◇SH1673◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(50)―掛け声だけのコンプライアンスを克服する① 岩倉秀雄(2018/02/27)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(50)

―掛け声だけのコンプライアンスを克服する①―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、経営者がコンプライアンスに理解があるが、組織成員が何らかの理由により主体的にコミットできない場合に組織がとるべき施策について考察した。

 今回から、複数回に分けて、(あってはならないことだが現実にはまだあると考えられる)経営者が本音ではコンプライアンス経営に理解を持っていないために、掛け声だけのコンプライアンスになっており、そのために組織成員に「やらされ感」が発生している場合に、どうしたら良いかという最も難しいテーマについて考察する。

                           

【掛け声だけのコンプライアンスを克服する①】

1. 筆者の基本的視点

 組織文化の革新は、一般には、経営トップがその気にならなければ実行できない。

 コンプライアンス経営やCSR経営の価値観を経営トップが本気で評価していない場合に、組織文化にその価値観を浸透・定着させることは困難であるが、ハードロー・ソフトローのパワーにより、経営者を(その本音とは別に)、無理やりコンプライアンス・CSR経営に向かわせることは、完全ではないがある程度可能であると思われる。

 その意味では、会社法、金融商品取引法、上場規定、コーポレートガバナンスコードやスチュワードシップコード等は一定の効果が見込めると思われるが、本稿では、制度面の考察ではなく、組織論のパワー(影響力)の概念をベースに、組織(経営者)のステークホルダーによる、パワー(影響力)の行使をどうするべきかという視点から考察する。

 一番シンプル(そうに見えるが現実には難しい)な方法は、コンプライアンス・CSR経営の価値観を重視する者が経営者になることであり、経営者候補の選定基準にコンプライアンス・CSR経営の価値観の有無を明示して厳格に運用することである。即ち、組織を危機に陥らせないために必要な経営者の倫理観を前提に、経営手腕を持つ者を経営者候補に選定するべきだと考えるが、現実には、必ずしもそうなっていない。

 そのため、経営トップ主導の不正や経営トップが知りながら不正を放置することによる組織不祥事がたびたび発生している。

 現実の経営者候補の選定では、経営者候補の価値観(含倫理観)よりも、利益を増大させる手腕があるか、組織の主流の事業経験があるか、現在の経営者と良い関係を持っているか、得意先や株主、金融機関、行政等に受けが良いか、組織の他のメンバーと関係が良いか、新しい事業を開発できるか等が重視され、不祥事が発生し経営危機に対応しなければならない場合以外には、倫理観を第一に問われることは少ないと思われる。

 そのため、本音ではコンプライアンス・CSR経営に理解のない経営者が選任される可能性は十分にあり得ると思われる。(これは、筆者が、経営者候補の教育には「経営倫理教育」が必須であると考える理由でもある。)

 

2. パワーの定義と特性

 筆者は、1. の考察の基本的視点として、ステークホルダーによるパワー(影響力)を活用して、経営者をコンプライアンス・CSR経営に向かわせると述べた。

 本稿では、まず、パワーの概念をL.トレーシー[1]と山倉[2]を基に確認したうえで、それを踏まえた具体的施策を考察する。

(1) パワーの定義

 パワーとは、「他のシステムに影響を及ぼす能力、可能性[3]」であり、人やシステム(組織)は相互にパワーを所有するが、その差がパワーの純効力になり、一般的な意味では、「パワー資源を過剰に所有しコントロールすること[4]」がパワーの活用である。

 また、山倉によれば、パワーとは、「他の抵抗を排してでも自らの意思を貫き通すことのできる能力であり、自らの欲しないことを他から課せられない能力のこと[5]」でもある。

(2) パワーの特性[6]

  1. ① パワーは、ただ存在するだけであり、影響を及ぼすためには誰かによって行使されなければ効果を発揮しない。即ち、AもBも相互にパワーを所有しているが、それを行使して相手に影響を及ぼそうとしなければ、影響力を発揮しない。
  2. ② パワーはAもBも相互に所有しており、AとBの持つパワーの差がパワーの純効力になる。例えば、AがBにパワーを行使しようとすると、Bは対抗パワーを発揮してそれを拒む、あるいは互いに接触しながらパワーを行使するかもしれない。
  3. ③ パワーは、相手がそれを知覚しなければ影響力を発揮しない。例えば、大金の価値は、子供にはその価値がわからないのでほとんど影響力を発揮しない。情報は、その価値を知覚する人には影響力を発揮するが、その価値をわからない人には影響力を発揮しない。
  4. ④ パワーの本質は、資源の所有あるいはコントロールにある。

 今回は、筆者の考察の基本的視点とキー概念であるパワーの定義と特性について述べた。次回からは、パワーの特性を踏まえて経営者に影響力を行使するための具体的な施策について考察する。

 


[1] Lane, Tracy. (1989) ”THE LIVING ORGANIZATION: Systems of Behavior“ (廣井孝訳)『組織行動論――生きている組織を理解するために―』(同文館出版、1991年)

[2] 山倉健嗣『組織間関係――企業間ネットワークの変革に向けて』(有斐閣、1993年)

[3] L.トレーシー・前掲[1] 151頁

[4] L.トレーシー・前掲[1] 153頁

[5] 山倉・前掲[2] 44頁、75頁

[6] L.トレーシー・前掲[1] 152頁~174頁

 

 

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