◇SH2639◇弁護士の就職と転職Q&A Q84「事務所選びを『先輩アソシエイトの優劣』で決めてもよいか?」 西田 章(2019/07/01)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q84「事務所選びを『先輩アソシエイトの優劣』で決めてもよいか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 6月頭から始まった大手法律事務所の新卒採用活動にも一区切りが付きました。今年の就活では、「なぜ分裂が起きたのか?」といった事務所経営面に関する関心を示す受験生に対して、リクルート担当のアソシエイトがその懸念を解消させられるような応答ができるかどうかが問われる場面も見られました。

 

1 問題の所在

 人材紹介業をしていると、新卒だけでなく、第二新卒の採用活動でも、「優秀で人柄の良い、先輩アソシエイトの存在」が内定を受諾してもらうためにきわめて強力な武器になっていることを感じさせられます。確かに、ジュニア・アソシエイトを見れば、「自分も、この事務所に入れば、2〜3年後にこういう風に働くのだろうな」というイメージを思い描かせてくれます。また、官庁や公的機関への出向にも漠然とした興味を抱く受験生にとってみれば、実際にそういう先での勤務経験があるシニア・アソシエイトの話を聞かせてもらえたら、「やはり、出向にはそんなメリットもあるのか」「専門性を磨くのに役立ちそう」という期待を膨らませることにも役立ちます。

 先輩の話を聞いて想像を膨らませること自体は、情報収集の一環としての意義があることは否定できません。但し、どこまでそれに依拠して進路選択をすべきか、という点については、もう少し慎重に考えてみる必要がありそうです。実際にも、人材紹介業者としては、現にリクルートを担当しているアソシエイトからも、自身の転職相談を受けることがあります。相談者らは、一方では、後輩を現所属事務所に勧誘していながら、他方では、自らは、現事務所を脱出する計画を進めているのです。中には、「自分が、リクルート担当として、前の事務所に誘った後輩の転職相談に乗ってやってもらいたい」「自分が勧誘しておきながら、彼/彼女が入所する前に自分が転職してしまったことに申し訳なさを感じている」という理由で、後輩の転職相談者を紹介されることもあります。

 また、「出向経験談を聞く」という情報収集で得られた印象も、どこまで進路選択において重視すべきかわかりません。同じ組織への出向であっても、担当する業務や上司によって得られる経験は区区ですし、それを出向後のキャリアに活かせるかどうかは、事務所内外における「重複する専門分野の競合者の存在」にも大きく依存します。そもそも論として、「本業たる弁護士業務でどのような修行を積むべきかを差し置いて、出向経験を重視すべきか?」という問題も存在します。

 

2 対応指針

 法律事務所選びに際して、「先輩アソシエイトがどんな人間か?」を参照することは有益ですが、「良さそうな先輩アソシエイトがいること」を決定的要素に置くことはお勧めできません。「尊敬できる先輩がいるかどうか?」はあくまでも、パートナーを対象として探すべきです。

 「会社」であれば、全従業員一丸となってひとつの商品又はサービスを販売することになっているため、「数年先の先輩」を見て感じた「会社のカルチャー」を信じて進路を決めるのも「あり」です。しかし、プロフェッショナル・ファームにおいては、クライアントに対して責任を持ってリーガルサービスを提供しているのは、パートナーです。アソシエイトは、パートナーの庇護の下で弁護士業務を営む存在であり、あくまでも「アソシエイトの立場」で物事を見て、職務として就活生に対して応接しているに過ぎません。

 ただ、「尊敬できない先輩アソシエイト」がいると、事務所における日々の居心地は悪くなりますし、自己の成長を阻害する要因にもなりかねません。そのため、「こんな先輩アソシエイトがいる先には入所したくない」という消極的判断は合理的なものとして理解できます。

 

3 解説

(1)「会社選び」との違い

 「会社」は、そこで働く従業員が一丸となって、商品又はサービスを製造・販売しています。ここには、「その会社特有の文化」が形成されており、人材育成にも一定の方針が定められています。

 これに対して、法律事務所に代表される「プロフェッショナル・ファーム」は、どれだけ大きくなったとしても、そこで提供されるリーガルサービスは、パートナー単位で行われています。事務所の規模は、商店街の規模(さらに言えば、ラーメン横町に軒を連ねる店の数)に近いものがあります。クライアントも、「商店街」「ラーメン横町」のブランド名だけでなく、「このパートナーを信頼しているか?」という視点で外部弁護士を選んで仕事を依頼しています。

 また、会社であれば、労働法上の制約もあり、原則として、入社した人材は定年まで勤務し続けることが想定されています(少なくとも、会社の側から解雇する自由はありません)。これに対して、法律事務所は、「アソシエイトとして採用したこと」は、「パートナーとして事務所のメンバーに迎え入れること」を意味しません。その視点から、「アソシエイトを見て、就職する法律事務所を決める」というのは、「アルバイトや非正規雇用の社員を見て、就職する会社を決める」というのと同じ位に奇異なことである、と考える弁護士もいます。

(2) シニア・アソシエイトの立場

 ディールや大規模調査等のプロジェクト案件であれば、クライアントから案件を依頼されたパートナーの下に、シニア・アソシエイトが番頭役となってチームを作り、ジュニア・アソシエイトは、シニア・アソシエイトから指示を受けて作業をする、といった風に階層化された業務分担が行われます。そういった場面では、入所直後に、自分のリサーチ結果にアドバイスをしてくれたり、起案したメモやレポートをレビューして添削してくれるのは、シニア・アソシエイトが主になります。そのため、リサーチやドラフティングに関する技術面の直接の指導者は(パートナーよりも)シニア・アソシエイトであると言えそうです。

 確かに、シニア・アソシエイトを見ていれば、「どうすれば、優秀なアソシエイトになれるのか?」のお手本に触れることができます。ただ、それだけでは、「自分がどんなパートナーになりたいのか?」の検討は深まりません。弁護士人生の「山場」を、「自ら、クライアントからの信頼を直に受けて、自らの裁量で案件をハンドルするパートナー時期」に置くとするならば、そのロールモデルは、パートナーとしての責任を負って働いている先輩に求めるべきです。

 現実にも、「良き兄貴分」としてジュニア・アソシエイトから慕われていたシニア・アソシエイトに対して、後輩からの評価が「パートナーになったら変わってしまった」として下がることも多々あります。それに対して「パートナーになると見える景色が変わる」などという説明が付されるように、(単なるリーガルサービスの作業面を担当するだけでなく)「クライアントに対する責任」や「事務所の経営責任」も踏まえた上での行動に信頼を置ける先輩を探すことが望まれます。

(3) ネガティブ・チェック

 「数年上の先輩アソシエイト」だけに惹かれて、事務所を選んでしまうと、あとからそれを後悔することがあります。ただ、現実には、「先輩アソシエイトが酷い人物であるために、もうこれ以上、この事務所での勤務を続けられない」という転職相談も多数受けるところです。極端な例でいえば、「ミスがあったときに責任をジュニアに押し付けてくる」とか「ジュニアの仕事の手柄を、シニア・アソシエイトが取り上げる」といった、人間性を疑うような事例を耳にすることもあります。

 また、そこまで行かなくとも、2〜3年の経験年数の違いは、ジュニア・アソシエイト時代には大きな差ですが、パートナーになってしまったら、その差は埋まってしまい、同一分野を扱う以上は、「競合者」たる色彩を帯びてきます。そのため、「自分と競合しそうな後輩のパートナー昇進を阻もうとする先輩がいるために、将来が不安である」という相談を受けることもあります。

 このような事例を踏まえてみると、「尊敬できそうにない先輩アソシエイトがいる」というのは、「その事務所を選ばない理由」としては合理性があるように思われます。

以上

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