰に懸念されて採用が見送られるリスクが生じます。再チャレンジを阻害するような採用慣行は是正していかなければなりませんが、現状で、アソシエイトが、自己のキャリアを損なわないために出来る最大の防御策は、「治療が必要となるレベルに至る前に、パワハラ的職場環境からは早期に逃げ出すこと」だと思います。

(2) より適切なOJTを受けられる移籍先を見つけられた場合

 「石の上にも3年」を引用する旧司法試験世代の先輩弁護士の助言は、「オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)を受けさせてくれるのは、新人で採用した最初の職場の先輩だけである」「独立又は転職したら、一人前の弁護士としてやっていかなければならない」「修行を途中で逃げ出したら、半人前の弁護士のままで実務に放り出されてしまう」という親心に基づくものです。シニア・パートナー世代には「パートナーになって初めて一人前の弁護士なのだから、うちを辞めたアソシエイトはうちの事務所の出身者とは言えない」との考え方も根強いです。

 しかし、ジュニア・アソシエイトは、退職後に前職の事務所の看板を背負って仕事をすることを考えているわけではありません。キャリアをやり直して、「次の職場でこそ『石の上にも3年』を実践したい」という思いを抱いています。そして、このようなニーズに応えるように、「ジュニア・アソシエイトを、新人同様に、うちの事務所で基礎から鍛え直したい」という考えを持って第二新卒を受け入れる法律事務所も増えています。

(3) 専門分野・業務分野を変更する場合

 若手弁護士にとっては、「専門化」はキャリア形成上の重大な課題です。かつては、「スペシャリストといっても、それは基礎的な訓練という1階部分の上に増築される2階部分としての専門性である」と考えられてきました。そして、渉外事務所においても、「留学前までは何でも幅広い案件を経験して基礎を固めて、留学・海外研修中に専門分野を見付けて、留学後に専門性を磨く」というキャリアパスが想定されていました。

 しかし、ファイナンス、コーポレートや規制法対応の業務で求められる専門性が高まることにより(さらに依頼者からは「アソシエイトの教育に要したコストを依頼者に転嫁すべきではない」というプレッシャーもかけられるようになり)、専門化は1年目アソシエイトから始められるようになりました。早期の専門化は、業務範囲を狭める効果をも有します。そのため、1年目から「割り当てられた分野が自分のやりたい仕事なのか?」という疑問を抱く者が増えてきました。我慢すれば続けられないわけではないとしても、シニア・アソシエイトになってから、ようやく「やっぱり自分は別の分野の仕事をやりたい」と願ったとしても、年次が上がるほどに方向転換は難しくなってしまいます。なぜなら、受入れ側の立場からは、「シニア・アソシエイト」の採用には「年次に応じた専門性」を期待することになり、「未経験者に仕事を教えながら使う」ならば、「若くて、可塑性がある新人(又は第二新卒)」を選びたい、と考えるからです。

以上

 

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