特許庁、「歴史・文化に係る商標の保護に関する調査研究報告書」を公表
--商標審査便覧等で保護の取扱いについて適切な整備を求める--
特許庁は2月13日、「歴史・文化に係る商標の保護に関する調査研究報告書」を公表した。
特許庁では、「経済・社会の変化、特に国際化が急速に進展する中で、産業財産権分野における世界主要各国の現状と動向を調査し、我が国にとって適切な産業財産権制度を実現するための施策作りの資料とすることを目的とした調査研究」を実施しており、その成果はHPで公開しているところである。今般、平成29年度研究テーマのうち、「歴史・文化に係る商標の保護に関する調査研究」の報告書を公表したものである。
わが国の商標法上、文化財等の名称や外観等を文字、図形、または立体的形状等により表した標章についての保護に関する明確な規定はなく、また、審査基準等にも定めがないところである。このような標章について商標登録がなされることで、文化財等の名称等に関し、特定人が独占的排他的権利を取得することが懸念されている。国内外の文化・芸術等の交流が活発な現在においては、海外の文化財等を素材とする標章についても同様に取り扱うことが求められている。
そこで、海外における文化財等を表す商標の保護制度や基準・運用を調査し、わが国の事例と比較分析することで、わが国における歴史・文化に係る商標の保護に関する課題の整理および保護のあり方について検討を行うための基礎資料を作成することを目的として、本調査研究が行われた。
報告書によると、本調査研究では、下記のように、①公開情報調査、②海外質問票調査、③専門家ヒアリング調査を実施した。
-
① 公開情報調査
-
文化財等を有し、かつ知的財産法の整備された21の国・地域について、各国の制度、審査基準、審査便覧または審査例に係る拒絶理由や審判例等の運用、裁判例等の調査をした。
-
② 海外質問票調査
-
①の調査対象国のうち、わが国の法制度上の整理に資する事例が確認できた、15の国・地域の法律事務所等に対し質問票を送付し、制度や審査例等についてより詳細な情報を得た。
-
③ 専門家ヒアリング調査
- ①、②の結果を踏まえ、学識経験者および弁理士に対してヒアリング調査を実施し、歴史・文化に係る商標の保護のあり方の整理および分析等に対する専門的な視点からの助言を得た。
また、「モデル事例に関する登録可能性の調査」では、同一の事案に対して、各国・地域でいかなる判断がなされるかについて把握するため、事務局で作成したモデル事例(架空事例)について、海外質問票調査により、登録可能性の有無について質問を行った。
以下では、報告書のうち、「モデル事例に関する登録可能性の調査」と「総合分析」について、概要を紹介する。
○「歴史・文化に係る商標の保護に関する調査研究報告書」の概要
VI モデル事例に関する登録可能性の調査
(1) 絵画に関するモデル事例
《レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』の絵画に関する下記①~③の商標を、指定商品「菓子」について出願した場合》
- ① 絵画そのもの
- ② 絵画に変更を加えてパロディとしたもの(ドーナツを食べている)
- ③ 絵画とXYZ Company(企業名)という文字からなる商標
「絵画そのもの」「絵画のパロディ」「絵画+企業名」のいずれも商標登録できないとの判断であったのは、台湾(識別力の欠如を理由とする判断)、ロシア(文化的な価値に基づく判断)、アンデス共同体(文化的な価値に基づく判断)のみであった。
「絵画+企業名」は登録可能であるが、「絵画そのもの」「絵画のパロディ」は登録できないとの回答は、韓国(識別力の有無に基づく判断)であった。
「絵画のパロディ」「絵画+企業名」は登録可能であるが、「絵画そのもの」は登録できないとの回答は、スペイン(絵画は公共のものだが、パロディで識別力を獲得すれば登録可能との判断)であった。「絵画そのもの」「絵画+企業名」は登録可能だが、「絵画のパロディ」は登録できないとの回答は、中国(社会主義の道徳、風習を害し、またはその他の悪影響を及ぼすとの判断)であった。
一方、米国、欧州、イギリス、ドイツ、フランス、スイス、ベネルクス、中国、オーストラリア、インドの調査対象事務所は、いずれの形態の絵画であっても商標登録可能との回答であった。パロディ化されていない場合や企業名が付加されていない場合であっても、指定商品・役務(菓子)との関係で識別力が生じる点を重視したと考えられる。
(2) 音楽に関するモデル事例
《ベートーベンの著名な楽曲(たとえば『エリーゼのために』)のメロディーの一部のみからなる音商標、または、②上記メロディーの一部に企業名を歌詞として歌にした音商標を、それぞれ指定商品「飲料」について出願した場合》
「メロディーの一部のみ」「メロディーの一部と歌詞」のいずれも商標登録できないとの判断であったのは、中国(顕著性の欠如を理由とする判断)、台湾(出所を示す機能を満たさないとの判断)、アンデス共同体(文化的な価値に基づく判断)のみであった。
音商標としての登録基準を満たしていれば、「メロディーの一部と歌詞」については登録可能であるが、「メロディーの一部のみ」では商標登録できないとの回答があったのは、スペイン(メロディーだけを独占的に使用できないとの判断)、オーストラリア(メロディーだけでは出所表示機能を満たさないとの判断)、韓国(メロディーだけでは識別力がないとの判断)であった。
米国、欧州、イギリス、ドイツ、フランス、スイス、ベネルクス、インド、ロシアの調査対象事務所は、「メロディーの一部のみ」でも商標登録可能な場合があるとの判断であった。ただし、音商標として出所表示機能を有すると判断されて実際に登録が認められるかは、個別の事例における判断になると考えられる。
(3) 建造物に関するモデル事例
《『エッフェル塔』の立体的形状を商標として、指定商品「香水」について出願した場合》
商標登録できない可能性があるとの判断であったのは、中国(周知の形状のため顕著性に欠ける)と、台湾(包装容器の形状と判断され出所表示機能を有しない・出所の誤認を招く)のみであった。
米国、欧州、イギリス、ドイツ、フランス、スイス、ベネルクス、スペイン、韓国、オーストラリア、インド、ロシア、アンデス共同体の調査対象事務所は、いずれも商標登録可能との判断であった。ただし、米国は「識別性に関する証拠の提示をすること」、イギリスは「著作権で対抗されないこと」、スイスは「製品がフランス製であること」を条件として付け加えた。
なお、台湾についての回答では、本件の立体的形状が指定商品「香水」の容器の形状と判断されることに言及しており、韓国についての回答では、指定商品が「プラモデル」であった場合について言及している。立体的形状と指定商品との関係についても、実際の審査においては、具体的に検討がなされるとも考えられる。
IX 総合分析
調査結果からは、文化財等の名称や外観等を文字、図形または立体的形状等により表した標章については、商標法上の規定があり、また、商標法上の規定がない場合でもガイドラインや運用で対応をしていることがわかった。また、これらの出願が拒絶される場合には、識別力の有無に関する判断や、公序良俗に反するか否かの判断がなされることがわかった。わが国においては、4条1項7号に関する審決例等が散見されるが、登録の可否の判断にあたっては、識別力の有無または公序良俗違反の有無に関する判断がなされるものであり、海外の調査結果と同様といえる。
専門家のヒアリング調査からは、わが国の商標制度での運用では、商標法3条1項3号、4条1項7号などの規定の適用が可能であるなど、審査での運用について意見が得られた。一方で、海外の文化財等も考慮した審査がなされることで、出願前の調査の範囲が際限なく広がることや運用次第では、文化財等に関連する標章の登録が困難であると考えて出願を諦める人が出てくる可能性があることなど、実務的観点での懸念も示された。
これらを踏まえて、今後、わが国でも、商標審査便覧等で、文化財等の名称や外観等を文字、図形または立体的形状等により表した標章の保護の取扱いについて、文化財等の保護と標章の利用を希望する者のニーズとの調和の取れた適切な整備がなされることが望まれる。
-
特許庁、歴史・文化に係る商標の保護に関する調査研究報告書(2月13日)
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken_kouhyou_h29/h29_04.pdf -
○ 特許庁、外国知的財産制度に関する調査研究報告-産業財産権制度各国比較調査研究報告書について-
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/zaisanken_kouhyou.htm