◇SH3284◇最三小判 令和元年12月24日 遺留分減殺請求事件(林景一裁判長)

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 合資会社の無限責任社員が退社により当該会社に対して金員支払債務を負う場合

 無限責任社員が合資会社を退社した場合において,退社の時における当該会社の財産の状況に従って当該社員と当該会社との間の計算がされた結果,当該社員が負担すべき損失の額が当該社員の出資の価額を超えるときには,定款に別段の定めがあるなどの特段の事情のない限り,当該社員は,当該会社に対してその超過額を支払わなければならない。

 会社法611条2項

 平成30年(受)第1551号 令和元年12月24日最高裁第三小法廷判決 遺留分減殺請求事件 破棄差戻し(民集73巻5号登載)

 原 審:平成29年(ネ)第15号 名古屋高裁平成30年4月17日判決
 第1審:平成25年(ワ)第5234号 名古屋地裁平成28年11月22日判決

 本件は、亡Aの長女であるXが、Aがその所有する一切の財産を長男であるYに相続させる旨の遺言をしたことにより遺留分が侵害されたと主張して、Yに対し、遺留分減殺請求権の行使に基づき、Aの遺産である不動産について遺留分減殺を原因とする持分移転登記手続を求めるとともに、Yが上記遺言によって取得した預貯金及び現金並びに上記不動産の一部についてYがAの死後に受領した賃料に係る不当利得の返還等を求める事案である。

 Aは、合資会社であるB社の無限責任社員であったが、後見開始の審判を受けたことによりB社を退社した。Aが退社した当時、B社は債務超過の状態にあった。

 本件では、Xの遺留分の侵害額の算定に関し、B社の無限責任社員であったAが、退社によりB社に対して金員支払債務を負うか否かが争われた。

 

 原審において、Yから、Aは、債務超過のB社を退社したことによりB社に対して金員支払債務を負うことになるとの主張がされたところ、原判決は、合資会社が債務超過の状態にある場合であっても、無限責任社員は、退社により当該会社に対して金員支払債務を負うことはない旨の判断をして、AのB社に対する金員支払債務を考慮することなくXの遺留分の侵害額を算定し、Xの請求を一部認容するとともに、Yの相殺の抗弁を認めるなどしてその余の請求を棄却した。

 これに対し、Yが上告受理の申立てをしたところ、第三小法廷は、上告審として事件を受理した上、判決要旨のとおり判示して、原判決中Yの敗訴部分を破棄し、同部分を原審に差し戻した。なお、原判決が、Xの不当利得返還請求の一部を、Yの反対債権による相殺の抗弁を認めて棄却した部分については、上記反対債権の相殺による消滅に関して既判力が生ずることから、実質的にはYの敗訴部分に当たると考えられ、本判決主文1⑵は、この部分について破棄したものである。

 

 (1) 会社法における「退社」とは、持分会社(合名会社、合資会社又は合同会社。同法575条1項)において、会社の存続中に、特定の社員の社員としての資格が絶対的に消滅することをいい、持分会社は、いわゆる人的会社としての社員の個性や社員間相互の信頼が重要であるため、社員が社員としての資格を譲渡するなど他者に承継させる方法によって会社から離脱することを認めるのは望ましくなく、社員が持分会社から離脱する方法として退社を認める必要があり、会社法上、任意退社(同法606条)、法定退社(同法607条1項各号)等が認められている(神田秀樹編『会社法コンメンタール14 持分会社(1)』(商事法務、2014)212~214頁〔小出篤〕)。

 会社法611条1項により、退社した社員は、持分会社から持分の払戻しを受けることができるものとされ、同条2項により、退社した社員と持分会社との間の計算は、退社の時における持分会社の財産の状況に従ってするものとされているが、本件のように社員の退社時に持分会社が債務超過である場合に、退社した社員が持分会社に対して負う責任について、同条の文言には明記がされていない。そこで、上記場合に、退社した無限責任社員が、合資会社に対して金員支払債務を負うか否かが問題となる。

 (2) この点に関し、大判大正7・12・7民録24輯2315頁は、無限責任社員が合資会社を退社した際に、退社前に既に発生していた当該社員の出資義務が消滅するか否かが問題となった事案において、その理由中で、合資会社の無限責任社員が退社したときは、当該会社と当該社員との間で計算をした結果、当該社員が積極的持分を有するときは当該会社に対する債権者として持分の払戻しを請求することができるが、消極的持分を有するにすぎないときは当該会社に対する債務者として出資義務の履行をすることを要する旨を判示している。

 学説上は、上記大審院判例の判示を引用するなどして、退社した無限責任社員が消極的持分を有する場合には、当該社員は、会社に対して消極的持分に相当する額の金員を支払わなければならないとするものが多数みられるが、積極的にこれを否定する見解は見当たらない。また、合資会社を退社した社員の消極的持分に係る金員支払債務に関する最高裁判例や公刊物に登載された下級審裁判例は見当たらない。

 (3) 合資会社を退社した無限責任社員は、退社の時における当該会社の財産の状況に従って当該社員と当該会社との間の計算がされた結果(会社法611条2項)、持分が積極であれば、当該会社に対して持分の払戻しを請求することができ(同条1項)、この場合、持分は金銭で払い戻すことができるものとされている(同条3項)。

 合資会社に生ずる損失のうち、各事業年度に生ずる損失については、損失分配の割合について定款の定めがない場合、各社員の出資の価額に応じて各社員に分配され(同法622条1項参照)、各社員に分配された損失が現実化するのは、退社又は清算によって社員関係が終了する時であると解されている(神田秀樹編『会社法コンメンタール15 持分会社(2)』(商事法務、2018)64~65頁〔伊藤靖史〕)。

 そして、無限責任社員が退社した際、合資会社に損失が生じていれば、当該社員は、この損失を分担することになり、当該社員と当該会社との間の計算(同法611条2項)がされることになる。その計算の結果、当該社員の持分が消極、すなわち、当該社員が負担すべき損失の額が当該社員の出資の価額を超える場合には、当該社員は、自らが出資した分の払戻しを受けられなくなるが、会社法は、出資の価額を超過する損失をどのようにすべきかについては、特に規定していない。

 この点、合資会社は、その設立及び存続のため無限責任社員の存在を必要とする点において、社員の個性が重視される人的会社であって、組合的なものであると解される。そして、民法681条1項は、会社法611条2項と同様に「脱退した組合員と他の組合員との間の計算は、脱退の時における組合財産の状況に従ってしなければならない。」と規定しているところ、民法においては、組合員が組合から脱退する場合、脱退した組合員は、計算上負担すべき損失の額を支払わなければならないものと解されており、この解釈について特に異論はみられない。 

 また、退社した無限責任社員が負担すべき損失がある場合であっても、当該社員が、自らの出資の価額を超過する損失について会社に対して支払わなくてもよいことになると、退社した当該社員は、自らが負担すべき当該損失を最終的に負担しなくてよいことになり、その結果、負担されなくなった当該損失を会社に残存する他の社員が負担することになるため、退社した当該社員と、残存する他の社員との間の公平が図れないことになる。

 そして、前記のとおり、会社法には、持分会社に生ずる損失のうち、各事業年度に生ずる損失について、各社員に分配されることを前提とする規定(同法622条)があり、合資会社においても、各社員がその分配される損失を負担しなければならないことを前提にしているものと解される。

 以上のような点を踏まえると、合資会社を退社する無限責任社員が負担すべき損失の額が当該社員の出資の価額を超える場合には、定款に別段の定めがあるなどの特段の事情のない限り、当該社員は、当該会社に対してその超過額を支払わなければならないと解するのが、合資会社の制度の仕組みに沿い、当該社員と残存する他の社員との間の公平にもかなうものと考えられる。本判決は、このような理解の下に、判決要旨のとおりの判断をしたものと思われる。

 

 本判決は、合資会社の無限責任社員が退社により当該会社に対して金員支払債務を負う場合について最高裁が初めて判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと考えられる。

 

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