◇SH3167◇ESG・SDGsの世界的潮流と会社法に与えるインパクト――企業の取組みからの検討(1) 吉戒修一(2020/05/27)

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ESG・SDGsの世界的潮流と会社法に与えるインパクト

――企業の取組みからの検討(1)――

弁護士 吉 戒 修 一

 

Ⅰ はじめに

 新しい潮流が企業社会の中を席巻している。ESGとSDGsという潮流である[1]。実際、ビジネス街では、スーツの襟に17色のカラーホイールバッジを着けた企業関係者をよく見かける。SDGsの17目標を表象したピンバッジである。今や、ESGやSDGsと銘打ったフォーラムや会合は花盛りである。

 盛況をみせているこのトレンドは、しかし、一過性の流行でもなければ、一部の国や地域に限られた動きでもない。これは、おそらく、これから21世紀半ばまでの間、企業社会のみならず、社会一般の本流になると思われる。

 筆者は、丸紅の社外監査役を務めているが、2018年4月、社内に設置されたサステナビリティ推進委員会のアドバイザーとして、丸紅におけるESGとSDGsの取組みの検討に関与した。

 本稿では、そこでの知見を踏まえつつ、あらためて、ESGとSDGsの意義を確認し、これに対する企業の取組みを紹介した上で、ESG、SDGsという世界的な潮流が企業の制度的なインフラである会社法に与えるインパクトを検討してみたい[2]

 

Ⅱ ESG・SDGsに対する企業の取組み

1 ESGとSDGsの意義

 ⑴ ESGの意義

 ESGとは、2006年に国連が公表した責任投資原則(Principles for Responsible Investment:PRI[3])の中で示されたEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字をとった言葉である。この3つの要素に着目した投資をESG投資という。

 国連は、世界の機関投資家にPRIに署名してコミットすることを要請し、これに応えて署名した機関投資家等は、2019年3月末時点で世界では2,372と多数に上り、その運用資産総額は86兆ドル(約9,400兆円)と巨額な水準に達している[4]。日本では、最大の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が署名し、ESG投資の運用額を拡大している[5]

 これまでは、投資家は、投資判断に際して、企業価値を評価するため、主に企業の貸借対照表や損益計算書等に基づく定量的な財務情報や事業報告書等に記載された非財務情報を使用してきた。今後は、PRIに署名した機関投資家は、従前の企業情報に加えて、企業のESG課題に対する取組情報という定性的な非財務情報をも考慮して、企業価値を評価し、投資先の選別、投資額の決定等の投資行動(ESG投資)をすることになるであろう。

 機関投資家がこのようなESG投資をするのであれば、その反面として、投資先となる企業側も、ESG課題におよそ無関心ではいられないし、むしろ、これに取り組まなければ、後述するように投資対象から選別除外されることもあり得るし、あるいは、資本市場における企業価値評価の低下というリスクを負う結果を招きかねない。

 このように、PRIに署名した機関投資家は、ESG投資を実行することが求められるが、PRIには法的拘束力はない。ESG投資を実行することは、法的な義務ではなく、社会的な責務にとどまる。しかし、機関投資家がPRIを踏まえてどのような投資行動をとるかは、企業社会を含めた世界が注視している。

 現実に、世界の機関投資家のESG投資の状況をみると、その動きは確実に前進している。たとえば、欧米の機関投資家、金融機関は、地球温暖化対策として二酸化炭素(CO2)排出抑制のため、石炭火力発電事業への投融資を原則的に停止し、再生可能エネルギー発電事業への投資を強化し、また、日本の商社は、石炭火力発電事業への新規投資から原則撤退する方針を表明し、あるいは、燃料炭の事業から撤退、縮小する方針を決定している[6]。以上のように、PRIが提唱するESG投資が機関投資家あるいは企業に与える影響はきわめて大きい[7]

 ESG投資の投資判断については、機関投資家は、一般に、世界の代表的な指数会社であるFTSEやМSCIなどが提供する投資先企業のESG課題の取組状況についての格付(ESG格付[8])を参考にしつつ、そのほかの独自の情報に基づいて投資判断をし、その結果、投資を拡大させることもあれば、投資を撤退することもある。

 他方、企業側からすると、自己のESG格付が期待どおりか、それ以上であれば問題はない。しかし、格付が低く評定された場合、企業は、資本市場などからの企業価値評価の低下というリスクにさらされるし、また、企業自身も格付の根拠やプロセスを知りたいと思うであろう。

 このような事態を避けるためには、企業には、まず、ESG課題に対する自己の取組みを向上させることと、その開示方法、開示内容等をより工夫することが求められる。この企業側の努力に加えて、指数会社、機関投資家および企業の間において、ESG格付のあり方、具体的な評価方法、評価尺度等についての率直なエンゲージメントが行われることが期待される。

 ⑵ SDGsの意義

 SDGsとは、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)のことで、2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な開発のための2030アジェンダの中に掲げられた2016年から2030年までの国際目標である[9]。SDGsは、持続可能な世界を実現するために17目標とそれを具体化した196ターゲットから構成され、これらの目標とターゲットは統合され、不可分のものとされる(SDGsの17目標は図表1のとおりである)。

 SDGsは国際目標であり、その17目標は、国あるいは公的セクターがその達成に向けて取り組まなければならない。そのため、日本政府は、2016年5月、持続可能な開発目標(SDGs)推進本部を設置し、同年12月、SDGs実施指針を策定し、2019年12月、その改定版を策定するなど、SDGsの取組みを推進している。この国際目標を達成するためには、政府のリーダーシップの下、社会のさまざまなステークホルダー、民間セクター、企業などの取組みと相互間の連携協力が必要である。

 ⑶ ESG投資とSDGs

 ESG投資の実行は、第一義的には機関投資家に求められているものであるのに対し、SDGsは、国、公的セクター、民間セクター、企業、その他社会のさまざまなステークホルダーがその実現に連携協力すべきものである。SDGsとESGには、このような意義、担い手の違いがあるとしても、SDGsは、PRIが提唱するESG課題をさらに具体化したものといえる。SDGsの17目標をESGと比較すると、17目標のうち、目標6、7、9、13~15はE(環境)の要素であり、目標1~5、8、10~12、16はS(社会)の要素であり、目標17は目標達成のための手段であるといえる(図表1)。

 

〔図表1〕 SDGsの17目標とESGとの比較
SDGsの17目標 ESGとの比較
目標1 あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる S(社会)
目標2 飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する S(社会)
目標3 あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する S(社会)
目標4 すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する S(社会)
目標5 ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う S(社会)
目標6 すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する E(環境)
目標7 すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する E(環境)
目標8 包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する S(社会)
目標9 強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る E(環境)
目標10 各国内及び各国間の不平等を是正する S(社会)
目標11 包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する S(社会)
目標12 持続可能な生産消費形態を確保する S(社会)
目標13 気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる E(環境)
目標14 持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する E(環境)
目標15 陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する E(環境)
目標16 持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する S(社会)
目標17 持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する 達成手段

 

2 ESG・SDGsと企業

 PRIに署名した機関投資家は、ESG投資を実行し、その結果を公表しなければならない。このESG投資に関する機関投資家の責務は、法的義務ではないが、これを果たすことが事実上要請される社会的責務である。

 他方、企業は、ESG課題やSDGsに対する取組みを行うように努めることが要請される。この要請も法的拘束力はないが、これに応えることは企業の社会的責務である。現在の世界的な潮流の中では、ESG課題やSDGsに消極的な対応をとる企業は、そのレピュテーションが低下するリスクを負うことになる。

 もちろん、個々の企業は、その事業範囲に広狭があり、事業規模も大小があり、経営方針、収益状況、資産状況もそれぞれ異なり、また、そもそも、企業は営利団体であり、利益を上げることが至上命題である。したがって、企業に対し、およそ利益を度外視してまでESG課題やSDGsに取り組むように求めるのは無理がある。とはいえ、環境を破壊するような事業活動や、人権を侵害するような事業活動、たとえば、児童労働や強制労働などにより得られる利益は真の利益ではないし、このような事業活動は今や許されない。

 個々の企業が持つ事業上の制約の中で、持続可能な世界を実現するためにESG課題とSDGsについてどのような取組みをするかは、まさに各企業の経営執行部の経営判断によることになる。

(2)につづく

 


[1] ESG、SDGsの全体像については、河村賢治「SDGs・ESG・SCM(SSCM)――会社法学及び金融・資本市場法学と持続可能な社会の実現(序論)」上村達男先生古稀記念『公開会社法と資本市場の法理』(商事法務、2019)53頁以下に詳しく紹介されている。

[2] 本稿においては、企業とは会社形態のものをいい、会社とは株式会社をいう。

[3] 国連・責任投資原則のウェブサイト(http://www.unpri.org/download?ac=6300)参照。PRIは、次の6原則から構成される。①私たちは投資分析と意思決定のプロセスにESG課題を組み込みます。②私たちは活動的な所有者となり、所有方針と所有習慣にESG問題を組入れます。③私たちは、投資対象の企業に対してESG課題についての適切な開示を求めます。④私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるよう働きかけを行います。⑤私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。⑥私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。

[4] 日本経済新聞2020年1月28日付朝刊2面「迫真 ESG変わるマネー(1) ブームに終わらせない」と題する記事参照。

[5] GPIFのウェブサイト(https://www.gpif.go.jp/)参照。

[6] 日本経済新聞2018年4月26日付け朝刊7面「欧州金融大手ESG一段と」と題する記事、同2018年9月16日付朝刊1面「丸紅、石炭火力の開発撤退」と題する記事、日刊工業新聞2019年2月26日付け朝刊3面「燃料炭撤退に動く商社」と題する記事参照。その後、日本の3メガバンクも、石炭火力発電所向けの新規融資を原則停止することとした(日本経済新聞2020年4月15日付け朝刊1面「石炭火力の新規融資停止 みずほFGなど国内大手、欧米追う」と題する記事、同2020年4月15日付け朝刊7面「石炭火力3メガ銀が融資停止『環境』投資家圧力一段と」と題する記事、同2020年4月17日付朝刊7面「石炭火力『投融資せず』三井住友FG、来月から原則」と題する記事参照)。

[7] もっとも、PRIの文言中には、ESG課題が具体的にどのような広がりと深度を持つものであるかは示されていない。ESG課題に対する企業の取組みを評価するためには、ESGをさらに具体化した評価要素や評価尺度が明らかにされる必要がある。

[8] たとえば、日本企業のESG課題に関するパフォーマンスを測定するツールであるFTSE Blossom japan Indexによれば、E(環境)は、気候変動、汚染と資源、生物多様性、水使用、サプライチェーン、S(社会)は、顧客に対する責任、健康と安全、人権と地域社会、労働基準、サプライチェーン、G(企業統治)は、腐敗防止、企業統治、リスクマネジメント、税の透明性をそれぞれ構成要素とし、これらに関する企業の公開情報に基づいて企業のESG課題に対する取組みが評価され、ESG格付が評定される。FTSE Russellのウェブサイト(https://www.ftserussell.com/ja/index/spotlight/ftse-blossom-japan-index)参照。

[9] 外務省のウェブサイト(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/effort/index.html)「JAPAN SDGs Action Platform」に、「SDGsとは?」、「日本政府の取組」、「取組事例」、「ジャパンSDGsアワード」の紹介がされ、その関連頁にSDGsのアジェンダ、17目標および169ターゲットの仮訳が掲載されている。

 

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