(パネルディスカッション)医事法と情報法の交錯(4)
――医学研究における個人情報のあり方と指針改正――
(司会)東京大学教授 宍 戸 常 寿
(コーディネーター)東京大学准教授 米 村 滋 人
前厚生労働省医政局研究開発振興課課長補佐 矢 野 好 輝
早稲田大学准教授 横 野 恵
国立がん研究センター社会と健康研究センター生命倫理研究室長 田 代 志 門
NBL1103号 [特集] 医事法と情報法の交錯――シンポジウム「医学研究における個人情報保護のあり方と指針改正」に報告部分を掲載した。
ここに掲載するのはディスカッション部分である。
パネルディスカッション&質疑応答
(3)から続く
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コーディネーター
ありがとうございました。
さて、そこで、将来に向けてどうすればよいのかということが問題になるのですが、先ほど山本先生からご指摘があったように、今後の議論の進め方や議論の「場」というものをどうすべきかは、当然、一つの考えるべきポイントだろうと思います。
ただ、それと同時に、今の法律の枠組みがこのままでよいのかということも議論しないといけないような気がしております。今の個人情報保護法の建て付けをそのまま使っても大丈夫である、制度を作るときには、前の時代のルールとの違いが大きいためにいろいろトラブルが起こったけれども、しかし、これでうまくいくのだったらこれでいいという考え方も十分あり得るわけです。
そうかどうかというところが恐らく一番の問題だろうと思うのですが、そのあたりについて何かご意見がおありでしたらぜひお願いしたいと思います。 -
横 野 1つは、そういう大きな枠組みをどのようにとらえるのかという問題があるのですが、もう1つ、今回の指針の議論で私自身理解が難しかったのですけれども、個人情報保護委員会は、これは適用除外の問題なので自由に考えていただいたほうがいいというスタンスを示されていて、一方で、これまで指針を担当されてこられた三省の側では、複数の法律をまたいだ統一的なルールを作り、法律にも違反しないという形になることが重要だというスタンスがあって、非常に混乱した印象があります。
最終的に、適用除外をある程度弾力的に活用することで妥協が図られたのかなとも思っていますが、今回の個人情報保護法の改正で、個人情報保護委員会に解釈権限が集約されたにもかかわらず、なぜそういうスタンスの違いが生じたのか、少し背景を伺うことができたらと思うのですが。 -
コーディネーター
基本的に、解釈権限が個人情報保護委員会に一元化したのは、私の講演でお話ししたとおりで、EUの「十分性認定」が受けられるようにするために、省庁ごとの独自ルールを排除するためというのが、最大の理由だったと思います。
省庁ごとの独自ルールを認めると、それは数が多い上に内容が違ってくるということで、対外的にも日本の個人情報保護法制を説明することが難しくなり、また、統一的な法制度と言えるか疑問を抱かれてしまうということがありました。それで、規制権限を一元化して、個情委のガイドラインに従って全ての規制が統一的に規律されているという形にしたかったということだろうと私は理解しています。
その上で、先ほど「2000個問題」という話をしましたけれども、「2000個問題」というのは個人情報保護関連法の規制庁が2,000個あるということです。そこで注意すべきは、個人情報保護委員会というのは、2,000個の規制庁の1つにすぎないということです。民間個人情報保護法という法律を担当している規制庁であるにすぎませんので、ほかの部門の規制はカバーしていません。医学研究を適用除外にしているのは民間個人情報保護法だけです。ほかの、行政機関個人情報保護法、独立行政法人等個人情報保護法、個人情報保護条例においては適用除外になっていません。
ということは、今回、個人情報保護委員会が「適用除外ですからいいですよ」と仮に言ったとしても、ほかの法律との関係で全然適用除外にできないんです。そこがかなり大きな問題で、縛られる法律はたくさんありますので、完全に自由にルールメーキングできるわけではないのです。そのことを認識した上で、どうするかを考えなければいけないという状況にあるのだと思います。 -
田 代 現状の個人情報保護法との関係でいうと、今、米村先生がおっしゃったように、まず法の適用除外がどのくらい安定的なのか、ということの評価があると思います。今回の改正についても、「条例はどうなのですか」と聞かれると、正直回答には窮してしまうわけです。私自身は、個情法の適用除外に関して「民間病院も含め1つの研究グループとして除外する」という解釈はありがたいし、それほど非合理的だとは思っていないのですが、従来の解釈に精通している方からすると違和感があるのかもしれません。
もう1つの問題は、今回の指針のなかに例外的な考え方を盛り込む際には、適用除外の他にも、「公衆衛生の向上のために特に必要があって本人の同意を得ることが困難である場合」という規定に依拠するという方法があると思います。しかしこれに関しては、特に「同意を得ることが困難」ということの意味がよくわからない。これは実は指針でもずっと苦しんできたところであり、今回も明示的な解釈は示されていません。
医療現場からすれば、現状、同意をとれといわれればとることはできるのです。ただ、それは例えば1日外来で50人の患者を診ているのを40人にするという話であり、社会的な選択として、その結果一部の患者が診察を受けられなかったり、待ち時間が伸びたりということになるけれども、それでもやれという話なのかどうかがよくわからない。だから、「同意を取得しろ」と言われればできるけれども、それは現実の医療とか医学研究に負の影響を与えることは明らかであり、それを「困難」というのかと言えば、今までの指針解釈ではそうは言っていないというところがある。
結局のところ、適用除外がどのくらい安定的なのかということと、同意取得困難という解釈がどのくらいできるのかということが不明確であり、その意味では、現行の法律は心もとないところがあり、そこに乗っかっているのが指針であるという認識です。 -
コーディネーター
ありがとうございました。
矢野さん、何かコメントがあれば。 -
矢 野 適用除外の安定性は重要な問題かと思いましたが、私が気になるのは、横野先生が最後のスライドでご説明されたことで、公益性と個人の権利とのバランスのところかなと思います。
まさに改正法が病歴は個人の権利利益が特に確保されるべきである、という理念で改正法が成立した中で、それでも要配慮個人情報であっても従前から法の条文にあった適用除外のほうが優先となるという点については、明確に議論された結果このようになったわけではなかったのではないかと思います。 -
ただ、以下は私見ですが、公益性と個人の権利利益とのバランスどうあるべきなのかというところはもしかしたら社会的にちゃんと議論されていないのかもしれない。三省合同会議でもその法律解釈を議論したわけではないですし、私がいろいろな関係者と調整したりとか、行政機関の内部で全く医療とは関係のない方に説明する機会もありますが、「要配慮個人情報やカルテ情報のような機微な情報が何でオプトアウトで提供できるの?」、「そんなことしてもいいの?」という質問が出てきます。「もともとこういう規定だったのです」という話をしても、「そんなやり方でいいの?」という疑問も出てくるわけです。だから、社会的理解という意味で、学術研究の適用除外なので、当然、これはオプトアウトで提供できるのです、明示的な同意なしで提供できるのです、ということについての、法律がどうなっているかとは別に、社会的な理解がどうなっているのかというところは、まだきちんとコンセンサスになっていないところもあるのかもしれない。そういった意味で、今の考え方が安定的なのかというところは一つ疑義があるのかなと思います。それでも医学研究の活動を停滞させないために現行の形をちゃんと保っていくべきだというところについては、横野先生がおっしゃられたように、公益性というところをきちんと説明していけるのかどうかにかかっていると思います。医療の現場や研究されている方とか公衆衛生の関係者、厚生労働省も関係してくるかもしれませんが、そういった方が医学研究は公益性のある活動なのだと、個人の権利よりもそちらの面で利益が多いのだということをどのように説明していくのか、社会的な理解を得ていくのかというところが重要な課題になるのではないかなと思います。ただ単に新たに法律をつくれば全て解決と思ったら、とてもそうじゃなくて、そういった論点を議論した場合にその時の社会情勢によって、どういった結論になるのかはなかなか難しい。やはり個人の権利利益の保護が社会的には重要だということになって物すごく厳格な法律ができ上がる可能性もありうるのかなとは思います。
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コーディネーター
そういうことを考えますと、少なくとも適用除外の問題とか、そういう法律の適用関係での困難性を乗り越えるには、新しい医療分野、医学研究分野の法律を作るしかないのですが、単に法律を作るというだけで旗を立ててもなかなかうまくいかないかもしれないということですね。やはり、社会的に医学研究の重要性を理解してもらえるような議論の進め方をしていく必要があるというご趣旨かと受けとめました。
横野先生、そのあたりはいかがでしょうか。 -
横 野 指針の話とともに、今、代理機関についての議論[1]も進んでいまして、そこでは要配慮個人情報を(仮称)代理機関に提供することについては、個人情報保護法の規定を当てはめて全てを整理することは難しいという議論がされています。そのことを考えても、新たな整理のし直しということは必要なのだろうと思っています。
代理機関の議論が動いていて、そちらの方が先行してしまうという形になるのは順序が逆という感じも個人的にはするのですけれども、医学研究の社会的な意義について議論するきっかけにはなり得ると思います。
(5)に続く
[1] 医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律が2017年4月28日成立に成立、5月12日に公布された。公布から1年以内の施行が予定されている。