◇SH1144◇最一小判 平成28年12月5日 電磁的公正証書原本不実記録、同供用被告事件(大谷直人裁判長)

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 本件は、被告人が、暴力団幹部及び不動産仲介業者と共謀の上、土地5筆(以下「本件各土地」という。)について、真実の買主はその暴力団幹部であるのにこれを隠すため、被告人が代表取締役を務める会社を買主として売主との間で売買契約を締結した上、登記官に対し、その会社を買主とする虚偽の登記申請をして、登記簿(磁気ディスク)に不実の記録をさせ、これを備え付けさせて供用したことが、電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項)及び同供用罪(同法158条1項。以下、併せて「不実記録罪等」という。)に当たるなどとして罪責を問われた事案である。

 

 事実関係の概要は、次のとおりである。

 (1) 暴力団員であるBは、茨城県内に暴力団の会館を造ろうと考え、不動産仲介業を営むCに対し、土地探し等を依頼していた。

 (2) Bは、茨城県暴力団排除条例(筆者注:平成22年茨城県条例第36号。以下「本件条例」という。)により自らは不動産業者と取引をすることができないと考え、被告人に対し名義を貸してくれるよう依頼をし、被告人はこれを承諾した。そこで、被告人、B及びCは、協議の上、本件各土地の売買契約において被告人が代表取締役を務めるA社が買受名義人となり、A社名義で登記を申請することとした。

 (3) 売買契約の締結に当たっては、被告人はA社の代表取締役として立ち会い、売買契約書等の作成を行った。この売買契約はA社名義で行われ、Bのためにすることは一切表示されず、売主らは、同契約の相手方がA社であると認識していた。

 (4) 本件各土地について、売買を原因とする売主らからA社への所有権移転登記等(以下「本件各登記」という。)がされた。なお、本件各土地上には建物が建築されたが、同建物については、所有者を被告人とする表題登記及び所有権保存登記がされた。

 (5) 本件各土地及び建物の取得代金、登記費用など合計約1億2000万円の費用は全てBが出えんした。

 

 原々審は、公訴事実第1から第4までのうち、本件各土地の所有権移転登記等に係る公訴事実第1及び第2について、当該登記等が不実とはいえないとして無罪とし、建物の表題登記等に係る公訴事実第3及び第4のみについて有罪とした。

 これに対し、原審は、本件各土地の登記も不実であるとして、原々審判決を破棄し、公訴事実全てについて不実記録罪等の成立を認めた。

 

 不実記録罪等の保護法益は、公正証書の原本として用いられる電磁的記録に対する公共的信用であると解するのが通説である(団藤重光編『注釈刑法(4)』(有斐閣、1965)140頁〔大塚仁〕、大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第8巻〔第3版〕』(青林書院、2002)180頁〔波床昌則〕。そのほか、刑法第17章の全体につき、文書に対する公共的信用性を保護法益と解するものとして、団藤重光『刑法綱要各論〔第3版〕』(創文社、1990)267頁、西田典之『刑法各論〔第6版〕』(弘文堂、2012)353頁、前田雅英『刑法各論講義〔第6版〕』(東京大学出版会、2015)371頁、前田ほか編『条解刑法〔第3版〕』(弘文堂、2013)422頁など多数。最二小判昭和51・4・30刑集30巻3号453頁は、公文書偽造罪について、公文書に対する公共的信用を保護法益とする旨判示している。)。そして、不動産登記制度は、不動産に係る物権変動を公示することにより不動産取引の安全と円滑に資するためのものである(不動産登記法1条参照。幾代通ほか『不動産登記法〔第4版〕』(有斐閣、1994)13頁)。そうすると、不実記録罪等の成否に関し、当該登記が不実の記録に当たるか否か等については、原則として当該登記が当該不動産に係る民事実体法上の物権変動の過程を忠実に反映しているか否かという観点から判断すべきものと解され、本判決も判断の前提としてこの点を確認したものである。本判決は「登記実務上許容されている例外的な場合を除」く旨述べているが、その例としては、判決により中間省略登記が命ぜられた場合が挙げられよう。

 

 少なくとも原々審はこれと同様の観点から検討を行い、本件各土地の所有権が売主らからA社に移転したと認定し、本件各登記が不実の登記に当たらないとした。これに対し、原審は、そのような観点を前提としているのか否かは必ずしも明らかではないが、被告人とBとの間の合意を重視してこの売買は買受名義人を偽装したものと見て、土地の所有権が売主らからBに移転したものと認定した。

 この点につき、第一小法廷は、売買契約の締結に際し当該暴力団員のためにする旨の顕名が一切なく、売主らが買主はA社であると認識していたことなどから、原々審同様に、土地の所有権は売主らからA社に移転したものと認定し、本件各登記が不実とはいえないとして、公訴事実第1及び第2については無罪と判断した。

 原判決は、被告人がBの依頼を受けて買主として契約を締結したという背景事情を踏まえ、ある意味では実質的な観点から事実認定をしたものとみられる。しかし、上記のとおりの不実記録罪等の保護法益にかんがみると、本件各土地の所有権の帰属を刑法的観点から独自に判断する余地はないといえよう。我が国の民法は顕名主義を採用しているところ(99条1項)、本件では被告人によってA社のためにする明らかな顕名がされており、契約の相手方である売主らもそのとおり認識していたものであって、原審の判断はそのような点を全く捨象してしまっている点において、民事実体法の観点からの事実認定としては不適切であったというほかない。仮に、このような事実認定を許容することになれば、売主らは、全く予想外の買主に対して登記移転義務を負担することになってしまい、不合理であろう。

 

 本件事案の背景には、近時、いわゆる暴力団排除条例により、反社会的勢力が不動産取引の当事者となることが困難になっているという事情がある。本件条例では、不動産を譲渡しようとする者等に対し、契約締結前に当該不動産を暴力団事務所の用に供するものではないことを確認することについての努力義務を課し(18条1項)、暴力団事務所の用に供されることを知って当該不動産の譲渡等をすることを禁止する(同条2項)などの規制がされており、他の都道府県の条例でも、規定ぶりに多少の違いがあるものの、同趣旨の定めがあることが多い。

 被告人が、反社会的勢力に土地を取得させるために手を貸したという点については社会的非難があり得るところであり、原判決の結論もそのような価値判断と親和的である。しかし、本件各土地についてされた登記は不実でないから、不実記録罪等の法益侵害は生じていないのであり、不実記録罪等で処罰できないことについてはやむを得ないと言わざるを得ない。ただし、行為者において売主との関係で詐欺の実行行為と評価される挙動が認められるケースでは、詐欺罪の共犯が成立する余地はあろう。

 

 本判決は、事例判断ではあるが、買主の側で第三者に土地の不動産の所有権を取得させる旨の合意があった場合においても、不実記録罪等における登記の不実性を判断するにあたっては売主の認識等を考慮する必要があることを示したものであり、実務的には重要な意義を有するので、紹介する次第である。

 

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