◇SH3276◇最一小決 令和2年1月23日 婚姻費用分担審判に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件(深山卓也裁判長)

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 婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚した場合における婚姻費用分担請求権の帰すう

 婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても、これにより婚姻費用分担請求権は消滅しない。

 民法760条、家事事件手続法39条、別表第2の2の項

 平成31年(許)第1号 最高裁令和2年1月23日第一小法廷決定 婚姻費用分担審判に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件 破棄差戻し

 原 審:平成30年(ラ)第167号 札幌高裁平成30年11月13日決定
 原々審:平成30年(家)第316号 釧路家裁北見支部平成30年9月20日審判

1 事案の概要

 本件は、Xが、Yに対し、民法760条の婚姻費用分担請求権に基づき、婚姻費用分担金の支払を求めた事案である。

2 事実関係の概要

 X(妻)は、Y(夫)と平成26年頃から別居状態にあったが、Yに対し、平成29年12月、夫婦関係調整調停の申立てをし、さらにその約5か月後の平成30年5月、婚姻費用分担調停の申立てをした。

 XY間では、平成30年7月、夫婦関係調整調停事件において、離婚の調停が成立したが、同調停においては、親権者の指定及び年金分割に関する合意がされただけで、財産分与についての合意はされず、また、いわゆる清算条項も定められなかった。一方、婚姻費用分担調停事件は、上記離婚調停の成立と同日、不成立となり、審判手続に移行した(なお、家事事件手続法272条4項により、婚姻費用分担調停の申立て時に審判の申立てがされたものとみなされた。以下、この申立てを「本件申立て」という。)。

3 原決定及び本決定

 原々審判は、Yに対して離婚時までの婚姻費用分担金として約74万円の支払を命じたが、原決定は、離婚の成立により、XのYに対する婚姻費用分担請求権は消滅したから、本件申立ては不適法であるとして、原々審判を取り消し、本件申立てを却下した。

 これに対し第一小法廷は、決定要旨のとおり判示して、原決定を破棄し、本件を原審に差し戻した。

 

4 解説

 (1) 婚姻費用分担の申立てに係る審判又は調停の係属中に離婚が成立した場合に、離婚成立時までの過去の婚姻費用分担請求権が当然に消滅するか否か、当該申立てが不適法となるか否かという論点については、従前から学説、下級審裁判例が分かれている状況にあった。その見解は大別して、①消滅説、②転化説、③存続説に分類できる。

 ①消滅説は、離婚後は、過去の婚姻費用分担請求権は消滅するという見解である(柏木賢吉「婚姻費用分担請求権の消滅時期―婚姻費用分担請求権は離婚によって消滅するか―」ジュリ330号(1965)87頁〔東京家庭裁判所身分法研究会の多数意見〕、中川淳『改訂 親族法逐条解説』(日本加除出版、1990)123頁等。この見解による裁判例として、神戸家審昭和37・11・5家月15巻6号69頁)。婚姻費用分担請求権は婚姻関係の存続を前提とするものであるから、具体的な請求権の形成前に夫婦が離婚し、婚姻関係が消滅したときには、婚姻費用分担請求権も消滅すること、離婚後の過去の婚姻費用は財産関係の清算である財産分与の中で解決すべきことなどを理由として挙げる。この見解によれば、離婚前から係属中の婚姻費用分担の審判等の申立ては、離婚により原則として不適法となるものと解される。

 ②転化説は、離婚後は、過去の婚姻費用分担請求権は消滅するが、財産分与請求権に性質が変化して存続するという見解である(昭和41年2月全国家事審判官会同家庭局見解・最高裁判所事務総局『家事執務資料集(上)』373頁、大津千明「離婚給付に関する実証的研究」司法研究報告書32輯1号(1981)119頁〔注6〕、島津一郎編「注釈民法(21)親族(2)」(有斐閣、1966)201頁〔島津一郎〕等。この見解によると解される裁判例として、大阪高決平成11・2・22家月51巻7号64頁)。この見解に立った上、係属中の婚姻費用分担の審判等の申立ては、離婚後は財産分与の審判等の申立てに変更されたものとして扱うことができると解すれば、係属中の申立ては適法となる。

 ③存続説は、離婚後も、離婚時までの過去分の婚姻費用分担請求権は存続するとの見解である(柏木・前掲87頁〔東京家庭裁判所身分法研究会の少数意見〕、中山直子『判例先例 親族法―扶養―』(日本加除出版、2012)97頁等。この見解によると解される裁判例として、名古屋高決昭和52・1・28判タ354号282頁等)。この見解によれば、係属中の婚姻費用分担の審判等の申立ては離婚後も当然適法ということになる。

 (2) 原決定は消滅説を採ったものと考えられるが、本決定は、この考え方を否定し、婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚した場合について、存続説を採ることを明らかにした。本決定は、その理由として、①婚姻費用分担審判の申立て後に離婚により婚姻関係が終了した場合に、婚姻関係にある間に当事者が有していた離婚時までの分の婚姻費用についての実体法上の権利が当然に消滅するものと解すべき理由は何ら存在しないこと、②家庭裁判所は離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定することもできると解されることを挙げている。

 最大決昭和40・6・30民集19巻4号1114頁は、婚姻費用分担に関する処分は、婚姻費用の分担額を具体的に形成決定しその給付を命ずる裁判である旨を判示しており、婚姻費用分担請求権は、家庭裁判所の審判又は当事者間の協議によりその具体的な分担額が形成決定されるものである。しかし、民法760条は、夫婦は婚姻から生ずる費用を分担する旨のみを定め、その文言上、上記形成決定の時点で、婚姻関係という身分関係が存在することまで要件としておらず、具体的な分担額の形成決定前であっても、婚姻中に夫婦の一方が過当に婚姻費用を負担した場合に他方に対して婚姻費用の分担を請求する根拠となる実体法上の権利自体は、同条に基づき発生しているものと解される。上記①は、そのような、婚姻費用分担審判の申立て時において既に発生している実体法上の権利について、離婚したということ自体が権利消滅事由となるものとは解されない旨をいうものと考えられる。

 また、同最決は、婚姻費用分担の審判においては、将来の婚姻費用の分担額のみならず、審判時より過去に遡って婚姻費用分担額を形成することができる旨も判示しているところ、上記②は、これを前提としつつ、離婚して将来分の婚姻費用分担額の形成ができなくなった場合であっても、審判時よりも過去の時点の一部である、離婚時までの婚姻費用のみの分担額を形成決定することは当然に許される旨をいうものと解される。

 財産分与と婚姻費用分担請求権との関係については、最三小判昭和53・11・14民集32巻8号1529頁が、裁判所は、当事者の一方が過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができる旨を判示しており、過去の婚姻費用の清算は財産分与の中で行うことができる。しかし、同判示は、当該清算の方法を財産分与に限る趣旨のものであるとは解されない。本判決は、財産分与についての合意が未了であり、今後財産分与の請求をする可能性が残っている場合であっても、係属中の婚姻費用分担審判の申立てにおいて過去の婚姻費用の分担額の形成決定をすることができる旨も判示しており、同最判について上記と同様の理解を前提としたものと考えられ、婚姻費用分担請求について、財産分与の請求との競合を認める見解(いわゆる限定相関説)と親和的なものといえよう。

 本決定の判示内容は、上記のとおり、条文の文言及びこれまでの判例の流れに沿うものと解される。

 (3) なお、本決定は、婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したという場合について判示したものであり、夫婦が離婚した後に、離婚時までの過去分の婚姻費用分担審判の申立てをすることの適否や、婚姻費用分担請求の始期(過去のどの時点まで遡り得るか)については、その射程外であると解される。

5 本決定の意義

 本決定は、下級審裁判例及び学説が分かれていた法律上の問題点について、最高裁として初めて判断を示したものであり、実務的にも理論的にも重要な意義を有するものと考えられる。

 

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