最一小判、不動産は、商法521条が商人間の留置権の目的物として定める「物」に当たるとする判断
岩田合同法律事務所
弁護士 鈴 木 友 一
1 概要
最高裁は、平成29年12月14日、不動産は、商法521条が規定する「物」に当たり、商人間の留置権(以下「商事留置権」という。)の目的物になるとの判断を示した(最高裁平成29年(受)第675号同年12月14日第一小法廷判決。以下「本件判決」という。)。
以下、本件の事案の概要とともに本件判決の判断を概観した上で、上記の論点にかかるこれまでの議論と今後見込まれる影響等を簡単に紹介する。
2 事案の概要と本件判決の判断
本件は、生コンクリートの製造等を目的とする会社である上告人が、一般貨物自動車運送事業等を目的とする会社である被上告人に対し、上告人が所有し被上告人に賃貸していた土地につき、賃貸借契約を解除したとして明渡し等を求めた事案である。これに対し、被上告人は、上告人との間の運送委託契約によって生じた運送委託料債権を被担保債権とする商事留置権が成立すると主張して、上告人の請求を争った。
原審は、被上告人が主張する商事留置権の成立を認めた。これに対し、上告人が、不動産は商法521条が定める「物」に当たらず、原審の判断には法令の解釈適用の誤りがあると主張して上告した。
最高裁は、民法の規定が「物」を有体物である不動産及び動産と定めた上で(民法85条、86条1項、2項)、留置権の目的物を「物」と定め(同法295条1項)、不動産を除外していないこと、商法の規定も留置権の目的物を「物又は有価証券」と定め(商法521条)、不動産を除外することをうかがわせる文言がないこと、不動産が商事留置権の目的物となり得ることは商法521条の趣旨にかなうものであることなどを理由として、不動産は同条にいう「物」に当たるとし、上告人の上告を棄却した。
3 これまでの議論
本件の争点である、“不動産が商法521条にいう「物」に当たるか否か”(図中の要件④)については、従前から学説・裁判例ともに見解が分かれていた。
法律の文言上は、不動産も「物」に含まれ、商事留置権の目的物になるとみるのが自然であり、これを除外する解釈というのはたやすく採り得ない。一方、商事留置権は、競売手続を通じた売却によっても消滅せず、買受人がその被担保債権を弁済する責任を負う(民事執行法59条4項)。にもかかわらず、被担保債権と目的物との間で牽連性(目的物に関して被担保債権が生じたこと)を必要としない上、これを公示する制度もない。そのため、不動産に商事留置権を認めると、競売手続において買受人が不測の損害を被るおそれがあり、抵当権者の優先権も事実上失われ得る。こうした制度間のバランスを考慮し、文言上の解釈の困難性を踏まえてなお、不動産は商事留置権の目的物たり得ないとの見解も有力であった。
[商事留置権の成立要件]
4 本件判決の射程と影響
今回、最高裁が、不動産が商法521条にいう「物」に当たると明確に判示したことにより、この争点(図中の要件④)にかかる議論は決着したといってよい。
もっとも、本件判決により、不動産を目的物とする商事留置権の成否をめぐる紛争が一挙に解決されるかというと、そのようには考えにくい。この種の紛争の典型的な例として、建物建築の請負人がその報酬請求権を被担保債権として建物の敷地につき留置権を主張し、敷地の買受人や抵当権者等がこれを争うという類型の事案がある。この類型の事案では、上記の争点(図中の要件④)に加え、たびたび、請負人が同敷地を占有しているといえるか否か、注文者との間の商行為たる請負契約に基づく占有といえるか否かなど、留置の目的物の占有にかかる要件(図中の要件⑤)が争われる。他方、本件は、前述のとおり、被上告人が賃貸借契約に基づいて上告人が所有する不動産を占有していたこと自体は明らかな事案であり、本件判決はこの要件に関して特に判示していない。この留置の目的物の占有にかかる要件が争点となり得る事案に関しては、今後も議論が続くと考えられよう。
本件判決の判断は、不動産関連の取引を行っている当事者間の債権回収不能リスク、不動産の担保価値等を左右し、この種の取引を行う事業会社、不動産を担保として融資を行う金融機関等の企業活動にかかる判断に広く影響を及ぼし得るものである。しかし、上記のとおり、本件判決の射程については慎重に見極める必要があり、各企業においては、引き続き同種事案に対する下級審の判断の動向を注視すべきであろう。
以 上