SH4622 最一小決 令和4年12月5日 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和37年東京都条例第103号)違反被告事件(安浪亮介裁判長)

そのほか

最一小決 令和4年12月5日 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和37年東京都条例第103号)違反被告事件(安浪亮介裁判長)

【判示事項】

スカート着用の前かがみになった女性に後方の至近距離からカメラを構えるなどした行為が、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和37年東京都条例第103号)5条1項3号にいう「人を著しく羞恥させ、人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」に当たるとされた事例

【決定要旨】

開店中の店舗において、小型カメラを手に持ち、膝上丈のスカートを着用した女性客の左後方の至近距離に近づき、前かがみになった同人のスカートの裾と同程度の高さで、その下半身に向けて同カメラを構えるなどした本件行為は、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和37年東京都条例第103号)5条1項3号にいう「人を著しく羞恥させ、人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」に当たる。

【参照条文】

公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和37年東京都条例第103号)5条1項、8条1項2号

【事件番号等】

 令和4年(あ)第157号 最高裁判所令和4年12月5日第一小法廷決定 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和37年東京都条例第103号)違反被告事件(刑集 第76巻7号707頁) 棄却

 原 審:令和3年(う)第326号 東京高裁令和4年1月12日判決
 第1審:令和2年(わ)第717号 東京地裁立川支部令和3年1月15日判決 

【判決文】

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91574

【解説文】

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1 事案の概要及び審理の経過

 本件は、被告人の行為が公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和37年東京都条例第103号。以下「本条例」という。)5条1項3号の「人を著しく羞恥させ、人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」(以下「本要件」という。)に該当するか否かが争点となり、第1審と原審の判断が分かれた事案について、本要件該当性を肯定した原判決の判断を是認したものである。

 本条例5条1項柱書きは、正当な理由なく、「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」であって、各号に掲げるものをすることを禁止している。1号は、公共の場所又は公共の乗物において、「衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」を挙げ(以下「痴漢行為」という。)、2号は、イ又はロの場所又は乗物における「人の通常衣服で隠されている下着又は身体を、写真機その他の機器を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること」とした上で、イとして、「住居、便所、浴場、更衣室その他人が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいるような場所」を、ロとして、「公共の場所、公共の乗物、学校、事務所、タクシーその他不特定又は多数の者が利用し、又は出入りする場所又は乗物」を挙げ(以下「盗撮行為等」という。)、3号は、「前2号に掲げるもののほか、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること」を挙げている。

 第1審及び原審でそれぞれ訴因が変更されているが、原審における最終的な訴因の概要は、被告人が、東京都内の開店中の店舗において、女性客Aに対し、本体の大部分を黒色ビニールテープで覆う細工をして判別困難にした小型カメラを下方に下げた手に持ち、Aの背後の至近距離から、Aの下半身に向けた同カメラでスカート着用のAの臀部等を約5秒間撮影し(以下「本件撮影行為」という。)、さらに、前かがみの姿勢をとったAに対し、そのスカートの裾と同程度の高さで、Aの下半身に向けて同カメラを構えた(以下「本件構える行為」といい、本件撮影行為と併せて「本件各行為」という。)というものである。

 第1審判決(判時2537号65頁)は、本件各行為等について本要件該当性を否定し、無罪を言い渡した。検察官が控訴したところ、原判決(判タ1503号40頁)は、法令適用の誤りを理由に第1審判決を破棄し、被告人を懲役8月に処した。本件各行為の態様等に加え、①被告人が若い女性の胸元、スカートの中等を撮影することに興味・関心を有し、本件以前も本件店舗等において細工した本件カメラで動画撮影する行為を繰り返し、胸元やスカートの中の画像を整理・保存していたこと、②本件当日も従前と同様の動画撮影を企図して本件店舗に行き、Aの左半身等を動画撮影し、一旦近隣の店舗に行って別の女性の胸元等を動画撮影した後、本件店舗に戻り、Aのスカートの中等を動画撮影できればと考え、本件各行為に及んだことなどが考慮された。被告人が上告し、原判決は、本条例5条1項2号にいう「差し向け」に至らない行為について同項3号に当たるとして処罰した点、主観的要素を考慮して本要件該当性を肯定した点等において、憲法違反、判例違反、法令違反、事実誤認があると主張した。本決定は、上告趣意は適法な上告理由に当たらないとした上で、職権判示を加えて本要件該当性を肯定した原判断を是認し、上告を棄却した。

 

2 説明

 現在、全国において、各都道府県民生活の平穏等を保持するため、迷惑行為等を防止する条例が制定されている(以下、題名や改正の前後を問わず「迷惑防止条例」という。)。具体的な規定ぶりには種々の差異があり、法定刑の定め方にも複数の類型があるものの、どの条例にも一定の要件を満たす卑わいな行為を処罰する規定が置かれている。このような規定の保護法益については、専ら社会的法益であり、個人の利益が守られるのは反射的効果であるとする見解(合田悦三「いわゆる迷惑防止条例について」小林充・佐藤文哉古稀『刑事裁判論集(上)』517頁(2006、判例タイムズ社)以下等)、主たる保護法益は社会的法益であるが、個人的法益も保護法益であるとする見解(坂田正史「迷惑防止条例の罰則に関する問題について」判タ1433号(2017)24頁等)などがある。

 本条例は、昭和37年に他の道府県に先駆けて制定されたものであり、その当時の5条1項は、「何人も、婦女に対し、公共の場所または公共の乗物において、婦女を著しくしゅう恥させ、または婦女に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない」という一般的規定であったが、「婦女」が「人」に改められた後、盗撮被害の増大等を受け、1号及び2号で痴漢行為及び盗撮行為等を例示列挙した上、3号で卑わいな言動を禁止する形式に改正されるとともに、2号の盗撮行為等の禁止場所が2回にわたり拡張されて本件当時のような規定となった(合田悦三「迷惑防止条例における盗撮行為の規制の改正を巡って」日髙義博古稀(下)(2018、成文堂)145頁以下等)。本要件を規定した3号は、1号及び2号で例示列挙された行為に該当しない卑わいな言動を処罰範囲に取り込む受け皿構成要件ないしバスケット条項とみることができる(以下、このような規定形式を「例示列挙型」という。)。現在では、ほとんどの迷惑防止条例の卑わいな言動の禁止規定が例示列挙型となっている。

 本条例5条1項2号の規定に違反して撮影した罪に関する法定刑は加重されているが、2号の規定に違反して写真機等を差し向けた罪と3号の規定に違反して本要件該当行為をした罪に関する法定刑は同じであり、非常習者については6月以下の懲役又は50万円以下の罰金となっている。

 本要件に関する最高裁判例としては、北海道の迷惑防止条例に関する最三小決平成20・11・10刑集62巻10号2853頁があり、「卑わいな言動」とは、社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言語又は動作をいうとした上で、細身のズボンを着用した女性の臀部を執ように撮影した行為について、本要件と同様の文言の要件に該当するとした。その後の高裁判例をみると、迷惑防止条例の保護法益(社会的法益)を念頭に、客観的、外形的事情を考慮して本要件を判断する傾向がうかがわれる(広島高松江支判平成28・2・26高検速報平成28年236頁、大阪高判平成30・1・31判例秘書L07320110、大阪高判令和1・8・8高検速報令和元年414頁)。

 なお、学説上は、例示列挙型の卑わいな言動の禁止規定について、受け皿構成要件に該当するためには、例示行為と同程度の卑わい性を具備している必要があると指摘する見解がある(杉本一敏「いわゆる迷惑防止条例における『卑わいな言動』の罪」刑ジャ15号(2009)142頁等)。

 本決定は、被告人が、本件店舗において、「小型カメラを手に持ち、膝上丈のスカートを着用したAの左後方の至近距離に近づき、前かがみになったAのスカートの裾と同程度の高さで、その下半身に向けて同カメラを構えるなどした」と摘示した上で、「このような被告人の行為は、Aの立場にある人を著しく羞恥させ、かつ、その人に不安を覚えさせるような行為であって、社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな動作といえる」と判断し、本要件該当性を肯定した原判断を是認した。本決定は、本件構える行為に関わる客観的・外形的事情を重視し、被害者の立場に置かれた一般通常人を基準に判断したものといえる。本決定は、本件撮影行為を具体的に摘示しておらず、本要件該当性判断の分水嶺となったのは、本件構える行為にあると判断したものと解される。また、本件構える行為は、本条例5条1項2号の衣服内撮影を目的とした「差し向け」行為に至る手前の行為とみることもできるが、前記学説に依拠した所論を排斥する形で、「差し向け」に至らない行為であるとしても、そのことによって同項3号に当たるとして処罰することが許されなくなるものではない旨が説示されている。2号と3号の規定ぶりや改正経緯が考慮されたものと推察される。

 本決定は、本要件に関する2件目の最高裁判例であり、事例判断ではあるものの、判断に当たり重視すべき事情を明らかにするとともに、本条例に即して例示列挙型の受け皿構成要件と例示行為との関係を明らかにした点で、他の道府県の迷惑防止条例の解釈適用においても参考になると思われる。

 

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