◇SH1449◇実学・企業法務(第87回) 齋藤憲道(2017/10/23)

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実学・企業法務(第87回)

第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

2. 自社に最適な経営管理システムを構築する際の心得

 現在、世界で多くの「経営管理システム」が紹介されている。それぞれに優れた特徴があり、絶対的といえるものはない。

 企業が「経営管理システム」の設計を検討するとき、エンジン機能は自社の経営理念等を業務の現場で実践するのに適した方法を考案し(他社の仕組みをそのまま導入する例も多い)、ブレーキ機能については応急措置的な仕組みを積み上げることが多いようだ。

 システム設計時の留意点を次に示す。

(1) まず、基本型を設計する

 自社に最も有効な管理方法を考案して基本型を設計し、次に、他の観点(法令等)からこの基本型を点検し、不足(又は、強化すべき)部分を改良する。

 こうすれば、少ない労力で簡潔な仕組みを作ることができる。

(2) 事業規模の大小を考慮し、長所を活かして、短所を克服する仕組みにする

 中小企業と大企業では、体質が異なる点を意識したい。

  1. ・ 中小企業で経営幹部が同じ経験・情報・価値観を持っている場合は、経営判断のコンセンサスを形成し易い。ただし、幹部が同質化して、異質の価値観・思考方法や都合の悪い情報が入り難くなり、偏った判断を行う可能性がある。
  2. ・ 大企業では、担当商品・所属部署・勤務場所等が多いために、社員同士で面識が無く、価値観も多様である。このため、全社共通の目標を設定し、それに向けて全社一丸の活動を行うのは容易でない。ただし、多くの分野の専門家を擁するケースが多いので、その能力を有効活用して経営成果に結び付けると成果が上がる。
  1. (注)「大会社」の定義は、目的によってさまざまである。
  2.  ・ 会社法は、最終事業年度の資本金が5億円以上、又は、負債の部合計額200億円以上の会社を「大会社」として(2条6号)、会計監査人の監査を義務付けている(会社法328条)。
  3.  ・ 公認会計士[1]は、内閣府令に規定される一定の「大会社等」について財務諸表の監査又は監査証明の業務を行うことができない。この「大会社等」に該当する会計監査人設置会社(株式会社)の規模は、最終事業年度の資本金額が100億円以上、かつ、負債の部合計額が1,000億円以上とされている。

 

3. 経営目的に適した経営管理システムを選択する

 2005年(平成17年)に会社法が制定されて会社の機関設計の自由度が高まり、会社は、取締役・監査役の機関の構成等について、多くの選択肢の中から自社に最適の仕組みを選択できることになった。

 ただし、選択肢が多いと、その分だけ当事者の悩みは増える。

 法務部門としては、関係部門と連携して、複数の有効な選択肢を挙げてそれぞれの長所・短所を示し、その中から自社に最適の仕組みを取締役会等に提案していきたい。

  1.  〔選択で悩んだ例〕
  2.     日本の多くの企業が経営管理を導入・定着する過程で、新たな方法の選択をめぐって試行錯誤したことがある。
     1960年代に、日本の製造業では、工場のQCサークル活動を中心とする品質管理が徹底され、高品質でコスト力のある商品が生産されて国際的な市場競争力を獲得するようになった。そして、多くの企業が、成果の拡大を目指し、管理の更なる充実に取り組んだ。
     工場の製造ラインでは、安定生産が続くと、工程歩留りが向上し、製品の品質も高水準を確保できる。当然、工場は営業部門に、安定的に生産できる出荷計画の早期確定を求める。しかし、営業部門は、市場の売れ行きに機敏に反応し、しばしば当初の予定を変更して、工場に「売れ筋品番の緊急出荷」と「不振品番の入庫中止」を指示する。工場は、これに応えようとして、緊急で、製造ラインの変更や機械設備の調整を行い、部品・材料を切り替える。緊急作業が繰り返されると工程歩留りが下がり、製造上の欠陥商品も生まれる。部品・材料の外注先でも、同じことが起きる。
     そこで工場は、営業部門に販売計画の精度向上と早期確定を求めるとともに、部品調達先(下請)に柔軟な供給対応力を持つことを求め、技術部門に対しては、組立・加工が容易でかつ工程不良が出にくい製品設計に改善するよう要請する。こうして、営業・製造・技術が一体の全社的な取り組みになっていく。
     1970年頃になると、多くの企業で全社的品質管理の取組が行われ、これが1970年代半ば以降にTQC[2]活動(全社的品質管理活動)として全国的に展開された。
     国際競争力を強めた日本の製造業の経営管理方法は世界から注目され、特に、1980年代に、国際競争力の低下が目立ってきた米国で、日本のTQC活動の研究が熱心に行われた。1987年にはレーガン政権の下でマルコム・ボルドリッジ賞(MB賞。米国国家経営品質賞)[3]が創設され、製造業の再生が図られた。現在も、この表彰式には大統領が出席して授賞している。
     米国におけるMB賞の効果に触発されて、1992年にヨーロッパ品質賞[4]が創設され、欧州でも相応の成果が現れた。
     その後、1996年に、日本で(日本発、米・欧経由の逆輸入の形で)日本経営品質賞が創設された。
     それまで企業内でTQC活動を主導してきた品質管理部門等では、この賞に関心を持つ者も多かった。
     しかし、多くの日本企業は、このとき、TQM[5](総合的品質管理)の深化や日本経営品質賞の獲得を目指すよりも、1994年に発行された国際規格ISO9000(品質マネジメントシステム)シリーズの認証取得を優先した。
     1994年(平成6年)は日本で製造物責任法が制定された年であり、製品の欠陥の排除が経営上の重要課題とされていたのだが、バブル経済が崩壊して経済不安が増大[6]する中で1$=100円を超える円高(1995年に79円台)になり、日本の輸出競争力が著しく低下して生産拠点の海外シフトが進んだことから、国際的な認証規格ISOを取得してグローバルに品質を確保する方を選んだのである。

[1] 公認会計士法24条の2第1号、2条1項、公認会計士法施行令8条

[2] Total Quality Controlの略

[3] “Malcolm Baldrige National Quality Award” 顧客満足の視点を採り入れた全社的な経営管理システム。7項目(リーダーシップ、戦略策定、顧客・市場の重視、情報と分析、人的資源重視、プロセス・マネジメント、業績)に配点し、合計1,000点満点で評価する。

[4] “European Quality Award”

[5] 1996年に日本科学技術連盟(日科技連)が、ボトムアップ型のTQC(Total Quality Control)からトップダウン型のTQM(Total Quality Management)に呼称を変更した。

[6] 1991年から2003年の間に、181の金融機関(うち、134が信用組合)が破綻した。

 

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