◇SH3239◇最二小判 令和元年8月9日 執行文付与に対する異議事件(菅野博之裁判長)

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 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」の意義

 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいう。

 民法916条

 平成30年(受)第1626号 最高裁令和元年8月9日第二小法廷判決 執行文付与に対する異議事件 棄却(民集73巻3号293頁)

 第1審:平成29年(ネ)第2793号 大阪高裁平成30年6月15日判決
 第2審:平成28年(ワ)第1738号 大阪地裁平成29年10月18日判決

1 事案の概要等

 Yは、Aに対する判決に基づき、Aの法定相続人(再転相続人)であるXに強制執行するための承継執行文の付与を受けた。本件は、Xが、相続放棄を異議の事由として、強制執行を許さないことを求める執行文付与に対する異議の訴えである。

 甲が死亡し、その相続人である乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡し、丙が乙の相続人となったいわゆる再転相続に関し、民法916条は、同法915条1項の規定する相続の承認又は放棄をすべき3箇月の期間(熟慮期間)は、「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」から起算する旨を規定しているところ、本件では、Aからの相続に係るXの熟慮期間がいつから起算されるかが争われている。

 

2 事実関係の要旨

 ⑴ M銀行は、A外4名に対し、貸金等に係る連帯保証債務の履行として各8000万円の支払を求める訴訟を提起し、平成24年6月7日、M銀行の請求をいずれも認容する判決が言い渡され、同判決は確定した(以下「本件確定判決」という。)。

 ⑵ Aは、平成24年6月30日、死亡した。Aの相続人は、妻及び2名の子らであったが、同年9月、当該子らによる相続放棄の申述が受理された。この相続放棄により、Aの兄弟等(合計11名)がAの相続人となったが、これらのうち、B(Aの弟)外1名を除く9名による相続放棄の申述が受理された。

 ⑶ Bは、平成24年10月19日、自己がAの相続人となったことを知らないまま死亡した。Bの相続人は、妻及び子であるX外1名であり、Xは、同日頃、XがBの相続人となったことを知った。

 ⑷ ア M銀行は、平成27年6月、Yに対し、本件確定判決に係る債権を譲渡し、Yは、同年11月2日、本件確定判決の正本(以下「本件債務名義」という。)に基づき、M銀行の承継人であるYが、Aの承継人であるXに対して本件債務名義に係る請求権につき32分の1の額の範囲で強制執行することができる旨の承継執行文の付与を受けた。Xは、同年11月11日、本件債務名義、上記承継執行文の謄本等の送達を受けた(以下「本件送達」という。)。

 イ Xは、本件送達により、BがAの相続人であり、XがBからAの相続人としての地位を承継していた事実を知った。

 ⑸ Xは、平成28年2月5日、Aからの相続について相続放棄の申述をし、同月12日、上記申述は受理された(以下「本件相続放棄」という。)。

 

3 1審判決及び原判決の要旨

 1審判決及び原判決とも、Aからの相続に係る熟慮期間は、本件送達の日から起算され、本件相続放棄は有効であるとして、Xによる異議の訴えを認めたが、その理由付けは異なっていた。

 ⑴ 1審判決の要旨

 Xは、平成24年10月19日、Bの死亡及びBの相続開始を認識しており、Aの相続に係る熟慮期間も、原則として同日から起算される。しかし、Xは、上記熟慮期間内にAの相続が開始したことについてすら認識しておらず、親戚付き合いがなかったこと等からすれば、XがAの相続の開始について知らなかったことには相当の理由がある。したがって、XのAの相続に係る熟慮期間は、本件送達の日から起算される。

 ⑵ 原判決の要旨

 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、丙が自己のために乙からの相続が開始したことを知った時をいう。しかしながら、同条は、乙が、自己が甲の相続人であることを知っていたが、相続の承認又は放棄をしないで死亡した場合を前提にしていると解すべきであり、BがAの相続人となったことを知らずに死亡した本件に同条は適用されない。Aからの相続に係るXの熟慮期間の起算点は、同法915条によって定まる。Aからの相続に係るXの熟慮期間は、XがBからAの相続人としての地位を承継した事実を知った時から起算される。

 

4 本判決

 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきであると説示した上で、本件に同条が適用されないとした原審の判断には、同条の解釈を誤った違法があるが、本件相続放棄が熟慮期間内にされたものとして有効であるとした原審の判断は、結論において是認することができるとして、Yの上告を棄却した。

 

5 説明

  ⑴ 相続の放棄及び承認の制度は、相続人に対し、被相続人の権利義務の承継を強制せず、相続の承認・放棄をする機会を与えることによって、相続財産を相続するかどうかについての選択権を付与したものであり、民法915条1項本文の規定する熟慮期間は、相続人が承認・放棄の判断をするに当たり、相続財産の状態、積極・消極財産の調査をして熟慮するための期間として定められたものである。同項本文にいう「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意義については、相続開始の原因たる事実の発生を知っただけでは足りず、それによって自己が相続人となったことを覚知した時をいうものと解されている。この解釈は、大審院大正15年8月3日決定・大審院民事判例集5巻10号679頁が従来の判例を変更して示したものであり、その後の判例(最二小判昭和59・4・27民集38巻6号698頁等)もこれを前提としている。

 ⑵ ア 乙が甲からの相続の承認・放棄をしないで熟慮期間内に死亡した場合には、その者の相続人(丙)は、最初の相続(第1次相続)につき相続の承認・放棄の選択をする地位も含めて、死亡した第1次相続の相続人(乙)を相続することとなるところ(再転相続)、民法916条は、再転相続における(第1次相続の)熟慮期間の起算点について、「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第一項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する」と規定している。

 イ 民法916条の趣旨については、丙は、乙の地位を引き継ぐから、第1次相続(甲からの相続)について、本来、乙の熟慮期間内(例えば、この熟慮期間が2箇月経過していた場合には、残りの1箇月内)に承認・放棄をしなければならないことになるはずであるが、これでは、丙にとって、極めて短期間で、第1次相続について承認・放棄の判断を強いられることになり不当であることから、丙が「自己のために相続の開始があったことを知った時」から起算することとしたものであるなどと説明されている(松川正毅=窪田充見編『新基本法コンメンタール 相続』(日本評論社、2016)129頁等)。また、再転相続において、丙は、第1次相続及び第2次相続のそれぞれについて承認・放棄の選択権を行使することができるところ、最高裁第三小法廷昭和63年6月21日判決・家裁月報41巻9号101頁は、民法916条について、「丙の再転相続人たる地位そのものに基づき、甲の相続と乙の相続のそれぞれにつき承認又は放棄の選択に関して、各別に熟慮し、かつ、承認又は放棄をする機会を保障する趣旨をも有するものと解すべきである」と説示している。

  ⑶ ア 第1次相続(甲からの相続)に係る熟慮期間の起算点である「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」については、①丙が自分のために第2次相続(乙からの相続)の開始があったことを知った時をいうのか(以下、このような解釈を「第2次相続基準説」という。)、②丙が乙のために第1次相続(甲からの相続)の開始があったことを知った時をいうのか(以下、このような解釈を「第1次相続基準説」という。)が問題となる。再転相続が生ずる場面としては、本件のように、丙が、第1次相続に係る相続関係事実(乙が甲の相続人であるという事実)を知らないまま、第2次相続に係る熟慮期間が経過した後になって初めて、乙が甲の相続人であったことを認識し、甲からの相続につき相続放棄するという事例もあり得るところ、この相続放棄は、第2次相続基準説によれば、熟慮期間経過後にされたものとなるのに対し、第1次相続基準説によれば、熟慮期間内にされたものとなる。

 イ 法曹会決議明治40年5月18日は、旧民法1018条(民法916条に対応)にいう「自己のために相続の開始があったことを知った時」の解釈について、「相続人が承認又は放棄をなさずして死亡したるときは、その者の相続人が先の相続の開始ありたることを知りたると否とに論なく、自己のため相続の開始ありたることを知りたるときより先の相続に対する承認又は放棄に付いての法定期間を起算すべきものとす」として、第2次相続基準説を支持していた。そして、民法916条に関する主要な文献の多くは、上記法曹会決議を引用するなどして、第2次相続基準説を前提とした説明をしており(谷口知平=久貴忠彦編『新版 注釈民法(27)相続(2)相続の効果〔補訂版〕』(有斐閣、2013)476頁、中川惇著『相続法逐条解説(中巻)』(日本加除出版、1990)15頁、能見善久=加藤新太郎編『論点体系 判例民法10〔第2版〕相続」(第一法規、2013)182頁等)、学説上は、第2次相続基準説が通説を形成している状況にあった。

 ウ 他方において、第1次相続基準説を支持する見解もあり、例えば、雨宮則夫・石田敏明編『相続の承認・放棄の実務』101~102頁〔岡部喜代子執筆担当部分〕は、第1次相続基準説を支持すべき理由として、丙が自己のために乙の相続が開始したことを知ってさえいれば熟慮期間が進行するというのでは、再転相続について承認・放棄の選択権を独自に行使できるという丙の地位が実際上確保されないこととなるし、また、この選択権を行使するのは丙なのであるから、主観的事情は丙について考慮すべきであること等を挙げていた。また、民法916条の適用が問題となった裁判例(公刊物登載)として、①仙台高裁秋田支部平成5年11月4日決定・家裁月報47巻1号125頁、②名古屋高裁金沢支部平成9年9月17日決定・家裁月報50巻3号30頁があるところ、これらは、いずれも第1次相続基準説を前提としているものと解される。

  ⑷ ア 前述のとおり、相続の承認及び放棄の制度は、相続人に対し、被相続人の権利義務を承継するか否かについての選択権を付与するものである。乙が承認・放棄をしないまま死亡した以上、第1次相続に対する承認・放棄の判断をするのは、(乙の地位を包括承継した)丙であるから、丙自身において、乙が甲の相続人であったことを認識しなければ、甲からの相続財産の状態等を調査して熟慮し、その承認・放棄を判断することを期待することはできないと考えられる。第1次相続人である乙自身についてすら、自らが相続人である事実(本件では、先順位者の放棄があったこと)を知らなければ、第1次相続に係る相続財産の調査義務を負わない(熟慮期間は開始しない)のであり、第2次相続が開始したからといって、第2次相続人である丙(甲との関係は、乙よりも薄いのが通常であろう。)に対し、その認識していない第1次相続に係る相続財産の調査義務を負わせる(熟慮期間が開始する)とするのは、丙に対して過度の負担を負わせるものであるように思われる。

 イ 民法916条は、第1次相続人(乙)が第1次相続に対する承認・放棄をしないままに死亡したという再転相続の場面における第1次相続についての熟慮期間の起算点を規定したものであり、これを前提に同条を合理的に解釈するならば、同条は、再転相続における熟慮期間につき、第1次相続人の地位を包括承継した第2次相続人(「その者の相続人」)が、第1次相続人(ただし、その地位は第2次相続人が包括承継している。)のために第1次相続が開始したこと(「自己のために相続の開始があったこと」)を知った時から起算する旨を定めたものであり、同条にいう「相続の開始」とは、第1次相続を意味するものと解することができよう。

 ウ なお、原判決は、民法916条につき、乙が、その死亡時点で、自己のために第1次相続のあったことを知っていた場合(第1次相続に係る相続関係事実を認識していた場合)を前提にしているとして、同条の適用される場面を限定している。しかしながら、同条の文言を形式的にみる限り、同条は、乙が死亡前に甲からの相続の承認又は放棄をしたか否かのみを問題としているとみるのが自然であろう。原判決の考え方によれば、既に死亡している第1次相続人(乙)の認識いかんにより、熟慮期間の起算点が変わり得ることとなるが、法的安定性(主張立証対象とすることの妥当性等)の観点からも問題があるように思われる。

 エ 本判決は、以上のような点を踏まえて、判決要旨のとおり、民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」の意義を明らかにし、その理由を差し替えた上で、原判決の結論を是認したものと解される。

 ⑸ 本判決は、再転相続に関する同条の解釈につき、学説上の通説である第2次相続基準説を採用せず、第1次相続基準説によるべき旨を法理として明らかにしたものである。再転相続が国民生活に広く関係する問題であることに鑑みても、理論上及び実務上重要な意義を有すると考えられる。

以上

 

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