弁護士の就職と転職Q&A
Q123「アソシエイトの人事評価は稼働時間の長さで測るべきか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
新型コロナウイルスの感染症対策として在宅勤務が広がるのに伴い、「オフィスに来て仕事をしているフリをしていただけの社員が不要になる」「日本企業でも成果主義が広まる」という主張を見かけるようになりました。法律事務所においても、在宅勤務をするアソシエイトの間で、「稼働時間の格差」が広がっています。新人弁護士には、月次で300時間を越える稼働をしている人もいれば、100時間に満たない人もいます。実際、パートナーには「優秀なアソシエイトだけを使いたい」という傾向があり、かつ、タイムチャージベースの業務では、稼働時間が直ちに売上げに結び付くため、人事評価の指標として稼働時間を参照すること自体には合理性があるように思えます。ただ、「採用市場」においては、「長時間労働を奨励するような事務所が優秀な人材を獲得できるか?」という問題も生じています。
1 問題の所在
プロフェッショナル・ファームは、「多数の優秀なアソシエイトがハードワークを伴う仕事の成果を競い合って、その中でも、特に優秀と認められた者だけがパートナーに昇進して、選別に漏れた者は去っていく」という人事モデルで、質の高いサービスを維持することができる、と考えられてきました。日本においては、「弁護士」という職業が、「文系最高峰の学生」が「組織に縛られずに働きたい」と願って目指すキャリアの理想型であったおかげで、一流の企業法務系事務所に就職してパートナー競争にエントリーする人材プールが形成されていました。
そして、一流事務所においては、アソシエイトが「1年目から稼働時間のタイムチャージ金額が1億円を突破した」などと言われることを賛辞として受け止めて、「同期最速のパートナー昇進」を目指してハードワークに取り組んできました。大量の新人を採用して、一緒には働く機会のないアソシエイトが所内に増えてくると、人事評価においては(実際に仕事をした経験に基づく定性的評価よりも)稼働時間のほうが客観的指標として利用しやすいという事情も生じていました。このような競争を勝ち残って来たパートナー層が、後輩に対しても「昔の自分のように優秀なハードワーカー」を求めて採用活動を行うことは自然なことです。
ただ、現在の司法試験が、このようなパートナーの期待に応えられるような人材を惹き付ける魅力的な制度になっているか? と言えば、疑問の余地があります。現代の「文系最高峰の学生」がチャレンジをするとすれば、予備試験よりも、起業のほうに魅力を感じそうです。また、法科大学院進学組には、「じっくり法律を勉強しておきたい」「資格を取って下支えのある安定したキャリアを送りたい」という傾向の学生が数多く見られます。時代の変化を受け入れるならば、法律事務所のパートナー層は、事務所の次世代を担う後輩弁護士に対して「昔の自分みたいな奴が自分と同じようなキャリアを歩むこと」を期待すべきではないのかもしれません。
2 対応指針
リモートワークの導入を契機として、アソシエイトは「オフィス滞在時間の長さ」を競う必要がなくなりました。今後は、これを更に一歩進めて、「ハードワーカー型」をパートナー候補者の類型の一つに過ぎないものとして、それ以外の類型も開拓していくことが望まれます。
まず、修習期に基づいた画一的な時間軸(弁護士経験年数)でアソシエイトを評価する発想を捨てて、各アソシエイトのライフプランに応じて設定された成長スケジュールへの達成度合いに基づく評価を行うことが考えられます。
また、チームで業務を行える体制を整備して、スタープレイヤーだけでなく、サポート/アシスト役にも長期的に働ける居場所を設けることが考えられます。
そして、パートナー審査については、パートナー会議での各議決権者の裁量(「好き嫌い」を含む)に基づく自由投票による多数決を採用するのではなく、「候補者がパートナー昇進要件を満たしているかどうか」を、できる限り客観的に審議する場にする工夫が考えられます。
3 解説
(1) 修習期別の相対評価の廃止
企業法務系の事務所には、往々にして、「このグループのこの修習期のエースはこの人」、「次に、この人とこの人が続く」というような序列が存在しがちです。これには、「全アソシエイトは、1日24時間、1年365日のすべてを捧げて、パートナー競争に参加するべきである」という価値観が根底に潜んでいます(かつては、「毎晩10時になると、パートナーが帰宅したアソシエイトがいないかどうかを確認するために所内を見回りする」という事務所もありました)。しかし、アソシエイトにはそれぞれの人生があり、結婚や出産、育児、介護等のライフイベントを抱えています。そのため、「仕事最優先で全力で働きたい時期」だけでなく、「今は仕事のアクセルを緩めて、プライベートに時間を割きたい時期」もあり、弁護士としての成長の時間軸は異なります。
仮に、「一人前の企業法務弁護士」となるために、「年間2,000時間×7年=合計14,000時間」の稼働時間の修行が必要であるとすれば、これを最速の7年で駆け抜ける最年少パートナーのキャリアモデルがあってもいいですが、それを全アソシエイトが目指すべき理想型に置いてしまうと、違うタイプの優秀な人材(例えば、「14,000時間を10年かけて履修してパートナーになりたい」と願うアソシエイト)に逃げられてしまうことを覚悟しなければなりません。
(2) チームプレーの態勢整備
企業法務の世界では、重要な案件ほど、「質の高いサービス」を「スピード感」をもって提供することが求められます。そのためには、これを担当する弁護士には、「クライアントから、いつ相談が来ても、迅速に対応できる」という「アベイラビリティ」が求められることになります。もし、これを個人事務所で担当しているならば、弁護士は常にアベイラブルでなければなりません(クライアントからの要望に応えることは、プライベートを劣後させることに直結します)。しかし、共同事務所においては、これをチームで対応することができるので、必ずしも、全アソシエイトが常にアベイラブルである必要はないはずです。
所内的に「パートナー=クライアント」という発想が強すぎると、パートナーからの案件のアサインを断ること自体に人事評価を下げる効果が伴うために、アソシエイトは「プライベートを犠牲にさせられること」を懸念してしまいます。これを避けるためには、アソシエイトに「仕事を断る自由」を与えてあげることが必要になります(その穴を誰が埋めるか? という点で、他のアソシエイトがサポートできるのが望ましいですが、すぐに代わりのアソシエイトを見付けられる態勢を整えておけなければ、パートナーが自ら手を動かして対応しなければなりません)。
(3) パートナー昇進の判断基準
アソシエイトをパートナーに昇格させるかどうかは、規模が小さい事務所ならば、パートナーの全員一致で、規模が大きくなれば、規約で定められた多数決で判断されることになります。ただ、ここで、議決権者であるパートナーが自由に投票できるとなると、候補者に対する「好き嫌い」が影響してくることになります(例えば、「以前にオレの仕事を断った」とか、「専門分野が自分と被るアソシエイトが昇格したら、自分の仕事が減るおそれがある」という懸念から反対票が投じられてしまうリスクが存在します。そのような不誠実な投票行動だけでなく、「私生活を犠牲にしてまで事務所に尽くしてくれたアソシエイトに報いてあげたい」という感謝の気持ちが、反射的に、他のアソシエイトの相対的評価を下げてしまう事態も想定されます)。
これらリスクを回避するためには、パートナーが「審査にかかっているアソシエイト」に対する人物評価として投票を行う仕組みではなく、「候補者をパートナーに昇進させるという判断に合理性が認められるかどうか」を判断する建前を採用することが有効だと思われます(そのためには、所内的に信頼されているパートナーが委員会を組成した上で、候補者にパートナーの昇進要件が備わっているかどうかを調査した委員会の判断をベースとして、その判断の合理性を審議する場を設けることが考えられます)。
以上