◇SH0252◇最二小判 平成26年2月14日 遺産確認、建物明渡等請求事件(小貫芳信裁判長)

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1 事案の概要

 本件は、固有必要的共同訴訟である遺産確認の訴えにおいて、共同相続人が自己の相続分の全部を譲渡した場合に、その者が同訴えの当事者適格を有するか否かが問題とされた事案である。
 本件訴訟のうち、判旨に関係ある訴訟の経過等は、次のとおりである。
 昭和28年に死亡した被相続人甲の共同相続人(以下、共同相続人からの相続人や代襲相続人を含めて「共同相続人」という。)である原告らは、甲の遺産分割が未了であるとして、その余の共同相続人である被告らとの間で、甲が所有していた複数の不動産の遺産確認を求める第1事件の訴えを提起し、うち1名の被告が、その不動産の一部を占有する1名の原告に対し、所有権に基づき、占有部分の明渡しを求めた第2事件の訴えと併合審理された。
 本件が第1審に係属後、共同相続人である被告ら9名のうち4名が訴え提起前に自己の相続分全部を他の共同相続人に譲渡していたことが明らかとなり、原告らは同被告らに対する訴えを取り下げ、第1審は、この取下げが有効であることを前提に、第1事件及び第2事件の各請求をいずれも棄却した。しかし原審は、相続分の譲渡には相続放棄のような遡及効がなく、譲渡人は共同相続人としての地位を失わないから遺産確認の訴えの当事者適格を喪失しないとして、固有必要的共同訴訟における共同被告の一部に対する訴えの取下げを無効とする判例(最三小判平成6年1月25日民集48巻1号41頁)に照らし、第1審の訴訟手続を違法としてこれを取り消し、本件を第1審に差し戻した。
 被告らが上告受理の申立てをしたところ、第二小法廷は、判決要旨のとおり判示して、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。
 

 遺産確認の訴えは、遺産分割手続(当事者間の協議又は家庭裁判所の調停、審判によって行われる。)の前提問題の一つであり、共同相続人間で遺産帰属性について争いがある場合に、当該財産が遺産に属すると主張する共同相続人が、これを否定する共同相続人を被告として、当該財産が遺産に属することの確認を求める訴えである。
 遺産確認の訴えについては、かつてはこれを過去の法律関係の確認と捉える立場からその適法性が問題とされたが、最一小判昭和61年3月13日民集40巻2号389頁が、これを当該財産が現に共同相続人による遺産分割前の共有関係にあることの確認を求める訴えと解し、これに続く遺産分割審判で遺産帰属性を争えなくすることにより紛争解決に資すること、単なる共有持分確認の訴えでは当該財産の取得原因が相続であることまでは確定できないため、遺産確認の訴えを認める必要性があることを判示して、その適法性を肯定した。
 そして、このような訴えの性質から、最三小判平成元年3月28日民集43巻3号167頁が、 遺産確認の訴えは共同相続人全員が当事者として関与し、その間で合一にのみ確定することを要する固有必要的共同訴訟と解すべきである旨の判断を示した。これは、遺産確認の訴えと同類型とみられる目的物件につき一定の数人の間に共有関係が存在するかどうかの確認を求める訴訟も固有必要的共同訴訟と解されていること(大判大正2年7月11日民録19輯662頁、秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法1〔第2版追補版〕』(日本評論社、2014)399頁等)、遺産分割は共同相続人全員による遺産共有の状態を共同相続人間で解消しようとするものであるから(民法907条)、その全員が当事者となることを要し、一部の者を除外してされた分割協議・調停・審判は、全体として内容上の効力を生じないという意味で無効になると解されることから(谷口知平=久貴忠彦編『新版注釈民法(27)相続(2)〔補訂版〕』(有斐閣、2013)391頁[伊藤昌司]等)、遺産分割の前提手続としての機能を果たすべき遺産確認の訴えについても、固有必要的共同訴訟と解するのが相当という考え方に基づくものと思われる(田中壯太調査官『最高裁判所判例解説民事篇 平成元年度』(法曹会、1991)104頁参照)。
 

 ところで、相続分の譲渡にいう「相続分」とは、積極財産のみならず消極財産も含めた包括的な相続財産全体に対して各共同相続人が有する割合的な持分又は法律上の地位をいうと解されており(通説。前掲『新版注釈民法(27)』279頁[有地亨・二宮周平]、中川淳『相続法逐条解説〔上巻〕』(日本加除出版、1985)278頁等)、判例も、共同相続人間においてされた相続分の譲渡に伴って生ずる農地の権利移転については農地法3条1項の許可を要するかが問題とされた最三小判平成13年7月10日民集55巻5号955頁が、この通説の立場に立つことを明らかにしている。
 ただし、相続分の譲渡は、遺産分割のように効力が相続開始時に遡る旨の規定がないため、譲渡の時に効力を生ずるものとされる(遡及効を有しない。)。また、相続分の譲渡によって、譲渡の当事者間では相続債務も移転するが、同譲渡は債権者の関与なくして行われるものであるから、譲渡人が対外的に債務を免れるものではないと解されている。
 

 相続分の譲渡人の遺産確認の訴えにおける当事者適格について直接論じた学説・裁判例は少ないが、遺産分割手続において相続分の譲渡があった場合の当事者の資格の問題については、古くから議論がされている。
 相続分の譲受人が遺産分割手続に加わるべきことには異論がないと思われるが、譲渡人が遺産分割手続における当事者となるかについては、その者を手続から脱退させるとの明文の規定がないことなどを理由に積極説を採った裁判例(東京高決昭和28年9月4日高民集6巻10号603頁、新潟家三条支審昭和34年12月24日家月12巻5号157頁)があった。しかし、その後の裁判例(大阪高決昭和54年7月6日家月32巻3号96頁、神戸家尼崎支審昭和50年5月30日家月28巻5号38頁、大阪家審昭和61年1月30日家月38巻6号28頁)や学説の多数説は消極説を採っており、家庭裁判所の実務も(旧家事審判法下)、遺産分割調停及び審判を申し立てる際に既に相続分の譲渡がされている場合には、相続分の譲受人を当事者として表示し、手続の途中で相続分の譲渡がされた場合には、譲受人が手続に参加し、譲渡人は脱退するとの取扱いがおおむね定着していたようである。
 譲渡人を手続から脱退させる明文の規定がないとの点については、規定がないものの、そのように解釈することができないかが正にここでの問題である。また、相続分の譲渡人が共同相続人としての立場を完全に失うわけではなく(相続債務については、債権者との関係では譲渡後も引き続き責任を負うことなど)、相続放棄とは異なるという点も積極説の実質的な理由として考えられるところではあるが、相続分の譲渡人は、包括的な相続財産全体に対して各共同相続人が有する割合的な持分又は法律上の地位を譲渡していること、基本的に遺産分割は被相続人の積極財産について行われるものであることからすれば、少なくとも遺産分割との関係では、事実上、相続放棄があった場合と同様に考えられる。そうだとすれば、譲渡人が遺産分割の手続に関与する理由・必要性は考え難く、譲受人の関与をもって、相続財産の分配につき合一確定の要請は満たされているといえる。
 ところで、消極説の立場を採りつつ、相続分の譲渡人が遺産である不動産の登記移転義務や占有移転義務を負う場合には例外的に、譲渡人も遺産分割手続の当事者適格を有すると解すべきかどうかが問題となるが、上記の場合においても、譲渡人は、遺産分割の内容に関して何らかの権利主張をすることができるわけではなく、他の相続人らが決定した遺産分割の結果に協力する義務を負担するにすぎないのであるから、遺産分割の当事者としての資格は失うと解するのが相当ではないかと思われる(上記のような相続分の譲渡人については、利害関係人として手続に参加し、又は参加させられる資格を取得するとの解説をするものとして、司法研修所編『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』(法曹会、1994)167頁、松原正明『全訂 判例先例相続法Ⅱ』(日本加除出版、2006)191頁がある(ただし、いずれも旧家事審判法下のもの)。)。
 なお、平成25年1月施行の家事事件手続法では、家庭裁判所が、当事者となる資格を有しない者及び当事者である資格を喪失した者を家事審判の手続から排除することができる旨の規定(43条1項)が設けられており、遺産分割審判において、相手方である相続人が相続分を譲渡した場合等には排除の対象になるものと思われる(金子修編著『逐条解説 家事事件手続法』(商事法務、2013)147頁)。
 

 前記のとおり、相続分の譲渡人の遺産確認の訴えにおける当事者適格について直接論じた学説は少なく、遺産確認の訴えの当事者となるべき者は遺産分割手続において当事者適格を有する者と同一であると解すべき旨の見解がある(山本克己「遺産確認の訴えに関する若干の問題」判タ652号(1988)20頁、山本和彦「遺産確認の訴えと固有必要的共同訴訟」ジュリ946号(1989)49頁等)ほか、少なくとも積極説に立つものは見当たらない。裁判例としては、東京高判平成19年11月28日(公刊物未登載)が、相続分を譲渡した相続人の遺産確認の訴えにおける当事者適格につき消極説の立場に立つことを明らかにしており、積極説を採った本件の原審とは判断が異なっていた。
 検討するに、遺産確認の訴えは、最一小判昭和61年3月13日及び最三小判平成元年3月28日の判旨からも明らかなように、遺産分割に係る家事調停・家事審判手続の進行の基礎となるものであり、遺産分割の前提問題の解決という機能を有するものであるから、その後に予定される遺産分割手続の当事者となるべき者が、遺産確認の訴えの当事者適格の判断基準とされると考えるのが自然である。既に、最三小判平成元年3月28日についての田中調査官の解説(前掲『最高裁判所判例解説民事篇 平成元年度』96頁)においても、「遺産分割審判の前提手続としての機能を果たすべき遺産確認の訴えも、当事者の範囲に関してはこれと同一であることを要するとしなければ、所期の目的を達成することはできないことは明らかと思われる」として、上記のような考え方が示されていたところである。
 遺産確認の訴えは、当該財産が現に共同相続人による遺産分割前の共有関係にあることの確認を求める訴えであることからすれば、同訴えの口頭弁論終結時までに譲渡の効果が発生していれば、相続分の譲渡に遡及効がないことをもって、当事者適格の有無に影響を及ぼすものではないというべきであろう。
 本判決は、以上のような検討を踏まえて、相続分の全部を譲渡した者は、遺産確認の訴えにおける当事者適格を有しないとの消極説の立場に立つことを明らかにし、共同相続人が相続分全部を譲渡した場合の遺産確認の訴えにおける当事者適格の問題について初めて明示的な判断を示したものであって、実務上重要な意義を有すると思われる。
 
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