◇SH1301◇最二小判 平成29年4月21日 特別支給の老齢厚生年金決定取消請求事件(山本庸幸裁判長)

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1 事案の概要

 本件は、X(原告、被控訴人、被上告人)が、厚生労働大臣から、厚生年金保険法(以下、単に「法」というが、特に断らない限り、平成25年法律第63号による改正前のものを指す。)附則8条の規定による老齢厚生年金(以下「特別支給の老齢厚生年金」という。)について、法43条3項の規定による年金の額の改定(以下「退職改定」という。)がされないことを前提とする支給決定(以下「本件処分」という。)を受けたことから、Y(国。被告、控訴人、上告人)を相手に、その取消しを求めた事案である。

 

2

 関係法令の定め及び事実関係等の骨子(詳細は、本判決の判決文を直接参照されたい。)。

 (1) 法は、国民年金法等の一部を改正する法律(昭和60年法律第34号)による老齢厚生年金の支給開始年齢の引上げにより、65歳以後に所定の要件を満たした者に対して老齢厚生年金(以下「本来支給の老齢厚生年金」という。)を支給するものとし(法42条)、その経過措置として、60歳以上65歳未満で所定の要件を満たした者に対しては特別支給の老齢厚生年金を支給することとしている(法附則8条。ただし、特別支給の老齢厚生年金は、平成6年法律第95号及び平成12年法律第18号による法の改正により、その定額部分の支給年齢が段階的に引き上げられ、その完成後に報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に引き上げられることにより、最終的に廃止される予定となっている。詳細は、法附則8条の2及び平成6年法律第95号(平成24年法律第63号による改正前のもの。以下同じ)附則18条~20条を参照)。

 そこで、特別支給の老齢厚生年金の受給権者が65歳に達したときは、その受給権(ここでは保険給付を受ける権利を意味し、以下「基本権」ともいう。)が消滅し(附則10条)、他方、このうち法42条所定の要件を満たす者については、本来支給の老齢厚生年金の基本権が発生することになる(ただし、基本権は、受給権者の請求に基づいて、厚生労働大臣(平成19年法律第109号による改正前は社会保険庁長官)が裁定するものとされている(法33条)。)が、支分権(基本権に基づき支払期日ごとに支払うものとされる保険給付をいう。以下同じ)に関しては、年金の支給は、年金を支給すべき事由が生じた月の翌月から始め、権利が消滅した月で終わるとされているため(法36条1項)、特別支給の老齢厚生年金の支分権は、65歳に達した月まで発生し、他方、本来支給の老齢厚生年金の支分権は、その翌月から発生することになる。

 各老齢厚生年金の額は、大要、所定の額に被保険者期間の月数を乗じて算出された額とされる(法43条1項。ただし、特別支給の老齢厚生年金については、前記の平成6年法律第95号附則18条~20条により、上記のような方法でそれぞれ算出された定額部分と報酬比例部分を合算したものとされること(法附則9条の2第2項参照)があるところ、Xについては平成6年法律第95号附則19条の適用がある。)が、在職中であっても(すなわち、厚生年金保険の被保険者の資格を有していても)所定の要件を満たした者に対しては老齢厚生年金が原則として支給されることを踏まえ、法43条2項は、受給権者がその権利を取得した月以後における被保険者であった期間(以下、単に「被保険者期間」という。)はその計算の基礎としない旨を定めている一方、同条3項は、「被保険者である受給権者がその被保険者の資格を喪失し、かつ、被保険者となることなくして被保険者の資格を喪失した日(以下「資格喪失日」という。)から起算して1月(以下「待期期間」という。)を経過したとき」との要件(以下、説明の便宜上、  部分を「第1要件」、  部分を「第2要件」ということがある。)の下で、被保険者の資格を喪失した月前における被保険者期間を老齢厚生年金の額の計算の基礎とするものとし、待期期間を経過した日の属する月から、年金の額を改定する旨を定めている(退職改定)。

 (2) 本件において、平成19年9月に社会保険庁長官の裁定を受けた特別支給の老齢厚生年金の受給権者であるX(昭和21年9月18日生まれの男性)は、平成23年8月30日、勤務先を退職し、翌31日、被保険者の資格を喪失したが、1箇月の待期期間を経過する前の同年9月17日に65歳に達して特別支給の老齢厚生年金の受給権者でなくなった。そこで、厚生労働大臣は、特別支給の老齢厚生年金の最終月分である平成23年9月分につき、そのことを理由として退職改定がされないことを前提とする本件処分をしたため(他方、同年10月以降の本来支給の老齢厚生年金の額については、上記退職時までの被保険者期間をその計算の基礎とされた。)、このような場合においても退職改定がされるべきか否かが争われた。

 

3 原々審及び原審の判断

 原々審及び原審は、主として、①法43条3項の「被保険者である受給権者」という文言は、その文理上、第2要件の主語として定められたものとは解せないこと、②退職改定制度の導入経緯や待期期間が設けられた趣旨(詳細は後記5(2)イを参照)から、待期期間の経過時点で受給権者である必要性は導かれないこと、③特別支給の老齢厚生年金から本来支給の老齢厚生年金への移行に関する制度設計の解釈や老齢厚生年金と拠出された保険料との対価関係等(詳細は後記5(2)ウを参照)を指摘して、退職改定の要件としては待期期間経過時に受給権者であることを要しないと解する(以下、この見解を「不要説」という。)のが相当であると判断し、平成23年9月分の特別支給の老齢厚生年金の額については退職改定がされるべきであるから、本件処分は違法であるとして、Xの請求を認容すべきものとした。

 

4 本判決

 Yがこれを不服として上告受理申立てをしたところ、第二小法廷は、本件を上告審として受理した上、判決要旨のとおり判断し、原判決を破棄し、原々審判決を取り消してXの請求を棄却した。

 

5 説明

 (1) 行政実務と裁判例等の状況

 被保険者である特別支給の老齢厚生年金の受給権者が被保険者の資格を喪失した後、待期期間経過前に65歳に達した場合に退職改定がされるべきか否かについて、行政実務では従来から問題とされてきており、待期期間経過時に受給権者であることを要するとの見解(以下「必要説」という。)を前提として退職改定をしないとの取扱いが一貫して行われてきた。

 このような行政実務の取扱いの適否については、学説上、特に議論はされていないようであり、明示的に判示した最高裁の判例もないが、東京高判平成25・7・4判例秘書登載(1審:東京地判平成25・2・5判例秘書登載。なお、同高判については、最一小決平成25・12・25公刊物未登載(上告棄却兼不受理)がされている。)は、必要説が相当であるとして、行政実務の取扱いを適法と判断していた。

 これに対し、本件の原判決は、前記3のとおり、不要説が相当であるとして、行政実務の取扱いを違法と判断したため、この点について下級審の判断が分かれることになった。

 (2) 本判決の内容について

 このような状況の下で、本判決は、必要説に立つことを明らかにした。本判決が挙げる理由は、不要説に立った原判決の理由と対比してみると、①法43条3項の文言との関係、②必要説を相当とする実質的論拠との関係、③不要説が指摘する実質的論拠との関係という3点に整理することができる。

 ア 法43条3項の文言との関係

 この点、原判決は、法43条3項の要件を「かつ」の前後で2つに分けて読むべきであり、第1要件中の「被保険者である受給権者が」との部分は、これを第2要件の主語に当てはめると、第2要件の内容が不明なものとなるため、第2要件の主語にならないなどと指摘していた。

 しかしながら、上記要件を定めた部分は、全体として1つの条件を定めたもの(特に、第2要件の「被保険者となることなくして」の主語は、同項の文言からは第1要件の「受給権者」とみるほかない。)と考えられ、原判決のように同項の要件部分を「かつ」の前後で分けて読まなければならない実質的根拠が見当たらないことからすると、同項の文言は必要説を前提にしたものと理解するのが相当であると考えられる。本判決が、同項が退職改定の対象となる者を「被保険者である受給権者」と定めている以上、必要説が「文理に沿う解釈である」と判示したのは、このような考え方に基づくものと考えられる。

 イ 必要説を相当とする実質的論拠との関係

 この点、原判決は、①退職改定制度の導入経緯(いわゆる在職老齢年金制度の導入に伴い、その年金額を固定する目的で、受給権取得月以後の被保険者期間を年金額の計算の基礎としないものとされたこと(法43条2項)を踏まえ、退職改定制度(同条3項)は、受給権取得後に被保険者の資格を喪失したことを契機として、当該被保険者期間を含めた年金額の再計算を認めたものであること)や②待期期間が設けられた趣旨(単なる同一企業内の他の事業所への配置換えや偽装退職等による年金額の改定を避けるためであること)から必要説が導かれないことを指摘していた。

 しかしながら、法における基本権及び支分権に関する理解、すなわち、基本権は、支給要件に該当したときに発生するが、受給権者の請求に基づく厚生労働大臣の裁定において基本権の要素(年金の種類、基本権の取得日、年金額等)を確認されて初めて年金の支給が可能になるものであり(最三小判平成7・11・7民集49巻9号2829頁参照)、他方、支分権は、裁定に係る基本権を前提として、各月の到来によって法律上当然に発生し、以後、基本権とは別個独立に存続すると理解されること(以上につき、青谷和夫「年金の基本権と支分権およびその消滅時効」民商法雑誌54巻2号(1966)163頁、堀勝洋『年金保険法〔第4版〕――基礎理論と解釈・判例』(法律文化社、2017)234頁以下等)を踏まえると、法43条3項の退職改定の効力に関する定め(Ⓐ「その被保険者の資格を喪失した月前における被保険者期間を老齢厚生年金の額の計算の基礎とするものとし」、Ⓑ「待期期間を経過した日の属する月から、年金の額を改定する」との定め)は、老齢厚生年金の基本権に係る年金の額を改定すること(Ⓐ)により、支分権の額も(既に発生したものを含めて)当該改定後の基本権を前提としたものに改定すること(Ⓑ)としたものと解されるから、法43条3項は、退職改定がされる待期期間の経過時点においても当該年金の基本権が存することを予定していると考えられる。

 また、本件のような問題場面について必要説を採った場合には、同一人物に係る特別支給の老齢厚生年金の基本権の内容と本来支給の老齢厚生年金のそれが一致しないこととなるが、前記2(1)で述べた上記各老齢厚生年金に関する制度の仕組みを定めた関係規定に照らすと、これらを必ず一致させることは予定されていないと解されるから、この点も必要説を相当とする実質的根拠になると考えられる。

 本判決は、このような点を踏まえ、必要説が「老齢厚生年金に関する制度の仕組み等に沿うものということができる」と判示したものと考えられる。

 ウ 不要説が指摘する実質的論拠との関係

 この点、原判決は、不要説の実質的論拠として、㋐特別支給の老齢厚生年金は、老齢厚生年金の支給開始年齢の引上げに伴う激変緩和措置として設けられたものであり、本来支給の老齢厚生年金に移行するに当たり連携を持たせた制度設計がされているものとして解釈すべきこと、㋑被保険者である受給権者が、受給権取得後の被保険者期間につき保険料の負担という経済的な出えんを課されていること等を指摘していた。

 しかし、㋐の制度設計の点が不要説を採用すべき実質的根拠とならないことは、前記イで述べたところから明らかであると考えられる。また、㋑の老齢厚生年金と拠出された保険料との対価関係の点については、そもそも社会保障関係給付の受給権の要素というべき給付内容を実体法上どのような方法で確定するかは、立法政策により決せられるものであり、前記ア・イで述べたような法の関係規定等に照らせば、法43条3項が、その文理や老齢厚生年金に関する制度の仕組み等に反してまで、上記対価関係の点のみから不要説を当然に予定しているとはいい難いと思われる。

 本判決は、以上のような考え方に基づいて、㋑の点に関し、「老齢厚生年金が保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有していることは、以上の解釈を左右するものではない」と判示したものと考えられる。

 (3) 本判決の意義

 本判決は、下級審の判断が分かれた判示事項記載の論点について、必要説に立つことを明らかにし、その解釈を統一する判断を示したものであり、近時、65歳定年制の導入により64歳11箇月で退職するケースが増えているとの指摘もあることを考慮すると、行政実務に及ぼす影響も小さくなく、実務上重要な意義を有すると考えられる。

 

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