◇SH3108◇弁護士の就職と転職Q&A Q113「リモートワークは『丸の内・大手町中心主義』とは異なる価値観を育むか?」 西田 章(2020/04/20)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q113「リモートワークは『丸の内・大手町中心主義』とは異なる価値観を育むか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 緊急事態宣言を受けて、在宅勤務を命じる法律事務所が増えた中でも、これまで通りの通勤を強いられているアソシエイトもいます。そんなアソシエイトからは「出勤が怖い」という悩みを聞かされるようになりました。他方、在宅勤務を決めた事務所のパートナー(経費負担者)からは「人がいないオフィスを維持するために高額な賃料を払い続けるのは厳しい」と、出勤自粛期間の長期化への懸念が強まっています。

 

1 問題の所在

 本連載では、2017年11月に、Q24「丸の内・大手町エリアは一流ファームの証なのか?」というテーマを取り上げました。ここでは、「ビジネス街の中心地にあるオフィスに勤務して、同じエリアに所在する一流企業をクライアントとするリーガルサービスに従事する。そして、オフィスから徒歩圏内の都心に住んで、自虐的にも激務による寝不足に誇らしさを感じる」という、若手弁護士のオフィス中心型生活スタイルを紹介しました。

 しかし、それから2年半が経って、感染症拡大予防を最優先とする時期が突然に到来して、「生活の拠点は住居に置かなければならない」ことを再認識させられています。クライアントとの会議をオンラインとする現状では、「クライアント企業と隣接するオフィスに執務すること」にどれだけのメリットがあるのかわからなくなっています。そして、在宅勤務は、「オフィスから徒歩圏内に居住することのメリット」も疑わしくしています(公共交通機関を利用しなくて済むことはありがたくとも、そもそも、オフィスに出勤したくないという希望のほうが強くなっています)。

 外出自粛要請が早期に解除されるならば、再び、昨年までの働き方に回帰することも期待できます。ただ、今後、医療崩壊という最悪の事態を防ぎつつ、人との接触を減らすための外出自粛努力を継続したままで経済活動を再開しなければならないとすれば、都心の一等地に本社を構える一流企業の中にも、「密」を避けるためにオフィスを移転又は分散する企画も進みそうです。そうなってくると、企業法務の世界においても、「都心の一等地にオフィスを構える一流ファーム」とは違う形での弁護士ブランドの形成手法が模索され始めそうです。

 

2 対応指針

 今回、感染症拡大防止の観点からは、「東京に人が密集して生活すること」や「ひとつのオフィスに人が密集して働くこと」自体に大きなリスクが伴うことが認識されました。また、「一旦、感染が拡大し始めてしまったら、その後に県をまたいで移動することは難しくなる」ことも学びました。そうなると、「生活の拠点」としては、「自分自身が在宅勤務で心地よく仕事ができる環境」や「家族や親しい友人の近く」を求める傾向は強まりそうです。

 昨年までであれば、「最先端の案件に従事し続けるためには(私生活を犠牲にして)仕事上の人間関係を最優先に置かなければならない。」との伝統的プロフェッショナル職業意識が根強く存在していましたが、リモートワークを原則するならば、(オフィスで仕事に従事している時間の長さでなく)「仕事はもっぱら成果物のみで評価される」という価値観が広まっていきそうです。

 成果主義が(クライアントと法律事務所との間だけでなく)法律事務所内におけるパートナーとアソシエイトとの関係にも浸透してくると、法律事務所のビジネスモデルとしても、「多数のアソシエイトをフルタイムで抱えて、案件処理は所内メンバーだけで対応すること」を理想に置く自前主義とは別に、「案件に即して最適なメンバーを(所内外に関わらず)案件ベースで共同受任する」というアドホックなチーム編成の手法も改めて脚光を浴びそうです。

 

3 解説

(1) 生活拠点の選定基準

 キャリアコンサルタントを営んでいると、「日本における人材の東京への一極集中」を強く感じさせられてきました。地方から東京への転職の相談はあっても、東京から地方への相談は極めて限られていました(稀に、「地元に居る親の介護」等の家庭の事情を聞かされることもありますが、それは、「仕事面では第一線で活躍することを諦める」というニュアンスを含んだ、本人にとって消極的な引越しを意味することばかりでした)。

 「東京」の魅力は、仕事面では、「都心で働くこと」がクールであると共に、プライベートでも、「友人との交流、文化・娯楽イベントにも参加しやすい」という物理的条件に存在していました。

 ところが、感染症拡大予防の観点から、「密」を避けることが求められたら、友人とのコミュニケーションも、文化・娯楽イベントもオンラインに限定されます。そして、仕事もリモート中心になると、仕事の効率性は、住居の広さ等の心身の健康を保てる住環境に依存することが認識され始めています。

(2) 仕事における成果主義の浸透

 昨年まで、一流事務所におけるジュニア・アソシエイトの転職理由の典型例は、「長時間労働から逃れたい」というものでした。いずれの事務所でも、建前上は「自分の仕事さえしっかりしてくれていたら、無駄な残業はさせない」と表明しつつも、新人弁護士からすれば、「先輩や同僚がオフィスで働いているのに、自分だけが先に帰宅するのは申し訳ない」「同期よりも先に帰宅するのは、出世を諦めることを意味する」と考えてしまうのも、止むを得ないところがありました(実際、人事評価を担うパートナーの立場に身を置けば、「深夜・早朝までオフィスに残って働いて事務所に尽くしてくれているアソシエイトには、報いてあげたい」という心情が働くことも分からなくはありませんでした)。

 ところが、今回、在宅勤務を取り入れた事務所においては、まず、「オフィス滞在時間」という評価指標が失われました。もちろん、リモートワークにおいても、クライアントが求めるタイムフレームで回答をしなければなりませんので、即時に対応できるアベイラビリティは求められますが、仕事の質を図るものが「意見の論理性」や「書面ベースの成果物」に絞られるようになります(逆に言えば、クライアントと対面で行う会議において、その場の雰囲気を支配して、口頭でアドバイスするスキルを売りにしてきた弁護士には厳しい時代が到来しています)。

 現状では、いまだ、リサーチが紙ベースでの文献や法律雑誌で行われている事務所も多数存在していますが、電子媒体でのリーガルリサーチのシステムが完備されれば、起案自体は自宅で行うほうが効率的であるというアソシエイトが増えてきそうです。

(3) アドホックな案件ベースのチーム編成

 事務所横断的にチームを編成して、事件処理に当たる、というのは、何も新しい手法ではありません。例えば、倒産事件処理で著名な事務所においては、「一定の年次を迎えたアソシエイトは、事務所でパートナーになるのではなく、それぞれが独立して自分の事務所を構えて経済的に自立する」としながらも、「ボスが大型倒産事件の管財人を受任したら、事務所の垣根を超えて、卒業生たちが集まって管財人団を組成する」とする慣行が存在しています(申立て代理人業務についても、全国に拠点を持つ大企業の場合には、申立てが公表された時点での現場の混乱を防ぐために、全国の拠点それぞれに配備しておく弁護士を予め確保しておく必要があります)。事務所経営的にも、(大型倒産事件のニーズは景気による波があるために)平時には、大勢の弁護士を食わせておける事件が恒常的に確保されているわけではありませんので、「平時には、各自がそれぞれ自分の食い扶持を稼いでもらって、大型事件が飛び込んで来たときに参集する」というのはきわめて合理的なものでした。

 しかし、このような事務所横断的なチーム編成は、M&Aのような前向きなプロジェクト案件への適用はあまり進んでいませんでした。確かに、健全な企業が、外部事務所を自由に選べる裁量を持っている段階では、「できれば、ひとつの事務所のメンバーで事件処理を完結してくれるほうが、秘密保持の観点からも望ましい」と考えるのは自然なことです。ただ、「ひとつの事務所内ならば、秘密保持が徹底している」というのは、物理的なオフィスで執務することを暗黙の前提とする期待です。弁護士業務がリモートワーク中心となれば、同一事務所内だからといって、情報セキュリティやパートナーのオンラインリテラシーとアソシエイト間の円滑なコミュニケーションが確保されている保証はありません。とすれば、案件依頼先の弁護士選定も、案件に即した経験を備えたメンバーを揃えて、情報管理が行き届いたコミュニケーションを取れるかどうか、という実質面によって判断されていくようになりそうです。

以上

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