オランダ子会社の内部通報制度が満たすべき要件について
-オランダ公益通報者保護法、EU一般個人データ保護規則及びオランダ労働法を中心に-
Buren法律事務所
オランダ王国弁護士 岡野・ハイマンス 謙次
第二回「オランダ公益通報者保護法上の要件について②」
前回では、不正行為の疑いを外部通報されるリスクを軽減するため、オランダ公益通報者保護法(de Wet het Huis voor Klokkenluiders)上の要件を満たすようにオランダ子会社の内部通報制度を構築することが勧められることを説明した。今回はその具体的な要件を解説する。
1. 通報の方法及び手続を明確に説明すること
内部通報の方法及び手続は、これを利用する労働者にとって十分明確でなくてはならない[1]。具体的な手続の例としては、①通報の受理(及び通報者へのその通知)、②調査の要否決定(及び通報者へのその通知)、③調査実施、④調査結果の報告(及び通報者へのその通知)が挙げられる。[2]
2. 通報対象となる不正行為の疑いを明確に定義すること
通報対象となる不正行為の疑いとは何かを、明確に定義しなくてはならない[3]。オランダ公益通報者保護法にいう不正行為の疑いとは、法令の違反、公衆衛生に対する危機、人の身の安全、環境破壊の危険、不当な作為又は不作為の結果として生じる公共機関又は企業の健全な機能への危機の疑いのうち、社会的重要性を有するものを意味する[4]。この点、日系企業が本邦会社法上の要請で設置する内部通報制度の対象となる不正行為は、前述の社会的不正行為に比して、より幅広い。ここで、オランダ子会社の内部通報制度の対象となる不正行為の疑いの定義を、オランダ公益通報者保護法にいう社会的不正行為の疑いの定義から逸脱して、より広くすることが可能かが問題となる。この点、一部の文献には、企業が自主的により広い定義を設けることは可能とするものがある[5]。また、オランダ上場企業行動規範にいう内部通報制度の対象となる不正行為の定義も、より包括的なものとなっている[6]。しかしながら、オランダ公益通報者保護法の施行により新たに追加された労働法の規定によると(後述)、労働者が①善意で且つ②合理的疑いに基づき、③オランダ公益通報者保護法にいう不正行為の疑いを、④使用者又は特別院に通報したならば、その手続中、使用者は労働者を不利に扱ってはならないとされる[7]。また、公益通報者保護法の定義にあてはならない不正行為の疑いは、例え通報者においてこれを特別院に通報したとしても、同院の調査対象とならない可能性がある[8]。従って、オランダ子会社の内部通報制度の対象となる不正行為を定義する際には、可能な限りオランダ公益通報者保護法にいう不正行為の定義を遵守した方がよいように思われる。
3. 受付窓口担当者を特定すること
使用者は受付担当者を特定する必要がある[9]。受付窓口担当者は、労働者にとってアクセスしやすく、且つ労働者において信頼できるものでなくてはならない[10]。この点、日系企業のグローバル内部通報制度には、受付窓口を日本の本社に設置する事例がよくある。しかし、オランダと日本の間には距離的な隔たりだけでなく、時差もある。また、受付窓口担当者の言語能力に問題がある可能性もある。従って、オランダの現地従業員にとって日本の本社に設置された受付担当窓口はアクセスしやすく、信頼できるものであるとはいえない可能性がある。従って、内部通報制度の受付窓口担当者は、基本的にはオランダ子会社内とすることが勧められる。
4. 使用者に守秘義務があることを明記すること
使用者は、もし労働者が求めるならば、通報内容を秘密として扱う義務があることを明記しておかなくてはならない[11]。
5. 労働者には助言を受ける権利があることを明記すること
労働者は、通報の仕方等に関して、アドバイザーの助言を受ける権利を有する[12]。使用者にはその内容を知る権利はない。使用者においてそのようなアドバイザーを予め指定しておくことが可能である[13]。そのようなアドバイザーがいない場合には、特別院のアドバイザー、弁護士、労働組合の法務専門家、産業医がその役割を担うことも可能である[14]。これも明記しておくことも望ましい。なお、労働者が自身でアドバイザーを起用しその助言を求めることも可能である。しかし、労働者が自身でアドバイザーを起用した場合、その報酬は原則労働者負担となる[15]。
6. 労働者において外部通報を行ってよい状況を明記すること
合理的見地からして、内部通報を行うことを労働者に期待することができない場合には、労働者は外部通報を行ってよい[16]。具体的には、同僚が生命の危機に瀕している場合、受付窓口担当者が不正行為に関与している疑いがある場合である。そのような場合には外部通報を行ってもよいことを内部通報制度に明記しておく必要がある[17]。
7. 通報者たる労働者の保護されること
労働者において、①善意でもって、②適切に、③使用者又は特別院に、④不正行為の疑いを通報したならば、使用者は当該労働者を保護することを内部通報制度に明記しなくてはならない[18]。
8. 通報は原則実名とすること。
特別院の見解によると、匿名での内部通報も可能とされる[19]。但し、匿名通報の場合、特別院において調査を行わない可能性がある[20]。また、通報者において特別院に調査を申請する場合には、そもそも申請者に氏名を記載しなくてはならない[21]。さらに、個人データ保護法の観点からしても、実名での通報が原則となる(後述)。従って、内部通報制度は、原則として実名で行うべきことを明記しておくことが望ましいと考える。
以上がオランダ公益通報者制度にいう内部通報制度の要件である。既存の海外子会社等の内部通報制度を元にオランダ子会社の内部通報制度を構築する場合には、以上の要件が満たされているか確認すればよい。また、オランダ子会社の内部通報制度を一から作成する場合には、特別院がインターネット上で公表している雛形を利用するという方法もある[22]。次回はオランダ子会社の内部通報制度が満たすべきEU一般データ保護規則上の要件を説明する。
[1] Art. 2 lid 2 sub a WHK.
[2] Integriteit in de praktijk, de meldregeling, het Huis voor Klokkenluiders, p. 17.
[3] Art. 2 lid 2 sub b WHK.
[4] Art. 1 sub d WHK.
[5] Mr. J.E.Traag, mr. E.L. Brouwer-Harbach, Werknemer, hang het niet aan de grote klok… De mogelijkheden voor werknemers om misstanden te melden onder de Wet Huis voor Klokkenluiders, TAP 2016(5) 225.
[6] Principe 2.6 van de Nederlandse Corporate Governance Code.
[7] Art. 7:658c BW.
[8] Idem.
[9] Art. 2 lid 2 sub c WHK.
[10] Integriteit in de praktijk, de meldregeling, het Huis voor Klokkenluiders, pp. 12-13.
[11] Art. 2 lid 2 sub d WHK.
[12] Art. 2 lid 2 sub e WHK.
[13] Integriteit in de praktijk, de meldregeling, het Huis voor Klokkenluiders, p. 16.
[14] Idem.
[15] Idem.
[16] Integriteit in de praktijk, de meldregeling, het Huis voor Klokkenluiders, p. 13.
[17] Art. 2 lid 3 sub a WHK.
[18] Art. 2 lid 3 sub b WHK.
[19] Integriteit in de praktijk, de meldregeling, het Huis voor Klokkenluiders, p. 15.
[20] Integriteit in de praktijk, de meldregeling, het Huis voor Klokkenluiders, p. 16.
[21] Art. 5 lid 1 sub a WHK.