法務省、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえて
賃貸借契約に関するQ&Aを公開
岩田合同法律事務所
弁護士 堀 優 夏
1 「賃貸借契約に関する民事上のルールを説明したQ&A」(以下「Q&A」という。)公表の背景
新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、令和2年4月7日、政府による緊急事態宣言が出され、各都道府県において、不要不急の外出自粛要請や店舗・施設への休業・営業時間短縮等の要請がなされてきた。緊急事態宣言は、同年5月25日、東京都など首都圏の1都3県と北海道でも解除されたことにより全国で解除となったが、この間、各店舗・施設を運営するテナントに与えた経済的影響は深刻であり、賃料の支払に苦慮するテナントも少なくないと思われる。
2 Q&Aの概要及びポイントの解説
Q&Aでは、新型コロナウイルス感染症の影響を受けたテナントの関心が強いであろう賃料不払による解除(Q1)並びに賃料減額及び猶予(Q2・3)について、Q&A方式で基本的な法的ルールを解説している。その概要は、下記表のとおりである。
Q1:賃料が払えない場合、すぐに退去しなければならないか。 | A1:建物賃貸借契約においては、賃料の未払が生じても、信頼関係が破壊されていない限り、直ちに退去とはならない。 |
Q2:収入減により家賃を払い続ける見通しが立たないが、オーナーとの減額・猶予交渉は可能か。 | A2:賃貸借契約の協議条項に基づく交渉申入れが可能である。 |
Q3:テナントが営業を休止した場合、賃料は減額されないのか。 | A3:当事者間の合意があれば、同合意に基づいて判断される。別段の合意がない場合には、休業の事情によると考えられる。 |
以下では、このうちQ1及びQ2について、その内容を取り上げる。
⑴ 賃料不払による賃貸借契約の解除(立退き)について(Q1)
Q1の回答では、賃料未払となっても信頼関係の破壊がなければ、直ちに退去しなければならないわけではないとし、事案ごとの判断と断った上ではあるが、新型コロナウイルスの影響により3か月前後の賃料不払が生じても、オーナーによる契約解除が認められないケースが多いとしている。
賃料不払による解除が認められるかについては、信頼関係破壊法理の適用があるとするのが判例[1]であるが、どの程度の不払額や不払期間に至れば、信頼関係が破壊されたと評価されるのかは一義的に定まるものではなく、裁判例では、不払となった事情やその他の状況等も踏まえ、個別に判断されている[2]。このような議論状況の中で、法務省が、留保付きではあるものの、賃料不払による解除が認められないことが多いケースとして、「3か月前後」の不払という具体的な数字を示したことは、今後のコロナウイルス感染症関連の賃貸借契約解除に係る任意交渉や訴訟において、相応の影響力を持つものと考えられる。
⑵ 賃料減額及び支払猶予の交渉の可否について(Q2)
Q2の回答では、一般的な賃貸借契約書に記載されている誠実協議条項に基づき、賃料減額及び支払猶予の交渉申入れが考えられるとし、国土交通省によるビル賃貸事業者向けの支援策を案内[3]し、交渉材料とすることなども提案されている。
なお、コロナウイルス感染症関連の賃料減額ないし支払猶予の法的根拠としては、改正前民法611条1項に基づく賃料減額請求及び借地借家法32条1項に基づく賃料減額請求等があり、これらの主張を交えての交渉も考えられるところである。これらの点に関連し、Q3は(改正前)民法611条1項を念頭においたと思われる記載がある。また、定期建物賃貸借契約につき、契約条項に賃貸借期間中賃料を変更しない旨の特約等が存在する場合、借地借家法に基づく賃料減額請求ができない(借地借家法38条7項)ことには留意する必要がある(ただし、この場合であっても、事情変更の原則に基づく賃料減額請求の主張は別途考えられる。)。
3 おわりに
本稿の執筆時点では、既に緊急事態宣言が全国的に解除されているが、例えば、東京都では段階的緩和を実施するとして、休業や営業時間短縮等が引き続き要請されている店舗・施設もあり、本稿で紹介したテナントの賃貸借契約をめぐる諸問題は、依然として解決したとはいえない状況にある。このような状況下、法務省が公開したQ&Aは、上記問題に直面している賃貸借契約の当事者にとって参考になるものと思われるため、紹介したものである。
以上
[1] 最三判昭和39・7・28民集18巻6号1220頁
[2] 加藤就一「土地・家屋賃貸借契約における解除原因」判タ695号(1989)50頁。なお、同文献によれば賃料2.4か月分の不払で解除が認められた事案が存在する一方、28年分の不払いで解除が認められなかった事案もあると紹介されている。