債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるためにその債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることの要否
債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるためには、その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要しない。
民法147条2号、155条
平成30年(受)第1137号 最高裁令和元年9月19日第一小法廷判決 請求異議事件 破棄自判
原 審:平成29年(ネ)第169号 福岡高裁宮崎支部 平成30年3月28日判決
原々審:平成28年(ワ)第89号 鹿児島地裁鹿屋支部 平成29年7月10日判決
1 事案の概要等
(1) 本件は、Xが、YのXに対する貸金返還請求権(以下「本件貸金債権」という)の時効消滅を主張して、本件貸金債権について作成された金銭消費貸借契約公正証書(以下「本件公正証書」という)の執行力の排除を求める請求異議訴訟である。Yは、本件貸金債権の消滅時効期間が経過する前に本件貸金債権を請求債権としてXの有する債権の差押え(以下「本件差押え」という)を行ったが、Xに本件差押えに係る差押命令(以下「本件差押命令」という)の送達がされたことなどを認めるに足りる証拠が提出されなかったことなど(Xに対する上記送達は未了であり、Xは第三債務者からの本件差押えの通知等も認識していなかったようである。)から、債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるために、その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要するか否かが争われた。
(2) 原審は、「差押え、仮差押え及び仮処分は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、時効の中断の効力を生じない。」と規定する民法155条の法意に照らせば、債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるためには当該請求債権の消滅時効期間が経過する前にその債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要するところ、本件では本件貸金債権の消滅時効期間が経過する前にXが本件差押えを了知し得る状態に置かれたとは認められないとして、本件貸金債権は時効消滅したとし、Xの請求を認容すべきものとした。
(3) これに対しYが上告受理申立てをしたところ、最高裁第一小法廷は、判旨のとおり判断し、本件差押えにより本件貸金債権の消滅時効は中断しているとしてXの請求を棄却した。
2 説明
(1) 債権執行において差押命令が発令された場合、当該差押命令は債務者及び第三債務者に対して送達しなければならないが(民事執行法145条3項)、差押えの効力は、当該差押命令が第三債務者に対して送達がされた時に生ずるものとされており(同条5項)、債務者に対する送達の有無は上記効力の有無を左右しない。そして、債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力は、不動産執行及び動産執行の場合(大判昭和13・6・27民集17巻1324頁、最三小判昭和59・4・24民集38巻6号687頁)と同様に、その申立て時に生ずると解されている。もっとも、債権執行においては、債務者の転居等により債務者に対する差押命令の送達が完了しない間に、その送達を受けた第三債務者の陳述(同法147条)により差押債権の額が僅少であることが判明して債権者が債務者の所在調査の意欲を喪失するなどし、債務者に対する差押命令の送達が未了のまま長期間が経過する事案が少なくない。原審は、このような場合に差押命令の申立てによって直ちに請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずると解した場合には債務者において不測の不利益が生ずることがあり得ることなどを考慮し、民法155条の「法意」を挙げ、消滅時効期間経過前に債務者が差押えの事実を了知し得る状態に置かれない限り、当該差押えに係る請求債権について時効中断の効力は生じないとの判断をしたものであり(※時効中断効の発生時期は差押命令の申立て時であると解した上で、債務者の了知等を停止条件として時効中断の効力が差押命令の申立て時に遡って生ずるとの解釈を採ったものと解される。)、時効中断効発生の場面においてその解決を図ろうとしたものと解される。
(2) しかし、最二小判昭和50・11・21民集29巻10号1537頁は、民法155条が、原則として中断行為の当事者及びその承継人間での人的相対効を有するにとどまる時効中断効を例外的にそれ以外の者で時効の利益を受ける者に拡張する場合に、その者の不測の不利益を避けるためにその者への通知を要することとした規定であるとの理解を明らかにしている。債権執行における差押えは債務者自身に対して処分禁止効を生ずるものであって(民事執行法145条1項)、債務者は請求債権の消滅時効の中断行為の当事者にほかならないというべきところ、民法155条が上記趣旨・内容の規定であることに照らせば、時効中断効の人的拡張のない債権執行の場面において同条を適用又は類推適用することは困難であるし、同条の「法意」として債務者保護の観点のみを取り上げ、時効中断効の発生のために債務者に対する通知を要するものと解することも困難であると解される。
なお、債権執行において債務者に対する差押命令の送達の有無は差押えの効力の有無とは無関係であるから、民法147条2号の掲げる「差押え」による時効中断効の発生のために上記送達等を要すると解するのは同号の文言解釈としてそもそも無理がある。また、例えば「請求」の典型例である訴訟提起において、訴状送達がいわゆる付郵便送達(民事訴訟法107条)の方法により行われたが債務者がこれを受領しなかった場合などを考えれば明らかなとおり、民法147条の掲げるその他の中断事由にも、債務者における中断事由の認識を必ずしも前提としないものが含まれており、同条が債務者の了知等を時効中断効の発生の当然の要件としているとも解し難い。その他、債務者における中断事由の了知等を時効中断効の発生と関連付ける規定が民法上見当たらないことなども考慮すれば、同法155条を離れて検討してみても、やはり、債権執行において、債務者に対する差押命令の送達等による差押えの事実の了知を時効中断効の発生の要件と解することは困難であるといえよう。
本判決は、以上の理解に基づき、債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるためには、その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要しない旨判断したものと解される。
(3) なお、債権執行においては、債務者に対する差押命令の送達日から1週間経過後に初めて債権者は差押債権を取り立て得るとされていることから(民事執行法155条1項)、上記送達が未了のまま長期間が経過している場合には、債権者が権利行使に当たる行為に出たとはもはや評価できないとして時効中断効を否定するという価値判断もあり得ないとはいえないように思われる。しかし、上記送達が原則として執行裁判所の職権をもって行うべきものであることなどに照らせば、差押命令の発令から長期間が経過したことのみをもって債権者が権利行使の意思を放棄したと評価して一律に時効中断の効力を否定することは適切ではなく、個別具体的な事情の下で、時効中断の効力を認めることが著しく不合理とみられるような場合に限り、信義則違反又は権利の濫用として解決を図るほかないであろう。
(4) 本判決を前提とすると、債務者に対する差押命令の送達が奏功しなかった場合に、債権者が、上記送達のための債務者の所在調査等を怠る一方、時効中断効の維持を意図して、差押命令申立ての取下げを行わないまま長期間にわたり手続を放置する事例が助長されるとの懸念がないとはいえない。もっとも、令和元年法律第2号による改正後の民事執行法155条7・8項により、債権執行において、執行裁判所は債務者に対する差押命令の送達をすることができない場合には債権者に対し相当の期間を定め、その期間内に送達をすべき場所の申し出等をすべきことを命ずることができ、債権者が上記申し出をしないときは差押命令を取り消すことができることとされた。加えて、平成29年法律第44号による改正後の民法148条により、強制執行についてはその手続が終了するまでの間、時効の完成が猶予されると共に、申立ての取下げ等により強制執行手続が終了した場合にも、時効の完成猶予の効力が遡及的に失われるのではなく、その終了の時から6箇月を経過するまでの間、時効の完成が猶予されることとなった。これらを踏まえた運用がされることにより、上記の懸念についてはある程度の解決を期待することができるように思われる。
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本判決は、民法147条2号の「差押え」の解釈に関し、債権執行において、債務者に対する差押命令の送達が未了であるなどの理由で債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれたとは認められないという、実務上、相当数存在すると思われる事案につき、請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるか否かを明らかにしたものであり、実務上重要な意義を有するものと思われるため、紹介する。