◇SH3044◇最二小判 令和元年9月6日 損害賠償請求事件(山本庸幸裁判長)

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 高齢者の医療の確保に関する法律による後期高齢者医療給付を行った後期高齢者医療広域連合が当該後期高齢者医療給付により代位取得した不法行為に基づく損害賠償請求権に係る債務についての遅延損害金の起算日

 高齢者の医療の確保に関する法律による後期高齢者医療給付を行った後期高齢者医療広域連合は、その給付事由が第三者の不法行為によって生じた場合、当該第三者に対し、当該後期高齢者医療給付により代位取得した当該不法行為に基づく損害賠償請求権に係る債務について、当該後期高齢者医療給付が行われた日の翌日からの遅延損害金の支払を求めることができる。(意見がある。)

 高齢者の医療の確保に関する法律58条、民法412条、709条

 平成30年(受)第1730号 最高裁令和元年9月6日第二小法廷判決 損害賠償請求事件 一部破棄差戻し、一部棄却(民集73巻4号419頁)

 原 審:平成30年(ネ)第95号 仙台高裁平成30年8月3日判決
 原々審:平成29年(ワ)第229号 盛岡地裁平成30年3月13日判決

1 事案の概要

 被害者A(当時74歳)は、交差点を歩行中に加害者Yの運転する自動車に衝突されて傷害を負い、同傷害に関して後期高齢者医療広域連合であるXの後期高齢者医療給付(以下「本件医療給付」という。)を受け、その価額の合計は302万8735円であった。

 本件は、Xが、Yに対し、AのYに対する不法行為に基づく損害賠償請求権を高齢者の医療の確保に関する法律(以下「高齢者医療確保法」という。)58条1項により代位取得したとして、本件医療給付の価額の合計額(上記302万円余)からAの過失割合5%を控除した残額(287万円余)と弁護士費用相当額57万円余の合計345万円余及びこれに対する本件事故の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める事案である。

 

2 原審の判断の概要

 原審は、主たる請求について、上記287万円余及び弁護士費用相当額30万円の合計額317万円余の支払を求める限度で認容すべきものとした上で、これに対する遅延損害金の請求につき、XがYに対してその支払を請求したことが明らかな訴状送達の日の翌日からの分のみを認容すべきものとした。

 

3 本判決

 Xが遅延損害金の起算日に関する事項のみを上告受理申立て理由として上告受理の申立てをしたところ、最高裁第二小法廷は、上告審として事件を受理した上、判決要旨のとおり判断して、原判決のうち遅延損害金の支払請求に関する部分を一部破棄して原審に差し戻した。

 

4 説明

 (1) 高齢者医療確保法は、平成18年法律第83号により老人保健法が全部改正されて題名が改められたものであり、これにより、従前の老人保健制度は平成20年4月1日から後期高齢者医療制度に変更された。後期高齢者医療制度においては、医療保険(社会保険方式)であることが明確に打ち出され、都道府県の全ての市町村(特別区を含む。)が加入する広域連合を保険者とし、当該広域連合の区域内に住所を有する75歳以上の者と(寝たきり等)一定の障害のある65歳以上の者を被保険者として、当該被保険者の疾病、負傷又は死亡に関し必要な給付を行うこととされている。

 (2) 高齢者医療確保法58条1項は、「後期高齢者医療広域連合は、給付事由が第三者の行為によつて生じた場合において、後期高齢者医療給付(中略)を行つたときは、その後期高齢者医療給付の価額(中略)の限度において、被保険者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。」と規定し、第三者の不法行為等によって生じた給付事由の発生に関する損害賠償請求権の代位取得について定めている。この規定は、改正前の老人保健法25条1項を引き継いだものであり、その趣旨は、給付事由が加害者等の第三者の行為に起因する事故等により生じた場合に保険者が保険給付を行い、別途、①受給権者が第三者から損害賠償を受ければ、損害の二重塡補が、また、②受給権者が第三者から損害賠償を受けなければ、第三者に不当利得が発生するのと同様の状態が生ずることから、このような不合理を是正し、保険給付と損害賠償請求をめぐる保険者、受給権者及び第三者の間の権利義務関係の均衡を図ろうとするものと解されている(吉原健二編著『老人保健法の解説』(中央法規出版、1983)476頁等)。

 このようないわゆる第三者行為求償の規定は、健康保険法57条1項や国民健康保険法64条1項などの公的な医療保険に関する他の法律のほか、労働者災害補償保険法12条の4第1項等にも同様の規定が設けられており、これらの規定に関する解釈は、高齢者医療確保法58条1項の効果等を検討するに当たっても参考になる。また、保険に関する代位の規定としては、私保険に係る保険契約に適用される保険法25条が請求権代位について規定しており、後期高齢者医療制度のような公保険における代位には保険法の適用はないものの、保険法25条の効果に関する議論も、本件の参考になると考えられる。

 (3) 高齢者医療確保法58条1項の効果に関し、一般に、公的な医療保険における代位規定の効果としての代位取得は、医療給付を行った都度、その価額の限度で当然に被保険者の有する損害賠償請求権が保険者(後期高齢者医療制度の場合には後期高齢者医療広域連合)に移転する形でされるものと解されている(前掲『老人保健法の解説』478頁、国民健康保険法64条1項に関する最一小判平成10・9・10集民189巻819号等)。

 また、代位による権利移転の範囲に関し、社会保険給付による代位等により調整が行われるのは、問題となる社会保険給付に対応する損害項目についてのみであると解されており(岩村正彦『社会保障法Ⅰ』(弘文堂、2001)90頁等)、このような考え方によれば、後記高齢者医療給付がされたことによって移転する権利の範囲も、被害者の加害者に対する(当該医療給付に対応する)損害金元本の支払請求権のみであって、その遅延損害金の支払請求権までを代位取得するものではないと解すべきこととなる。本判決で引用している最一小判平成24・2・20民集66巻2号742頁は、自動車保険契約の人身傷害条項(自動車事故によって被保険者が死傷した場合に、被保険者の過失割合を考慮することなく約款所定の基準により積算された損害額を基準にして保険金を支払う傷害保険)に基づき保険金を支払った保険会社による損害賠償請求権の代位取得の範囲等が争われた事案について、まず当該保険給付が何を塡補するものであるかを明らかにした上で、塡補された項目に係る権利が代位取得の対象となる旨判示したもので、上記と同様の考え方を示したものと解される。

 (4) 以上を前提として、本件で問題となっている代位債権に関する遅延損害金の起算点についてみると、まず、社会保険給付に関する代位規定に関し、従前、この点についての詳細な議論はされておらず、下級審裁判例においても、国家公務員災害補償法6条1項に基づく代位に関し、遺族補償給付の日の翌日を起算点とする遅延損害金の請求をそのまま認容したもの(仙台高判昭和47・3・14交民集8巻5号1277頁)等が散見されるにとどまる。他方、私保険に関する保険代位について、従前の下級審裁判例は、保険金支払日の翌日とするものが多数(神戸地判平成10・5・21交民集31巻3号709頁、東京地判平成14・12・25交民集35巻6号1715頁等)であり、保険金支払日当日や事故日の翌日としたものも少数みられるが、いずれも詳細な理由が示されているものではない。

 本判決は、このような議論や裁判例の状況を踏まえ、高齢者医療確保法による後期高齢者医療給付により代位取得した不法行為に基づく損害賠償請求権に係る債務の遅延損害金の起算点について、①判例・実務上、不法行為に基づく損害賠償債務が、損害の発生と同時に何等の催告を要することなく遅滞に陥るものであること、②高齢者医療確保法58条1項の効果としての損害賠償請求権の移転が当該給付を行った都度行われること、③移転する損害賠償請求権の範囲が損害金元本の支払請求権のみであって遅延損害金の支払請求権はこれに含まれないこと、以上の3つの点から、保険者である広域連合は、当該高齢者医療給付を行った都度、被害者の加害者に対する損害賠償請求権元本を取得し、その代位取得後に当該損害賠償請求権から当然に発生する遅延損害金の支払請求権は取得するが、他方で、代位取得以前に発生した遅延損害金の支払請求権を取得するものではないと判断したものと解される。

 なお、最一小判平成22・9・13民集64巻6号1626頁等は、被害者と加害者との間の損益相殺的調整に関し、労災保険法等に基づく保険給付や年金給付がいつの時点に塡補されたものと評価すべきであるかという問題について、特段の事情のない限り、これらの給付による塡補の対象となる損害は、不法行為の時に塡補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整を行うべきである旨を判示しており、このような損益相殺的調整がされる結果、被害者と加害者との間では当該塡補の対象となる損害について遅延損害金が生じないものとして取り扱われることとなるが、この被害者と加害者の間の損益相殺的調整に際しての遅延損害金の発生の有無の問題と、本件のような損害賠償請求権を代位取得した保険者と加害者の間の代位請求に際しての遅延損害金の発生の有無及び範囲の問題とでは、場面を異にし、前者の問題の結論が後者の問題の結論に直接影響を及ぼすものではないと解される。

 (5) 原審では弁護士費用相当額についても一部認容すべきものとされているが、弁護士費用相当額の損害賠償請求権は代位によって移転する権利の範囲に含まれず、原告の請求のうち弁護士費用相当額に係る部分は失当であることから、本判決はこの点について論旨の一部を排斥する形で言及したものと考えられる。

 (6) 本判決には、草野裁判官の意見が付されている。本判決の多数意見は、従前の判例(最大判平成27・3・4民集69巻2号178頁、最一小判平成22・9・13民集64巻6号1626頁等)と同様に、不法行為による損害賠償債務は、基本的に不法行為の時に発生し、かつ、何らの催告を要することなく遅滞に陥ることを一応の前提にしていると考えられるが、草野裁判官の意見は、これとは異なり、一つの不法行為に基づく損害であっても、損害費目ごとに遅延損害金の起算日を検討していくべきである旨を論ずるものと解される。

 (7) 本判決は、社会保険給付に関する代位規定に基づいて代位取得した損害賠償請求権に係る債務に対する遅延損害金の起算日について最高裁が初めて判断を示したものであり、その基礎となる考え方は私保険に関する代位規定に基づく代位等についても参考にされるべきものと解されることからすると、理論上も実務上も重要な意義を有すると考えられる。

 

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