◇SH3159◇弁護士の就職と転職Q&A Q117「不況下で企業法務系キャリアを目指すセカンドベストの就職先は?」 西田 章(2020/05/25)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q117「不況下で企業法務系キャリアを目指すセカンドベストの就職先は?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 米国では、3月下旬に失業手当の申請件数が過去最高を更新して、4月には過去最悪の失業率の状況に陥っており、大手企業の経営破綻のニュースも報じられています。日本でも、観光業や飲食店、アパレル等を中心に倒産申立てや廃業件数が増えており、大企業にも採用活動を停止する動きが見られます。そんな中、延期された司法試験に挑む今年の受験生には、合格後のキャリアに対しても不安が広がっています。

 

1 問題の所在

 伝統的に言えば、「士業」の代表格である弁護士を目指す学生は、「一国一城の主」を目指す傾向が強く見られました。しかし、法科大学院制度が創設された後の成績優秀層には、企業をクライアントとする分野が知的好奇心を刺激する業務として、かつ、成功時の経済的リターンが大きい職業として高い人気を誇っています。また、企業法務系の法律事務所でも、優秀な人材を早期に確保するために、司法試験実施直後の6月に採用活動の最初のピークを迎えるスケジュールが存在しました。ところが、今年は、新型コロナウイルスの感染拡大により、司法試験の日程が延期されただけでなく、法律事務所側でも、今後の業務量の見通しを立てられない中で、感染症対策と両立した新人教育を行うことへの準備不足もあり、例年通りのスケジュールでは採用活動をできなくなっています。そのため、成績優秀の受験生でも、第一志望の事務所からの内定を得ることは難しくなることが想定されます。

 採用側のうち、これまで意中の候補者の獲得に苦労してきた事務所にとっては、「他の事務所が採用を控える今年は、良い受験生を確保できるチャンス」という見方もできますので、これに応じて、受験生の側でも、「第一志望が難しいならば、似たような業務を取り扱う事務所の中で、少しランクを落とした事務所も志望先に含めるべき」という考えにも陥りがちです。ただ、「10年後に市場価値のあるパートナーを目指す」という視点でキャリア設計を考えた場合には、「第二志望以下に、第一志望の劣化版を据えること」はお勧めできません(ハードロック愛好家的な表現を用いるとすれば、Led Zeppelinの後継バンドを求めて、Kingdom Comeに行き着いても「似て非なるもの」という印象を拭えなかったり、Aerosmithを聴きたい時に、Faster Pussycatを聴いても代わりにはならないようなものです)。転職市場においては、「本家が劣化版から人を採用すること」はありません。むしろ、「別分野において一流と評価されること」のほうが経験弁護士としての市場価値を高めてくれる可能性を感じさせられます。

 

2 対応指針

 別の入口から、企業法務系事務所へのキャリアを考える場合には、(1) 裁判官や検察官を経由する方法、(2) 一般民事系事務所を経由する方法、(3) 企業を経由する方法が考えられます。

 不況下では、パブリックセクターへの就職人気は高まりますので、任官志望を示す際には、(腰掛けではなく)「この職業で社会貢献と自己実現を図りたい」という、留保のない意欲を示すことは重要です(企業法務に役立つ経験を積もうなどとケチなことを考えずに、「任官時にしかできない仕事をすること」に集中するほうが結果的に企業法務に転向した後に得意分野を形成することに役立ちます)。

 また、一般民事系事務所の中では(薄利多売型でなく)多大な時間を投じて没頭できる事件もいくつか抱えられる先を選ぶことが望まれます(小遣い稼ぎのために個人事件をすることはお勧めできません)。

 企業への就職先を選ぶ場合には、社内の法務畑の先輩から学べる環境を重視する考え方もありますが、法務の層が薄いフラットな組織で、経営陣と直接に議論してリスクをとった経営意思決定をサポートできる立場を担うことができれば、将来につながる経験と人脈を得られそうです。

 

3 解説

(1) 任官

 一般論で言えば、不況下においては、民間に投資余力が乏しくなるため、パブリックセクターのほうがやりがいのある仕事が増える傾向があります。また、ジョブ・セキュリティという面でも、就職先としてのパブリックセクターへの人気は高まります(司法関係では、東京高検検事長が不祥事で辞職した事件による検察官イメージは低下したかもしれませんが、仕事のやりがい自体が損なわれたわけではありません)。

 現実にも、裁判官や検察官出身で、企業法務で活躍する弁護士はたくさんいますので、キャリアとして「いずれは弁護士に転身すること」を想定して、任官することも十分に考えられます。ただ、それはあくまでも「結果論」であって、選考に際しては「自分が社会に役立てる仕事があるならば、定年まで勤め上げる」のをベスト・シナリオと位置付けられる程度まで「仕事のやりがい」を自分なりに腹落ちさせて臨むべきです(実際、「自分を要らないと評価されたならば、いつ辞めても構わない」と開き直った姿勢で仕事に取り組むことが、結果として、組織内での信頼を勝ち得て将来を嘱望される存在になることもあります)。

 なお、結果的に、弁護士に転身することになった際に「法律事務所しか経験していない弁護士」と差別化できる要素は、「任官時の経験」です。そのため、「任官しながらも、将来の転身に備えて企業法務に近い仕事をしておきたい」などとケチなことを考えずに、「任官時にしかできない業務」に専念すれば十分です。

(2) 一般民事系事務所

 一般論としては、「企業法務系事務所から一般民事系事務所への転職はあるが、その逆は難しい」と言われています。これは、別に「企業法務が高度で一般民事が平易」という上下関係があるわけではなく、修行期間の長さや求められるスキルの違いから生じるものです(一般民事のほうが独り立ちするのが早く、早期に、自分流のスタイルで裁量をもって仕事を受けるようになってしまうために、企業法務系事務所のパートナーに対して「一般民事で独り立ちした若手を、事後的に指導して当事務所のクライアントが求めるスタイルに矯正するのは難しい」と警戒させてしまうことが主な理由です)。

 ただ、「労働者側代理人から使用者側代理人へ」という風に同種事件の立場を変えて関わることがありうるなど、紛争系では「相手方の手の内を知っておくこと」が有効な場合もあります。また、消費者側の依頼者の相談を受けていた経験が、当局の任期付き公務員への道を開き、規制当局での経験と人脈を携えて、任期明けに企業法務系事務所に転じるキャリアもあります。

 一般民事系事務所は、ビジネスモデルとしては、「インターネットを用いて集客する」「同種事件についての多数の相談を受ける」という薄利多売型を目指しがちですが、定型的に事件を処理して件数をこなす業務スタイルは(事務所経営的には効率的でも)弁護士のキャリアとしてはコモディティ化してしまうおそれが存在します。むしろ、依頼者の主張が通説・判例に反するような「負け筋」と見えるような事件において、当方に正義があることを時間をかけて主張を尽くした経験のほうが、採用側にとって「聞くに値する経験」と評価してもらえる可能性を生みそうです。

(3) 企業

 法務専門職の就職先として「適切な企業はどこか?」を考えた場合には、「法務部の人数が多くて、指導してくれる先輩がたくさん居る先」が望ましいと言えそうです。ただ、「一流の法律事務所の生え抜きアソシエイト」を競合者として比較されることを考えた場合には、一流事務所側からは「どんな立派な企業法務部の教育指導でも、うちの事務所でのOJTには劣る」と言われてしまいそうです(企業で実際にどれだけの教育がなされているかという実質論とは別に、ローファーム側の自負の問題として)。

 そういう意味では、企業を入口にしてしまうと、「法律事務所で優秀なアソシエイトになること」を目指すのは難しくなることは認めざるを得ません。しかし、「法律事務所における優秀なパートナー」は、アソシエイトからの延長線上にあるわけではありません。アソシエイトの評価軸が「与えられた業務を処理する能力」に置かれているとすれば、パートナーの評価軸は「案件を引っ張ってくる能力」です。つまり、「アソシエイトを評価するのは、パートナー」ですが、「パートナーを評価するのは、クライアント」と言えます。

 企業に入ることで、「法律事務所でアソシエイトとして働いている同世代弁護士には得られない経験」を獲得したいと願うならば、経営陣と直接にコミュニケーションを取れる立場に身を置くこと、そして、経営意思決定を支えるための理論武装をする仕事を積み重ねることが効果的です。それを狙うならば、人材の層が厚く、社内の先輩から、書面作成等の指導を受けられる環境よりも、若手でも経営陣からの相談を直接に受けられるようなフラットな組織のほうが向いている、とも考えられます。

以上

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