◇SH2852◇弁護士の就職と転職Q&A Q96「『人脈/コネ』は採用選考のセールスポイントなのか?」 西田 章(2019/10/28)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q96「『人脈/コネ』は採用選考のセールスポイントなのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 採用は、本人の能力と人柄、それから、ポジション/仕事へ熱意によって審査されるべきものです。親の職業や社会的地位で決まるものではないので、エントリーシートには、家族関係を記載する欄もありません。ただ、当落線上の候補者が、人脈やコネを絡めた自己PRをすることで、「採用してみよう」と判断してもらえた事例も現実には存在します。

 

1 問題の所在

 法律事務所は、経営体としては、いずれも中小企業の域を出ませんので、「親のコネで、能力も無い二世を受け入れる」という余裕はありません。本人の能力を知るためには、「親の職業から優秀な遺伝子を受け継いだ可能性を推認する」よりも、予備試験の順位やロースクールの成績、司法試験の合格を基に検討するほうがよほど合理的です。上場企業の役員の子弟を迎え入れても、企業は、適材適所で外部法律事務所を使い分けるために、「息子がお世話になっている事務所に依頼しよう。」ということにはなりません(オーナー経営者ならば、外部事務所を恣意的に選ぶ権限はあるかもしれませんが、事業の成功を心の底から追求すれば、外部委託先は実質で評価されます)。

 また、「育ち」がよければ、裕福層のコミュニティに所属しているため、「二世を受け入れたら、営業力を期待できるのではないか。」という見方をされることもありますが、「弁護士は、一人前になったら、転職もできるし、独立もできる。」ということまで視野に入れたら、「人脈がある弁護士ほど、事務所への依存度が低くなるので、転職・独立がしやすい」(アソシエイトに潜在的な営業力があっても、その果実を享受する権利が事務所にあるわけではない)という事情もあります。

 このように考えてみると、採用の場面において「人脈/コネ」を売りにすることは、理屈の上では、あまり意味がない(むしろ、「聞かれてもいない人脈」をアピールするのは恥ずかしい)と考える人もいます。それでは、どのような場合であれば、「人脈/コネ」に、採用選考を前向きに進める作用が生まれるのでしょうか。

 

2 対応指針

 法律事務所の採用選考において、「人脈/コネ」には、「見ず知らずの応募者」と自分たちとの間に接点を感じさせてくれる(=知らないことによる不確実性を埋めてくれるような)心理的効果があります。

 まず、「共通の知人」がいることは、「本人に対する理解」及び「うちの事務所を応募してくれた志望動機に対する理解」を深めることができます。

 また、「共通の知人」がいれば、「この応募者は、自分の利益と事務所の利益が対立する場面においても、安易に自分の利益だけを追求するような言動に出ないだろう」という規律付けが働くことを期待できます。

 このことは、結果的に、「本人の能力に関する客観的データ」だけでは採用を決定し切れない場面でも、「ご縁を感じさせる」ことで、オファーを出すことを促してくれるため、事実上、「立証責任の転換」をもたらす効果が認められます。

 

3 解説

(1) 採用における立証責任の転換

 採用選考においては、履歴書・職務経歴書を見ただけで、「ぜひこいつを採用したい!」と思わせてもらえることは、ごくわずかです。同様に、「こいつはダメだな」と感じるほど酷いことも、多くはありません。大半は、「う〜ん、絶対に採りたいとまで言えるほどじゃないけど……、別に、ダメというわけでもないなぁ……」という、「どちらとも言えない」パターンに陥ります。この「中間層」についても、「規模拡大を最優先する一般民事系事務所」であれば、オファーを出すのでしょうが、「家族的雰囲気を大事にする企業法務系事務所」であれば、「判断保留=特に追加の主張がなければ、オファーが出ないで終わる」という展開が予想されます。その場合の落選理由を敢えて文書化すれば、「あなたの能力を否定するつもりはないけど、あなたの活躍の場がうちの事務所である必然性を感じない。」というような表現になります。

 「人脈/コネ」には、「こいつはダメだな」と思わせた候補者を復活させるほどの威力はありません。でも、「こいつがモノになるかもしれないならば、それを育てるのは、自分たち事務所の役割かもしれない。」という使命感を抱かされる契機にはなります。そのため、「もし、こいつをうちの事務所で受け入れたならば、どういう使い方ができるだろうか? どういう育て方ができるだろうか?」という、前向きな視点での審査を期待することができるようになります。

(2) 本人及び志望動機に対する理解

 法律事務所の採用選考に応募して、自分の「人脈/コネ」をアピールするならば、応募書類内では、志望動機に関わる自由記入欄でそれを語ることになります。応募者の大半が、「別にこの事務所である必要があるわけではないけど、何か書かなければならない」として、一般的・抽象的な文言で志望動機を起案してくる中で、「私の父が会社の仕事で貴事務所にお世話になって、とても優れたリーガルサービスを受けられたと語っていた。」とか「私のゼミの教授が、あそこにはこの分野で優れた弁護士がいると教えてくれた。」といった記述があるとすれば、そこに注目させられます。そして、「この応募者のお父さんはどこの会社で、うちの事務所の誰がどんな案件を担当したのだろう?」とか、「ゼミの教授は誰のことをどのように評価していたのだろう?」という風に頭を巡らせて、この応募者の選考に、通り一遍ではない興味を抱くことになります。

 (ゼミの教授はさておき)特に、親族関係については、応募者が自己申告してくれなければ、採用担当者の側から「親の職業は何ですか?」と尋ねるわけにはいきません。ただ、どんな経験を積んできた親の下でどういう教育方針の下で育てられたのか、といったことを教えてもらえたら、「この応募者がどんな人物か?」についての理解が深まりますし、その親が、当事務所と接点を持ってくれていたならば、「なぜ、数多ある事務所の中から、うちを選んで応募してきてくれたか?」についての理由も納得できます。

 採用選考という、限られた時間の下で、限られた情報を基に「Yes/No」での判断を行わなければならない制約あるプロセスにおいて、「人脈/コネ」は、「情報不足がもたらす不確実性」を埋めるものとして作用しているように思われます。

(3) 規律付け効果

 法律事務所の採用において、能力面の審査は重要です。「うちのリーガルサービスの質を落とすことなく、業務を担当できる優秀な人材を確保したい」というのは当然の要望です。それと同様に、事務所の経営側にとってみれば、「既存のメンバーと仲良くやってもらいたい。」「面倒を起こさないでもらいたい。」という、人柄面もきわめて重要です(能力面はチームで担当することで補う余地がありますが、人柄面で大きな問題があると、治癒することができません)。

 採用選考を慎重にして、面接を何度繰り返してみたところで、「実際に働いてみなければわからない」部分が残ります。これは、「生まれ持っての人柄」というよりも、「本人がどこまで自分の利益を主張するか?」(事務所の利益や同僚の立場にも配慮してくれるかどうか?)という行動原理に由来する問題です(例えば、個人事件を許容したら、事務所事件を怠って、個人事件を優先されてしまうというのはよく聞く話ですが、さらに度が過ぎると、弁護士報酬の入金先を個人口座に切り替えて、事務所に収入を過少申告する事例まで存在します。このような不正行為に対して、懲戒請求や刑事告訴という公の手段を講じるのは、事務所側の負担も重くなります。)。

 優秀な頭脳があるほどに、狡い方策を思い付く可能性も高まるとすら言えますが、書類選考や面接をいくら重ねても、「モラルの高さ」や「事務所に対する愛情」の本当のところを測ることはできません。そのため、実務的には、「本人に対して、『何か問題を起こしたら、事務所を辞めるだけでは済まない(他の人間関係にも悪影響を及ぼすことになる)』という規律付けが働いていること」が採用側にとっての安心感になっています。

以上

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