日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第60回 仲裁判断後の手続(4)-仲裁判断の取消その4
1. 仲裁判断の取消
(8) 仲裁判断の取消に関する日本の裁判例(続)
③ 大阪高裁平成28年6月28日決定[1](原審・大阪地裁平成27年3月17日決定[2])
これは、一審である大阪地裁では仲裁判断が取り消されなかったが、二審である大阪高裁では仲裁判断が取り消され、その後最高裁に上訴がされているという案件である。最高裁がどのような判断をするかが、現在、注目されている。
対象となった仲裁手続は、JCAAにおけるもので、仲裁地は大阪府であった。仲裁廷は3名の仲裁人によるものであった。
仲裁判断の内容は、日系企業と米国企業との間の空調機器事業に関する契約関係について、日系企業の請求を認めるもので、日系企業に契約上の義務違反がないことを宣言し、他方、米国企業が求めた損害賠償金の反対請求は認めなかった。
大阪高裁は、抗告人(一審申立人)である米国企業の主張を認め、日本の仲裁法44条1項6号(仲裁手続の法令又は当事者間の合意違反)を理由に仲裁判断を取り消したが、その要点は以下のとおりであった。
- (ⅰ) 判断の前提となる事実関係として、仲裁廷の長(President)であった仲裁人は、外国の法律事務所のシンガポール・オフィスに所属していたところ、仲裁手続係属中に、同法律事務所のサンフランシスコ・オフィスに移籍してきた弁護士が、仲裁手続の当事者である日本企業の兄弟会社の訴訟代理人を米国のクラスアクション訴訟において務めていた(以下「本件利益相反事由」という)。仲裁廷の長であった仲裁人は、本件利益相反事由を仲裁手続において開示しなかった。
- (ⅱ) 本件利益相反事由は、仲裁人としての公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実に該当するといえるから、開示義務の対象(仲裁法18条4項、JCAA規則28条4項[3])である。
- (ⅲ) 仲裁人は、仲裁手続の進行中、開示義務の対象たる事実の発生時期のいかんを問わず、開示していない事実の全部を遅滞なく開示しなければならないとされており(仲裁法18条4項)、これは、仲裁人の忌避[4]制度の実効性を担保するとともに、仲裁に対する信頼を確保するためのものであるから、仲裁人の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実が客観的に存在しているにも拘わらずその事実を仲裁人自身が知らなかったという理由で上記開示義務違反を免除することはできない。
- (ⅳ) 仲裁人が手間をかけずに知ることができる事実については、仲裁人には、開示のための調査義務が課されるべきである。そして、本件利益相反事由については、仲裁廷の長たる仲裁人が所属する法律事務所内においてコンフリクト・チェック(当該案件の当事者及び対象を明示して当該法律事務所所属の全弁護士に利益相反がないかどうかを照会して確認する手続)を行うことにより、特段の支障なく調査することが可能であったというべきであるから、開示義務違反の責任を免れない。
- (ⅴ) 仲裁人の開示義務が、仲裁手続の公正及び仲裁人の公正を確保するために必要不可欠な制度であることを考慮すると、上記開示義務違反は、それ自体が仲裁廷の構成又は仲裁手続が日本の法令に違反するものとして仲裁法44条1項の取消事由に該当するというべきである。
- (ⅵ) また、上記開示義務違反は、重大な手続上の瑕疵というべきであるから、仲裁手続及び仲裁判断の公正を確保するとともに、仲裁制度に対する信頼を維持するためにも、仲裁判断をこのまま維持することはできず、したがって、本仲裁判断取消の申立を、裁量棄却することはしない。
以上のとおり、大阪高裁は、仲裁人としての公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実の開示義務(仲裁法18条4項)を重視し、その違反を重大な手続上の瑕疵として、仲裁法44条1項6号を理由に仲裁判断を取り消した。
なお、一審である大阪地裁は、仲裁判断を取り消さないとの判断をしたが、大阪高裁との相違は、上記の開示義務を大阪高裁のようには重くはとらえなかったことにある。
本件の判断の分かれ目は、仲裁判断を尊重することの重要性(換言すれば仲裁判断を取り消すことの影響の重大性)を前提として、上記の開示義務を、この前提とのバランスにおいてどの程度重視するかであると思われる。大阪高裁の決定に対しては、仲裁判断の尊重を重視する立場から、批判があるところである。
本件については、上記のとおり、最高裁の判断が待たれているところである。
(9) 仲裁判断が取り消された場合の効果
仲裁判断が取り消された場合の効果について、日本の仲裁法に明示的な規定はないものの、「取消」という用語の意義からして、仲裁判断の効力が失われると解される。第56回の7(9)項において、仲裁判断には既判力及び執行力があると述べたが、これらの効力が失われると解される。執行力に関しては、日本の仲裁法は、仲裁判断が取り消された場合には、当該仲裁判断に基づく強制執行の申立を、裁判所が却下できると定めている(46条8項)。
但し、却下「できる」という定めであり、却下「しなければならない」という定めではない。いわゆるニューヨーク条約においても同様で、取り消された仲裁判断については、執行を拒否「できる」という定めである(5条1項(e))。そのため、仲裁地の裁判所で取り消された仲裁判断であるにも拘わらず、他の国の裁判所で当該仲裁判断に基づく強制執行が実施されることはあり得ることであり、実例もある。このように取り消された仲裁判断の効力については、不明確な側面がある。
もっとも、仲裁判断が取り消された場合には、その効力が否定されるというのが基本であり、仲裁判断による紛争解決は未だ完了していないということが基本となる。そこで、紛争解決のためには、改めて法的手続を進める必要が生じるが、かかる法的手続は仲裁判断の取消事由により異なりうる。
すなわち、例えば、仲裁判断の取消事由が仲裁合意の不存在にある場合には、仲裁手続を進める根拠が失われたことになるから、その後の法的手続は裁判所における訴訟となる。
これに対し、仲裁合意が存在することを前提として、仲裁手続の不備を理由に仲裁判断が取り消された場合には、改めて仲裁手続を進めることとなる。この場合、仲裁人は改めて選任されることとなり、通常は、取り消された仲裁判断の場合とは別の仲裁人が選任されると思われる。
なお、いずれの場合も、ゼロからの審理というよりは、効率性の観点から、従前の仲裁手続の成果のうち活用可能な部分は活用することが合理的である。
以 上
[1] 金融商事判例1498号(2016)52頁
[2] 金融商事判例1471号(2015)52頁
[3] 平成20年1月1日施行のJCAA規則の28条4項である。現行のJCAA規則24条4項に相当する内容の規定である。
[4] 仲裁人が不公平な判断を行うおそれがある場合に、当事者の申立によって、当該仲裁人をその事件の職務執行から排除する手続のことである。