◇SH3785◇最一小判 令和3年3月25日 退職金等請求事件(木澤克之裁判長)

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 民法上の配偶者が中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらない場合

 民法上の配偶者は、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらない。

 中小企業退職金共済法10条1項、14条1項・2項

 令和2年(受)第753号、第754号 最高裁令和3年3月25日第一小法廷判決 退職金等請求事件 棄却(民集75巻3号登載予定)

 原 審:平成30年(ネ)第4862号 東京高裁令和元年12月24日判決
 原々審:平成29年(ワ)第34906号 東京地裁平成30年9月21日判決

1 事案の概要

 本件は、Xが、母であるAの死亡に関し、Y1(独立行政法人勤労者退職金共済機構)に対し中小企業退職金共済法所定の退職金共済契約(Aの勤務先であった株式会社Bが締結していたもの)に基づく退職金の、Y2(確定給付企業年金法所定の企業年金基金)に対しその規約に基づく遺族給付金の、出版厚生年金基金(厚生年金保険法(平成25年法律第63号による改正前のもの)所定の厚生年金基金)の権利義務を承継したY3に対し出版厚生年金基金の規約に基づく遺族一時金(以下、上記の退職金、遺族給付金及び遺族一時金を併せて「本件退職金等」という。)の各支払を求める事案である。

 中小企業退職金共済法及び上記の各規約(以下、併せて「法及び各規約」という。)において、本件退職金等の最先順位の受給権者はいずれも「配偶者」と定められているところ(中小企業退職金共済法14条1項1号等)、Xは、Aとその民法上の配偶者であるCとが事実上の離婚状態にあったため、Cは本件退職金等の支給を受けるべき配偶者に該当せず、Xが次順位の受給権者として受給権を有すると主張した。

 

2 訴訟の経過

 (1) 原々審は、AとCとの婚姻関係の実態からCの配偶者性を検討するまでもなく、Cは本件退職金等の支給を受けるべき配偶者であるとして、Xの請求をいずれも棄却した。これに対し、原審は、たとえ戸籍上配偶者とされている者が存在していても、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して解消される見込みのないとき、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、もはや本件退職金等の受給権者である配偶者に該当しないとした上で、AとCの婚姻関係は事実上の離婚状態にあり、Cはもはや上記配偶者には該当せず、Xが本件退職金等を受給する権利を有するとして、Xの請求をいずれも認容した。そこで、Y1~3が上告受理の申立てをした。

 (2) 最高裁第一小法廷は、上告審として本件を受理した上で、判決要旨のとおり判断するなどして、本件各上告を棄却する判決を言い渡した(なお、上告受理決定に当たり、AとCの婚姻関係が事実上の離婚状態にあったとした原審の判断の誤りをいうY1の論旨は排除されている。また、判決要旨は中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者についての判断を示したものであるが、本判決では、Y2の規約及び出版厚生年金基金の規約における配偶者についても同様の判断がされている。)。

 

3 説明

 (1) 問題の所在

 社会保障給付に関する法令における遺族給付の受給権者となる「配偶者」については、最一小判昭和58・4・14民集37巻3号270頁(以下「昭和58年4月判例」という。)以後、死亡した被保険者等がいわゆる重婚的内縁関係にある場合において、民法上の配偶者と内縁関係にある者のいずれが受給権者となるかが争われる事案で、民法上の配偶者であっても、その婚姻関係が事実上の離婚状態にある場合には、上記受給権者となる配偶者に当たらないとの見解を基にした裁判例が積み重ねられてきた(私立学校教職員共済法に基づく遺族共済年金の受給権者が争われた最一小判平成17・4・21集民216号597頁も、上記見解を前提とした判断をしている。)。

 また、国家公務員の死亡による退職手当等についても、その受給権者の範囲及び順位の定めが、職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とするものであること等からすれば(遺族の範囲及び順位について国家公務員と同様の定めを置く特殊法人の死亡退職金に関する最一小判昭和55・11・27民集34巻6号815頁参照)、その受給権者となる配偶者の意義についても、社会保障給付に関する法令における配偶者と同様に解すべきものといえよう。

 以上の理解を前提として、本件では、①法及び各規約における配偶者の意義についても、社会保障給付に関する法令等における配偶者と同様に解すべきか、また、②重婚的内縁関係の有無に関わらず、上記のように民法上の配偶者の一部を遺族給付の受給権者となる「配偶者」から除外すべきかが問題となる。

 (2) 上記①について

 中小企業退職金共済法は、退職金の支給要件、受給権者等、額等といった退職金等の支給に関する定めを置いており(10~21条)、被共済者が死亡により退職したときに退職金を支給する遺族の範囲と順位の定めを置いている(14条)ところ、同条の遺族の範囲と順位は、給付の性格の最も似通っている国家公務員の退職手当に関する定めにならったものとされている(亀井光『中小企業退職金共済法の詳解』(日刊労働通信社、1960)73頁参照)。

 また、確定給付企業年金法に基づく確定給付企業年金制度及び厚生年金保険法(平成25年法律第63号による改正前のもの)に基づく厚生年金基金制度は、いずれも我が国の年金制度のうちいわゆる3階建部分に当たる企業年金の制度であり、これらの制度に基づく遺族給付について、法令に支給要件やこれを受けることができる遺族の範囲等の定めが置かれているところ、Y2及びY3は、いずれも、その規約において、上記の法令の定めに従い、遺族給付金や遺族一時金の給付を受ける遺族の範囲及び順位について定めている。

 本件退職金等の支給の根拠となるこれら法令や規約の定めの内容を踏まえると、本件退職金等は、いずれも、遺族に対する社会保障給付等と同様に、遺族の生活保障を主な目的として、その受給権者が定められているものと解される。そうすると、本件退職金等は、民事上の契約関係等に基礎を置くものではあるものの、その受給権者となる法及び各規約における配偶者の意義については、社会保障給付に関する法令等における配偶者と同様に解するのが相当であるものと思われる。

 (3) 上記②について

 昭和58年4月判例は、重婚的内縁関係がある場合を前提とした事例判例であるが、その説示をみると、当該事案の当てはめをする前に、重婚的内縁関係を前提とせずに、「戸籍上届出のある配偶者であっても、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込のないとき、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、もはや右遺族給付を受けるべき配偶者に該当しないものというべきである。」と述べている。このような説示の内容からすると、重婚的内縁関係のない場合でも同様に解するのが自然であり、仮にこれと異なり、重婚的内縁関係がない場合には、民法上の配偶者は事実上の離婚状態にあっても遺族給付を受けるべき配偶者に該当するものとの解釈を採用するとすれば、そのような解釈と上記説示の内容とを整合的に理解することは困難である。実質的にみても、事実上の離婚状態にある民法上の配偶者が被共済者等の収入に依拠していなかったにもかかわらず遺族給付の支給を受けることができ、その反面、次順位の受給権者とされる親族がおよそ遺族給付の支給を受けられないとすれば、遺族の生活保障を目的とする社会保障給付などの遺族給付の趣旨に反する不合理な結果を生じさせるものといわざるを得ない。また、重婚的内縁関係の有無に関わらず、民法上の配偶者の一部を遺族給付の受給権者となる「配偶者」から除外すべきものとする解釈を採ることで、遺族給付の受給権者に関する紛争が増加することが考えられないではないが、事実上の離婚状態にあるといえるためには相当の根拠が必要であると解され、遺族給付を支給する機関による調査や判断の困難は限定的なものにとどまると考えられること等からすれば、上記解釈が法的安定性を害する程度も高いとまではいい難いであろう。

 そうすると、重婚的内縁関係の有無に関わらず、民法上の配偶者は、その婚姻関係が事実上の離婚状態にあるときは、遺族給付の受給権者となる「配偶者」には当たらないと解するのが相当であるものと思われる。

 (4) 本判決は、以上のような考え方を基にしているものと解される。本判決の直接的な判断の対象は、法及び規約における配偶者の意義であるが、以上に述べたところからすれば、その判断は、社会保障給付に関する法令等における配偶者の意義にも影響し得るものとして、理論的及び実務的に意義があるものと思われる。

 

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