◇SH3122◇弁護士の就職と転職Q&A Q114「法律事務所で6月のボーナスは支払われるのか?」 西田 章(2020/04/27)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q114「法律事務所で6月のボーナスは支払われるのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 事務所の移籍を検討するアソシエイトから、転職時期について「6月に現事務所で夏のボーナスをもらってから移籍したい」という希望を聞くことが増えています。アソシエイトの立場からすれば、「先が見えない、こんな時期だからこそ、もらえるものだけはきちんともらっておきたい」という気持ちを抱くことは理解できます。ただ、ボーナスを支払う側である事務所経営者の立場に身を置けば、「こんな時期だからこそ、『死に金』を支出できない」という事情も存在します。そして、コロナ禍の出口が見えない日々が続くにつれて、中小企業たる法律事務所における「資金繰り懸念」の深刻度も高まっていきます。

 

1 問題の所在

 法律事務所では、通常、中期経営計画など作られることはありません(他人資本を入れるわけではないので出資者への説明責任を果たす必要もありません。あるとすれば、オフィス移転時の敷金・保証金を確保する銀行借入れ時に、鉛筆をなめて事業計画を作文することがある程度です)。マネジメント能力がなくとも、「弁護士の腕」さえ良ければ、「事務所を拡大したら、自然と仕事も増えた」という、出たとこ勝負の楽観主義的経営で事務所を拡大させることができる時代が続いてきました。そんな業界でも、今、「キャッシュ・イズ・キング」を痛感する経営者が増えて来ています。

 法律事務所におけるアソシエイトの採用は、口頭の合意で済まされることが多いです。また、アソシエイトとの間で契約書を交わすときでも、(雇用契約でないことを明確化するために)業務委託名目が主であり、賞与が確定的に支払われるような条項は見かけません。でも、だからといって、「ボーナスを支払う慣行がない」というわけではありません。会社員の例に倣って、6月や12月に、数ヵ月分の報酬相当額のボーナスを支払う事務所は数多くありました。特に、ここ数年間のアベノミクスによる好景気時には、一流の人材を集めようとする企業法務系事務所では、ボーナスが当然のように支給されており、それが人材の引き留め策を兼ねていました。その実績を踏まえて、アソシエイトの側では、未だに「6月には、当然、慣例通り、ボーナスが支払われるはずである」という希望的観測が維持されているように思われます。

 ところが、リーマンショックを知る経営者側には、そのような楽観は存在していません。業績をいつ回復できるのかすらわからない現状では、「売上げが回復しない期間をコストを抑えて耐え忍ぶこと」が経営の最優先課題となります。実際、仕事の減少による人員の余剰感は、「不満があるアソシエイトにはやめてもらって構わない」という空気を醸成し始めています。そのため、ワンマン経営の事務所においては、「業績が落ち込んだ以上、ボーナスは払えない」という、シンプルな決断も視野に入ります。他方、一定規模を備えた共同経営事務所においては、「ボーナス不払いが事務所のレピュテーションを傷つけることはないか?」「景気回復後の採用に悪影響を残さないか?」といった慎重派のパートナーとの議論が交わされて、中間的な解決策が模索され始めています。

 

2 対応指針

 アソシエイトへ支払うボーナスの原資を確保するために、パートナーに対して「個人資産の取り崩し」や「個人名義での借財」まで求めるのは非現実的です。そこで、実際には、以下のような中間的な選択肢が検討されています。

 まず、検討対象となる選択肢は、「2020年は、夏のボーナス支給を保留して、冬に一括して支給する」という「時間稼ぎプラン」です。先送りしたところで、「冬まで問題が継続したら?」という疑問も浮かびますが、「そこまで来たら、さすがにアソシエイトも危機感を共有してくれているだろう」という期待も込められています。

 また、「これを機に、報酬体系や人事制度を見直そう」という動きもあります。ボーナスの不払いだけでは、一方的にアソシエイトに不利益になってしまうために、アソシエイトの側にあらたな経済的インセンティブも同時に与える制度改革が検討されます(個人事件を受け易くする手法だけでなく、パートナー昇進基準を明文化して、アソシエイトに中長期的なコミットを期待することもあります)。

 なお、アソシエイト数が過剰であると感じる経営者は、ボーナスの支給先を「事務所に残ってもらいたいアソシエイト」に限定する方法(他のアソシエイトに対する事実上の肩叩き)の妥当性を検討することもあります(が、転職市場では「優秀な人材から売れていく」ために、経営者の期待に反する結果を招くかもしれません)。

 

3 解説

(1) 支払留保による時間稼ぎプラン

 アソシエイトの中には、「飲食店や観光業は大打撃を受けているが、うちの事務所は業務を継続しており、相変わらず仕事は忙しい」ことから、「稼働に見合ったボーナスをもらう権利が当然にある」と楽観視している人が少なくありません。

 しかし、事務所経営的には、「稼働時間」に比して回収できる金額の割合は下がってきています。チャージしやすい危機管理業務やトランザクション業務は止まり、紛争案件が増えてきています。紛争系は、不景気時には交渉が長期化して、「手離れ」が悪くなる傾向があります。そのため、経営者としては、「入金が滞っている以上、ボーナスの支払いも一旦は控えたい」というのがホンネです。現在、経営者が抱える悩ましさは、「いつ出口が見えるかわからない」ところにあるため、「とりあえず、手許現金を留保しておきたい」と考えて、「冬までに感染症対策が山を越えて、売上げ回復の兆しが見えたならば、夏のボーナス相当額も含めて支払いたい」し、「万が一、冬になっても、回復の兆しがなければ、それこそボーナスを支払う余裕はない」ことが明らかになるため、「判断を留保できる」という選択肢は魅力的です。

 また、今は、アソシエイトが転職活動や独立準備を控えさせられる時期でもあるため、仮にアソシエイトがボーナスの支払留保に不満を抱いたとしても、すぐに転職・独立されてしまうリスクは高くはありません。そう考えると、「ボーナス支払留保」は、経営者にとって、魅力的な選択肢に見えてきます。

 ただ、留保された側のアソシエイトの記憶には(すぐに不満を表すことがなくとも)「自分が勤めている事務所は何かあれば、アソシエイトへのボーナスの支払いを留めるような先だ」という事実が強く刻まれることになります。

(2) 報酬体系や人事制度の見直しプラン

 好景気時には、歩合給型事務所の経営陣は、「固定給ならば、アップサイドを事務所が内部留保できるのに、歩合給ではすべてアソシエイトに還元しなければならない」と、固定給型事務所を羨ましく思っていました。これが不景気に転じて、今度は、固定給型事務所が「うちも歩合給にしておけば、ボーナス支給の有無や固定給の引き下げで悩む必要がなかったのに」と後悔する時期を迎えています。

 コロナ禍が、もはや一過性のものではないとすれば、しばらくは続く売上げ低迷にも耐えられるように、歩合給を組み入れることができないかどうか、その実現可能性を検討する先も現れています(もっとも、歩合給制度は、タイムチャージ方式でのリーガルフィーを満額回収できることが原則となるため、ディスカウントをしたり、旧弁護士会報酬規程(着手金+報酬金)も併用する先では貢献度を測定しづらいという課題を抱えています)。

 これまでの慣行に反して、6月のボーナスを支給しないならば、アソシエイトに対して、「ボーナスとは別の形での収入を得る道筋を設けてあげるために、個人事件を解禁すべきではないか」とか「個人事件で得た報酬のうち、事務所に納める経費を減免すべきではないか」という議論が現れています。

 ただ、個人事件については、これを「収入を補うためのアルバイト」と位置付けられるよりも、できれば、「将来のパートナー」として活躍するために自分で案件を回す訓練又はビジネスデベロップメントとして捉えてもらいたい、というのが経営側の希望です。そうだとすれば、最終的にアソシエイトに期待することは、(アソシエイトとしてボーナスの不払いを我慢してもらうことではなく)「将来のパートナーとして、事務所を永続的に運営させるための仕組みを(経営者目線で)一緒に考えてもらいたい」という点にあります。そのメッセージを伝えるためには、パートナー昇進に関するルールをこれまで定めて来なかった先でも、これを明文化してパートナー候補に示す機会にすべきではないか、という意見が出始めています。 

(3) アソシエイトの不平等取扱い

 法律事務所の経営者は、アソシエイトへのボーナスの支払いに対して、「次世代の事務所を担うことが期待される優秀な人材への投資」という期待が強いために、ホンネベースでは、「いずれいつかのタイミングで辞めていくアソシエイトにまで無理して支払いたくない」というのが率直な気持ちです。

 実際、仮に、一部のアソシエイト(=パートナー候補)にだけボーナスを支給し、他のアソシエイトへの支給を見送った場合、支給を見送られたアソシエイト群は「自分たちは二軍である」ことを認識させられて、所外でのキャリアを模索し始めることになるでしょう。ただ、悩ましいのは、「ボーナスの支給を受けたアソシエイトが『自分はパートナーから期待されているので、もっと事務所のために頑張りたい』というモチベーションを高めてくれるか?」と言えば、必ずしもそうはならないところにあります。むしろ「自分もいつ二軍に落とされるかわからない」という不信感を抱くだけかもしれません。事実、「転職のしやすさ」からすれば、「優秀な人材ほど、他事務所や他社からもオファーを得やすい」ために、結果として(ボーナスで優遇されるような)優秀な人材から転職していく、ということも十分に想定されます。とすれば、ボーナスの支給に差をつけるよりも、端的に「パートナー昇格の内定を出して、パートナー昇進後に見える景色を覗かせること」のほうが重要のように思われます。

以上

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